ラッキーボーイ
それは私が仲間からはぐれて、神社で迷子になったときのこと。新年早々同じ部隊の隊員たちと初詣に来たのだった。神頼みと言ったら聞こえが良いのか悪いのか分からないけど、とにかく今年は私たちもB級上位を目指したいということで。しかし予想以上の人混みに揉まれてしまい、周りは全然知らない人だらけになったのである。
「すみません。あまざけとやらを一杯」
まさに今、甘酒でも飲もうかなと思っていたところに聞き覚えのある声が。かしこまった様子で甘酒を頼んでいたのは、日本人には珍しい白髪を揺らす男の子であった。
「……空閑くん!」
「ん?」
同じボーダーの空閑遊真くんとは互いにB級で、そんなに親しくはないけど顔見知りの仲。学年は私のひとつ下だったろうか。空閑くんは甘酒を受け取ると私に向き直り、深々と頭を下げた。
「これはこれは。あけましておめでとうございます」
「あっ、いえこちらこそ」
「お一人とは意外ですな」
「じ……実はみんなとはぐれちゃって」
そんな空閑くんに、私はこんなところに一人で居る理由を手短に話した。念の為こまめに確認していたスマホを見ると『とりあえず屋台で何か食べとく』のメッセージ。屋台って沢山テントが並んでた場所のこと? あそこも相当人が居たはずだ。思わず溜息をもらす私に空閑くんが言った。
「会えそう?」
「分かんない……」
「じゃあせっかくだから一緒にどう? おれも仲間がどこか行っちゃってさ」
空閑くんはあっけらかんとした様子で言った。敢えて単独行動なのかと思ったが、彼も誰かと来ているらしい。
「……いいの?」
「おれは全然。むしろ有難いよ。うちの修はこんな日でも気難しい顔をしてるもんで」
と、言いながら空閑くんは眉をぎゅっと寄せたあと、思いっきり下げてみせた。三雲くんの顔真似だろうか。とにかく空閑くんも一人で持て余していたらしいので、私たちは一緒に見て回ることにした。
「私、おみくじ引きたい」
「おみくじ」
「うん。……あ、知らないんだっけ」
初詣といえば当然おみくじだと思っていたけど、空閑くんはその存在を知らないようだ。
詳しい事情は知らされていないけど、彼は地球人じゃない。どこかの国からやって来たネイバーなのだ。ただ公にはされていないので、私もあまり深くは聞けない。だけど私の知るおみくじの知識を興味深そうに聞いてくれるのは心地よくて、私は列に並びながらあれこれ教えてあげた。
「ここでお金を払って、一本だけくじを引くの」
「へえ」
「先にやってみるね」
巫女さんに二百円を渡してくじをもらい、シャカシャカ振ると棒が一本突き出してきた。落とさないように注意しながら引き抜くと、書かれていたのは「十六」の数字。なんだかパッとしないな。大事なのは数字じゃないけれど。
「次どうぞ」
今度は空閑くんがお金を出してくじを引いた。出てきた番号は「五」。空閑くんはその数字をじっと眺めていたけれど、巫女さんが運勢の紙を渡してくれたのでそちらに目を向けた。
「これに運勢が書かれてるのか」
「うん。せーので開けよう」
ていねいに糊付けされた箇所をはがし、私と空閑くんは顔を合わせた。それからせーの、と一気に紙を開く。運勢がどこに書かれているのかを私が探しているうちに、空閑くんは先に結果を見つけたようだ。
「ダイキチ。って読むのかな」
「えっ!」
「そっちは?」
それから私の紙に目をやる空閑くん。私も注意して見ると、あまり目立たない大きさでパッとしない結果が書かれていた。
「……小吉」
「それってたぶん大吉より悪いんだよな」
「うん……いまいちだね……」
「なんでそんなに落ち込むんだ?」
「だって」
おみくじの結果に今年のすべてを懸けていたわけじゃないけれど。やっぱり新年一発目の運試しでは良い結果を引きたかった。なかなか訓練の結果も思うように出ないし、運任せのおみくじまでこの結果では先が思いやられる。極めつけに「勝負事」の項目は、「向かない」なんて書かれていた。
「今年はランク戦頑張ろうって思ってたから……」
みんなはおみくじ引いたかな。せめて他の人が良い結果だったらいいけど。大きな溜め息をつくと、空閑くんはフーンと鼻を鳴らした。
「そういうもんなんだ?」
「気持ち的なアレだけどね」
「ふうん。俺は大吉だからって頑張るのをやめないよ」
そう言うと、空閑くんはおみくじをポケットに突っ込んだ。まだ内容を全然読んでいないだろうに。「読まないの?」と私が言う前に、空閑くんが口を開いた。
「捨てれば? 気にするくらいなら」
それは日本に生まれ育った私からすれば斬新で、有り得なくて、でもとても単純な提案であった。空閑くんの中ではおみくじがどういうものなのか確立されていない。二百円で買った運勢を気にして落ち込むぐらいなら捨てればいい。そんなの考えられない。買ったばかりのおみくじを捨てる? 結ぶんじゃなくて?
「……これは捨てちゃ駄目なんだよ」
「ほう。決まりがあるんですな」
「でも」
私はまだ読んでいる途中のおみくじを、しわくちゃになるほど握りしめた。
「空閑くんの言うことも一理あるね」
それからすぐそばのゴミ箱にそれを投げ入れるのを、空閑くんはぽかんとした様子で眺めていた。まさか本当に捨てるとは思わなかったのかも。
「……いいのか? 捨てて」
「いーの! その代わりバチが当たったり不幸になったら空閑くん呪うから」
「それは恐ろしい」
「今年は運勢に惑わされない女になる」
グッとガッツポーズした私を空閑くんはまだポカンと眺めていた。だけど私の言葉を耳にすると小さく吹き出して、
「惑わされない女、ね」
と、まるで私の何倍もの人生を経験した大人のように微笑んだのだ。その様子にどきりとした。けど、もしかして馬鹿にされてる? とも思えた。だって今の言葉って、聞き方によってはかなりイタイじゃん。
「……なんかおかしい? 惑わされない女って。クサイと思った?」
「まさか。いい女だと思ったよ」
予想の更に上を行く反応に、私はまたどきりと胸が鳴る。赤い瞳が私を捉えて離さない、ということは狙って発言しているわけじゃなくて本気なんだ。本気で私をいい女だって言った。女の子じゃなくて、女!
「く……空閑くん、そーゆーのよくないと思う!」
「えっ。悪い。どういうの?」
「言わないけどよくないと思う!」
「言ってくれなきゃ分からん」
分かったうえでそんなことをされたんじゃたまらない。今年の抱負はB級上位を狙うことだったのに、みんなに内緒でもうひとつ追加だ。空閑くんの一挙一動に惑わされないようないい女になる。おみくじは捨てちゃったけどちゃんと頑張るから、神様どうか見守っていてください。
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