09
送られてきた位置情報は市街地中心部のマンションを指しており、もしかしてもしかするぞと思ったがやはり佐々木さんの家だった。俺が来たらまた「ホークスが家に出入りしてる」と言いふらすんじゃないだろうな。しかし、命令を無視して逃げた場合にも同様の嘘を広められる可能性はある。
溜息をつき、「行かない」という選択肢が浮かんだところで佐々木さんから部屋番号が送られてきたので、諦めて部屋を訪ねることにした。
「入っていいよ」
オートロックは無言で解除されたが、部屋の前まで来ると佐々木さんが応答してドアを開けた。広い玄関。立派なマンションなので家族で住んでいるのかと思ったが、見たところ彼女一人の住まいのようだ。
入ってすぐにリビングがあり、そこは全てのものが佐々木さんの暮らしやすいようにセッティングされていた。と言ってもごちゃごちゃと物が多いとかではなく、ローテーブルと大きなソファの近くに延長コードが延ばされているだけ。あとはテレビとか棚とかだけで、目立ったものは何もない。なんていうか、女子高生にしては味気ない。寝室はどうなのか知らないけど。
「女の子の家に来るのって何回目?」
佐々木さんはリビングのソファにどっかりと腰を下ろしながら言った。
その質問にどんな意図があるのか計りかねるので、俺は答えなかった。そもそも答える義理はない。俺の過去の女性関係なんて佐々木さんには関係ないのだから。
そんなわけで、まだ寛ぐ気になれない俺は突っ立ったままで話を続けた。
「……どうすんですかコレ。また変な噂たてられるでしょ」
「私は困らないもん」
「こっちはめちゃくちゃ困るんですけど……ていうかそっちも仕事に差し支えるんじゃ?」
俺はもちろん既に困りまくっているが、知名度のある佐々木さんのほうこそ男関係のスキャンダルは避けるべきじゃないだろうか。まだ若いんだし、男性ファンだって多いだろうし。
あくまで「仕事に関わるから」という理由で、俺は彼女に行動を慎むようにアドバイスしたかった。何故なら先日、いきなり口付けてきた時の話になってしまったら、俺はうまく話をすり替えられる自信がない。
だけど、佐々木さんは俺の忠告を聞かなかった。それどころか忠告なんて逆効果だったかもしれない。ぷいとそっぽを向いて、苦々しく次の言葉を口にした。
「差し支えてもいい」
「ええ……」
「無くなってもいい。仕事なんか」
今、一世を風靡する女子高生の台詞とは思えない後ろ向きな発言だ。テレビにもネットのニュースにも雑誌にも、ほとんどのメディアで佐々木優里を目にしない日は無いというのに。俺には到底理解しがたい。が、彼女はその場の気分で言っているわけではないらしく。
「飽きたんだもん。みんな私がニコニコしてれば満足して、それらしいダイエット方法を発信したら騒いで真似して、私が使ってるもの全部同じように買い揃えんの。おかしくない?」
おかしい。男の俺は理解ができない。佐々木さんに同意だ。
しかし、芸能人ってそういうものだろう。今更そんなことで悩んだって自業自得だろ。
……という黒い感情が芽生えそうになったのは堪えた。佐々木さんは自らこの道を選んだわけじゃない可能性があるから。特殊な家族構成と家庭環境のおかげで、ちいさな頃から注目されて、嫌でもモデルやタレントの道を歩まざるを得なかったのかも。
「ふつーの事したい」
だから、佐々木さんがぽつりと呟いた言葉には少々心が揺らぎそうになった。
「……あなたの言う普通とは?」
「ふつーにそのへん歩いたり、ふつーに遊んだり」
「そのくらいは出来るでしょう」
「あと、」
佐々木さんは俺の言葉を途中で遮ったかと思うと、睨むような、請うような目でこちらを見た。それと視線が交わった瞬間に逸らせばよかったと後悔する。彼女の目はなかなか俺を逃がそうとはせず、ただの女の子のような顔で言った。
「ふつーに恋したい」
俺にはいくつかの手段があった。「恋ってもしかして俺に?」とムードもくそもなく聞いてみる、「いつかそうなるといいね」ととぼけたふりをする、「大人に向かって試すようなことを言うもんじゃないよ」と諭す。どれを選んでも明るい未来は見えない。彼女には気を遣わないほうがいい。勘違いをさせるべきじゃない。だけど、傷付けるのは本意じゃない。
