03
埃っぽい満月行きのチケット
昨日呼び止めた時の三輪くんと言ったら恐ろしかった。私はただお礼と謝罪をしたかっただけなんだけど、そんなの必要ないらしい。だけど三輪くんの言ったとおり、彼はボーダー隊員としての任務をこなしただけなんだろうと思う。あそこに居たのが私以外の誰かだったとしても同じことをしただろう。
そう考えると私は少し自意識過剰なのかも知れないが、彼のおかげで我が身が無事だったのは事実。「ありがとう」の言葉だけで感謝をしても足りないくらいだ。ボーダーの皆さんは市民からの「ありがとう」なんて聞き慣れているのだろうけど。もしかしたら三輪くんもお礼を言われ慣れているから、私に感謝されてもあんな態度だったりして?
そんなことを考えながら登校し、教室に入ろうとした時だ。
「!」
ちょうど三輪くんが中から出てこようとした時に、ぶつかりそうになってしまった。
私は慌てて一歩後ずさり、三輪くんに道を譲ろうと片手を差し出す。彼も同じように一度は後ろに下がったけれど、私のほうがかなり大きく後ずさっていたので、結局三輪くんが先に足を踏み出した。
今だ、何か言わないと。本能的にそう考えた私はとりあえず、三輪くんが前を横切る時に声をかけた。
「おはようっ……」
その瞬間、三輪くんはほんの一瞬だけ立ち止まろうとした……かに見えた。急に私が話しかけたもんだから、反射的に足を止めようとしただけかもしれないけれど。
それでも彼は挨拶を返してくれたり会釈をしたりすることもなく、トイレかどこかに行ってしまった。
「……」
「優里優里っ」
去った三輪くんと入れ替わりで現れたのは、教室の中に居た友人だ。 一部始終を見ていたらしく、小走りで駆け寄ってきた彼女は青ざめていた。
「どうしちゃったの、あの人に話し掛けるなんて」
「え……? いや、だって」
「しかも無視られてんじゃん!」
ガクリと肩を落としたくなる言葉だけど、確かにそうだ。朝の挨拶をしてみたものの完全に無視された。偶然すれ違ったから声を掛けてみただけなのだけど。
「そうなんだけど……」
何か彼に嫌われるようなことをした覚えはない。三輪くんはクラスの誰ともあまり関わらないから、私とも特に仲良くなるつもりは無いのかもしれない。いや、仲良くならないにしても挨拶くらい返してくれても良いんじゃないのって思うけれども。
そんなことがあった日の午後、私のちょっぴり得意な日本史の授業があった。得意というか、世界史よりは覚えやすいと言うだけだ。カタカナの羅列はこんがらがって暗記できないから。
そんな日本史では戦国時代に日本統一をめざした数々の武士の中で誰か一人を選び、レポートを書くようにと課題が出た。しかもそれは個人で取り組むものではなく、こんな言葉も付け足された。
「レポートについては二人一組で作成し提出するように」
「えーっ!?」
「発表もしてもらうからな」
戦国大名や武士の誰か一人についてレポートを書く。なかなか楽しそうな課題だ。そういうのを黙々と調べて書き上げるのは好きだから。でも二人で一緒に組むとなると話は違うのかもしれない。
「ペア決まったら黒板に書いてなー」
「はーい」
「書きに行こー」
そして周りでは続々とペアが出来上がっていた。私の友人たちは席が遠いので、近くに居た子同士でペアになっている様子。
あんまり話したことのない相手は嫌だな。誰を誘おう。そう考えているうちにだんだんと黒板には名前が書き連ねられ、残っているのはわずかな生徒になってしまった。
「……!」
私と同じく出遅れた生徒たちはきょろきょろと辺りを見渡していたけれど、ただ一人、全く動じていない人を発見した。そして私は直感で、この人だと決めた。
「み……三輪くんっ」
その男の子の席まで行き名前を呼んだ時、私たちの周りは少しだけ静かになった。
「私と組みませんか」
そして、こう言った時にはもっと静かになった。今朝私が三輪くんに無視されたのを見た友人は、凝りもせず話しかけている私を見てギョッとしている。三輪くん本人すらも頬杖を付いていた手を離し、目を見開いていた。
「……は……?」
「まだペア決まってないよね」
「余計なお世話だ。余ったやつとでいい」
「私、余ってるから!」
これは嘘じゃなくて本当のことだし。私はバッチリ余っている。三輪くんは疑うような目で私を見上げ、黒板に私の名前が無いのを確認するかのように目線をやった。
「誰でもいいってことでしょ。私と組もう」
私がそう言ったとの同時くらいに、三輪くんは黒板の名前をひととおり見終えたらしかった。そこに私の友人の名前が既に書かれていることも、きっと分かっているのだろう。諦めたように肩を落として(そんなに嫌々じゃなくてもいいのにって思うけど)、「勝手にしろ」とそっぽを向かれてしまった。
「えー!? 結局三輪くんと組むの!?」
下校時間になり、私が誰と組むことになったのかを友人たちに話すと、彼女らはとっっっても驚いていた。私が三輪くんを誘っている姿は見ていたはずなのだが。しかしあまりに教室に響く声なので、私は慌てて人差し指を立てた。
「シーーッ! 声が大きいよ」
「ごめんごめん……だってさ、あの人めちゃくちゃ無愛想じゃん。協力的じゃなさそうだし」
「そ、それはそうなんだけど」
そんなの三輪くんが教室内に居るのに言わないで欲しい、と思いつつ私は恐る恐る彼を見た。幸いこっちには目もくれずに下校の準備をしているようだ。残念ながら声は聞こえているだろうけど。
「あの日は三輪くんが助けてくれたんだよ。何かお礼したいじゃん」
「迷惑がられてない?」
「わ……分かんないけど。課題は三輪くんのぶんも私がやろうと思うし」
「なにそれ!やり過ぎじゃない?」
「そうかな……」
ボーダー隊員の三輪くんはただでさえ授業に出る時間が少ないし、課題なんて取り組んでる暇は無いだろう。私は日本史が好きだし、レポートを作ったりするのも苦ではない。
三輪くんにはなんだかんだできちんとお礼を出来ていないので(言葉で言っても受け入れてくれないし)、レポートを彼の分まで請け負うことで命のお礼にしようと思った。……と言うのも理由の一つだけど、組む相手も他に居なかったので。
「ま、あんたがいいならいいけどさ。私らそろそろ資料室行くからね!」
「う、うん」
友人たちはレポートの資料を探すため、資料室へと向かった。
私もさすがに何の資料もなくレポートを作ることなんて出来ない。でも、まずは誰について調べるかぐらいは二人で決めたほうが良いかもしれない。提出と発表までは三週間くらいあるけれど、早めに取り組んで仕上げたいし。
「三輪く…………」
と、言うわけでペアの名前を呼ぼうと振り返ると、そこに彼の姿はなかった。いつの間にか帰ってしまったらしい。
「はあ……」
果たしてレポートは無事に仕上がるのか。果たして三輪くんと協力することはできるのか。そもそも彼は私と協力するつもりがあるのか。というかレポートを作らなきゃいけないことぐらいは分かっているんだよね。
様々な疑問が頭をぐるぐると行き交ったけど、「三輪くんはボーダー隊員の中でもエリートである」という事実だけで、それらの疑問は忘れるように努力するしかなかった。学校の授業だけに集中するような身分ではない。それに、彼が授業に出ず防衛任務に就いたり訓練を積んでくれているおかげで、私の命は助かったんだし。
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