ボーイ、ミート、ガール
今日の私はとても足取りが軽い。なんと言っても誕生日なので、優しい優しい同期が祝ってくれると言うのだ。
偶然同じ日に入隊試験を受け、偶然同じ日にB級に上がった犬飼澄晴は一番心を許せる存在だった。私は人見知りだし、特別強くもないから威張れないし、なかなかチームを組めずに一人で持て余していた私を他の隊員に紹介してくれたりもした。今ではようやくB級のランク戦に挑戦しようかと思えるくらいになったけど、既に一位に君臨する犬飼は私の前で威張ることも無く。
「誕生日だっけ。何か奢ってやろっか」
と、訓練終わりに軽い誘いを持ちかけてきたのだ。「持ちかけてきた」と言うと聞こえが悪いんだけど、まさか誕生日という日に誕生日関連の話題を振られるとも思わなかったから。そもそも犬飼が私の誕生日を知っていたとは驚きだ。やばいじゃん私。犬飼の誕生日いつだよ。
「食いたいもんある?」
「え。え? 考えてなかった」
「なに食う予定だったの、今日」
などと言う犬飼はスマホで近くの飲食店を調べ始めた。彼の中で私へのプレゼントは「夕食を奢る」ことに決まっているらしい。
「あっ、焼肉とかどう? 俺肉食いたい」
「犬飼の食べたいものにしたら意味無いじゃん」
「答えんの遅いのが悪いよ。カウントダウンするよーごーよんさんにーいーち」
「ち、ちょっと待って待って!」
突然タイムリミットが設けられてしまった私は(しかも五秒前からのカウントスタート)、慌てて頭の中に色んな食べ物を思い描いた。
お好み焼き、ハンバーグ、韓国料理、フレンチ、鉄板、それからそれから? 犬飼のカウントダウンを両手で払いのけながら聞こえないふりをして、私はひとつの結論に思い至った。
「決めたっ!」
「あ」
目の前の段差に飛び乗ろうと軽やかに地面を蹴った私は、訓練中の感覚が身体から抜けていなかった。生身の私とトリオン体の私とでは運動能力が違うのだ。つまり、トリオン体ならば簡単に飛び乗れる高さの段差に、生身の私は躓いてしまったのである。
犬飼の発した「あ」という声が頭の中にこだました。私も「あ」と叫びそうになったが思い切り体勢を崩していたので声にはならず、恐らくとっても不細工な顔でよろけていたに違いない。だんだん近付いてくる地面。咄嗟に手を伸ばしたいけれど、持っていたスクールバッグが邪魔をする。このままバッグの中身をブチ撒けて、私は顔面に傷を負う未来が見えた。最悪の誕生日!
「……」
しかし、いくら目を閉じてその時を待っても、ほんの小さな痛みさえ感じなかった。無意識のうちにトリオン体になっていたりして。いや、そんなわけは無い。今日の私はすべてのトリオンを切らすほど訓練に励んだのだ、今からトリオン体になるのは不可能のはず、だったらどうして痛くないの? と、ようやく目を開いた時。
「ギリギリセーフぅ」
当時に犬飼の声が聞こえ、腕を強く圧迫されているのを感じた。目の前には残念ながら散乱したバッグの中身が。でも、私自身は無事だった。転げそうになった私の腕を、犬飼が咄嗟に掴んで防いでくれたのだ。
「……あっぶな!」
「反応遅」
「絶対骨折れると思った」
「折れてたかもね。転けてたら」
私がバランスを整えたのを確認すると彼は手を離し、地面を指さした。私が飛び乗ろうとした段差は立派なコンクリートだったので、小さな怪我では済まなかったかも。
「うわあ……助かった」
「勉強道具、助かってないけどね」
「ぎゃ! ほんとだ」
「哀れ」
「そんなこと言ってないで手伝ってよっ」
散らばったノートやら教科書やらを拾う私を見てけらけらと笑いながらも、犬飼は「よっこらしょ」と屈んで一生に拾ってくれた。同じ一冊のノートを拾おうと同時に手を伸ばし、指の先が触れ、「あっ」と互いに手を引っ込めて変な空気に……は一切ならなかった。息の合った私たちはとてもスムーズに拾い終えたのである。
「で、何に決めた?」
「え?」
「食べたいの」
「あ……あー」
そう言えば、それを高らかに宣言しようとして転びかけたんだっけ。しかし今から改めて言うのも恥ずかしい。だって、私が決めたものはコレなのだ。
「……焼肉」
「結局」
「犬飼が焼肉って言うから焼肉の気分になった」
「やった。作戦勝ち」
「作戦……!」
つまりこいつの作戦にハマってしまったということか、コノヤロウ。素直に最初から焼肉って答えておけば、私の教科書たちは汚れずに済んだのかもしれないのに! 転びそうになったショックのせいかさっきから胸がドキドキして仕方がないし、いつもより沢山食べてやろ。
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