とはいえ何を言っても少なからず佐々木さんを傷付ける、あるいは怒らせることになるだろう。
「フツーのことに憧れるなら、俺みたいなのを練習台にするのはオススメしないな」
俺たちはそういう仲になるべきではないし、なることはできない。ボディガードとして雇われた俺が、ヒーローの俺が佐々木さんを助けたのは当たり前のことだ。男として見られないように振舞ったつもりだったけど、歳頃の女の子には伝わらなかった。自意識過剰かもしれないが、俺の何かに魅力を見出されてしまったらしい。
だから、俺は上記の言葉で応えた。俺を恋の相手として選ぶのは、彼女の求める「普通」とは程遠いのだ。
「分かんないの? 天下のホークスのくせに」
佐々木さんは怒らなかった。しかしショックを受けたようには見えた。声が震えて、絞り出すようにようやく嫌味を言うことしか出来なくなっていた。
「……相手にすることは出来ません」
「子どもだから?」
「子どもだし、雇い主だからです」
「もう私のボディガードは終わったでしょ」
「それでも駄目です」
今日ここに来るべきじゃなかっただろうか。変な噂を流されたとしても。既に流されているけど。
佐々木さんの目はいつの間にか、すがるような余裕のない色に変わっていた。この子、きっと恋をしたことがないんだ。それならますます俺では駄目だ。
「佐々木さん自身が不利になりますよ。どこで誰に見られて聞かれてるか分からないんだから」
「そんなの……っ」
ソファに腰掛けていた彼女が勢いよく立ち上がった。俺に文句をぶつけてくるものかと思ったが、息を吸っても何も言わず。その代わりこちらに向かって突進し、俺を無理やり押し倒そうとぶつかってきた。
「うっ?」
まさか思い切り突撃されるとは思っておらず、さすがに体勢を崩して尻もちをつく。ヒーローになってまで女の子に押し倒される日が来るとは思わなかった。俺を押し倒した彼女はいつかのように胸ぐらを掴んで、とても怒った様子で俺を見下ろしていた。
「上手く私をたしなめようとしてるけど、不利になるのはあんた自身なんでしょ」
「え……」
「せっかく私がここまでしてるのにっ」
だんだんと佐々木さんの手が震えていくのを感じた。怒りに任せて俺を睨む瞳はそのうち悲しみに変わっていく。
俺は、彼女の口から決定的な一言が発せられるのをどうしても避けたかった。断り文句に困るからだ。仕事だから彼女に関わっただけだし、仕事に差し支えるから叱ったりしたんだし、仕事として彼女を無傷で返せなかったことは悔やんでいる。俺がヒーローでなければ関わることはなかっただろう。
でも佐々木さんはこれまで不自由なく育ってきたせいか、俺という男がアレコレと指図をしたり怒ったりするうちに、おかしな感情を持ってしまったようだ。いや、「おかしな」というのは失礼かもしれない。現に今、困っているのは俺だけだ。彼女の言うとおり、不利になるのは俺自身だった。佐々木さんにその言葉を言わせないように必死になっているのだ。
「あんたは仕事を盾にして、私をちゃんと見てくれてない!」
しかし、それは佐々木さんにバレていた。女の子に抱かれた感情に気付かないふりをする、受け流すということが彼女をどれほど傷付けるのか、分かっていながら隠し通せなかった。
俺にまたがってゆっくりと顔を近づけてくる佐々木さんの顔は、怒りと悲しみとわけのわからない感情とでぐしゃぐしゃだ。
このまま唇が触れたとして、彼女は満足するのだろうか? そんなことを心配していると、視界の端に何かが見えた。窓の外だ。何か動いてる。きらりと光った無機質な物体。まずい。誰かに跡をつけられていた?
「佐々木さん……誰かに見られ、」
俺はきちんと忠告しようとした。見られてる。こんなところを世間に知られたら俺も佐々木さんも大変なことになる、きっと。
しかし佐々木さんは聞き入れなかった。「くそくらえだよ」と俺の言葉を遮ったかと思うと、前回よりも強く唇を押し付けてきたのである。
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