02
砕かれた琥珀糖の気分
三門市で生きていればネイバー出現の警報を聞く事なんて日常茶飯事だ。出現区域はほぼボーダー本部の周りに限定されているし、常にボーダー隊員が見回り的なことをしてくれている。彼らの言うところの「防衛任務」というやつ。
だから一般人に被害が及んだことなんて、四年前からあまり聞いたことが無い。私の頭の上にゲートが現れたなんて、平凡な学生にとっては大きなニュースなのだった。
「昨日ネイバーに遭遇したんだって? 大丈夫だった!?」
しかも、どこからともなくその噂は広がりまくっていた。昨日電話をした友人が「ゴメンゴメン」と片手を上げていたので、恐らく犯人は彼女。「ネイバーに襲われかけた」なんてあまり名誉じゃないことで騒がれるのは気が引けるけど、答えなければもっと騒がしくなりそうだったので、控えめな声で答えた。
「うん……何とか……」
「ボーダー来てくれた?」
「あ、うんまぁ」
「いいなー! もしかして嵐山さん?」
「いや……」
ボーダーと言えば嵐山さんしか出てこないのだろうか。一番有名で顔も格好良いから仕方ないのだろうけど。
でも実際に私を助けてくれたのは三輪くんだ。もう一人見覚えのある人も居たけれど、とにかくその人たちが現れたおかげで助かった。それを説明したいのに皆は勝手に盛り上がって、「嵐山さんどうだった?」「本物はやっぱりイケメン?」と騒いでる。もはや私の被害状況なんてどうでもいいんじゃないかと思うほど。
と、その時教室の入口に一人の人物が現れた。
「……!」
つい昨日、私を助けてくれた三輪くんだ。一瞬ばちりと目が合って、当然私の頭には昨日の出来事が蘇る。
ちゃんとお礼を言ったほうがいい気がする。それに今、三輪くんの手柄が嵐山さんに横取り(嵐山さん本人は不本意だろうけど)されようとしているのを弁解しなくては。
「あ」
しかし、私と彼の目が合っていたのはほんの一瞬のことだった。もしかしたら「目が合った」のは気のせいなんじゃ? と思えるほど、三輪くんは眉ひとつ動かさず自分の席に歩いていく。つまり、目を逸らされてしまった。
普段から三輪くんや、三輪くん以外のボーダー関係の人は教室内に居る時間が多くない。だから三輪くんと仲がいいわけでもない。更に朝の生徒が多い時間帯に、わざわざ昨日のことを話しかけられるのは迷惑だったのかもしれない。皆に注目されるだろうし、そういうの嫌がりそうな人だから。
だからってお礼のひとつも言わないのは嫌なので、私はその日ずっと三輪くんを見張った。彼が一人になる時間帯を狙おうとしたのだ。
そしてその時はすぐにやってきた。昼休み、三輪くんがひとりで購買かどこかに行くのを発見したのである。
「三輪くんっ」
本人に向かって声に出して「三輪くん」と呼んだの、初めてかもしれないな。などと変なことを思いながら呼び止めると、三輪くんは立ち止まってこちらを振り向いた。誰に呼ばれたのか分からないような不思議そうな顔だったけど、私がすぐそばまで来ていたので、私の声だったのかと理解できた様子。
「ごめん! 遅くなって」
「何が?」
「昨日のお礼っ」
「昨日……」
三輪くんは心当たりが無さそうに復唱した。が、すぐに思い出したようだ。
「……ああ。アレか」
「あの時は咄嗟で言えなかったんだけど、ほんとにありがとう」
「はあ……?」
「三輪くんたちが来てくれなかったら怪我じゃ済まなかったかもで」
初めて間近で見たネイバーの恐ろしさと言ったら言葉では言い表せない。あんな鋭そうな脚で一突きされたら絶対に即死だ。ボーダーという組織のおかげで、三輪くんのおかげで私の命が救われたも同然である。
「……別にアレは佐々木を助けたわけじゃない」
「え?」
「現れたネイバーのそばに偶然お前が居ただけだろ」
「へ」
ところが三輪くんは、とても素っ気ない反応だった。てっきり「気にするな」って感じの回答を予想していたのに、私がたまたまあの場に居ただけとは。
「俺は任務をこなしただけだ」
それだけ言うと、三輪くんは踵を返して歩き始めてしまった。
そう言われると何も言えない。ネイバーを退治するのが彼らの役目なのだから。私がそこに居ただけって言われると少し寂しい気もするが、まあ理解できる。けど。
「ま……待って待って!」
私にはあとひとつ言い残したことがあった。離れていく三輪くんにもう一度駆け寄り、彼の目の前に躍り出る。
「あと一個だけ、あの……ごめん。今朝のことなんだけど」
「しつこいな……何のことだ」
再び呼び止められた三輪くんは、今度は少しだけ眉間にしわを寄せていた。この人、怖いな。昨日ボーダーの服を着ていた時のほうが怖かったけど。
だけどひとまず言いたいのは今朝のこと。教室で周りの人が、私がネイバーに襲われたことについて話していたことだ。
「助けてくれたのは三輪くんなのに、皆が勝手に嵐山さんだと思ってて……」
あの時三輪くんは私から目を逸らしたけれど、絶対に会話は聞こえていたはず。助けに入ったのは自分なのに、それを他の人の手柄だと騒がれたんじゃ気を悪くするに違いない。あの場で私が大声で訂正するのもなんだかイヤらしいし、仕方なく黙っていたのだ。
でも私はちゃんと分かっているので、どうか理解してほしい。……と伝えようと思ったのだけど。
「……どうでもいい」
「え……? で……でも」
「それに、何度も言うがアレは助けたんじゃない」
「だけど」
「まだ何か?」
いよいよ睨まれるような瞳に変わってしまい、私はその場に立ちすくんだ。
「……ないです」
今度こそ三輪くんは、さっさと購買のほうへ歩いて行ってしまった。
私たちクラスメートなのに、用事がないと話しかけちゃいけないのか! という苛々やショックもあったけど、私は三輪秀次という人物をよく知らないのに、少ししつこく言い過ぎたのかもしれない。私と彼が普通のクラスメートである程度の仲であったなら、もう少しましな対応をしてくれた……はず。違うかな。違うかも。
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