08
佐々木優里。東京生まれ東京育ちの十七歳。両親はそれぞれテレビ業界で働いており、父親は局の偉い人・母親はアナウンサーであった。彼らの娘である彼女は蝶よ花よと育てられ、艶のある肌や鮮やかな唇、宝石のような瞳は産まれ持った財産だ。
と、いうのはネットにも載っている有名な話らしかった。佐々木さんは芸能一家に産まれたいわゆる二世タレントというやつなのだ。勝手に調べさせてもらったところ、実家も立派でお手伝いのスタッフが複数名在籍している様子。そりゃあ俺にも偉そうな態度になるわけか。
…やはりただ偉そうなだけなら全然構わないのだが、困ったことに彼女は俺との噂を自ら流している。
最初は本当に何のつもりか分からなかった。でも、恐らく恋愛経験の少ない佐々木さんの言動を顧みれば、俺でなくとも察することはできるだろう。ちょっぴり面倒なことになっている。佐々木さんは俺に好意を抱いてしまったらしい。何が原因なのか全然分からないけど。嫌われる心当たりは沢山あるんだけどな。
「あっ! ホークスが出てきました」
朝、事務所を出ると何組かの報道陣が待ち構えていた。ヒーローとして名前が売れ始めてからは、こういうことにも慣れた。けど最近のレポーターからの質問といえば、佐々木さん絡みのことばかり。今日もいつその話題が振られるだろうかと構えなければならなかった。
「おはようございます。今日の任務はどのような」
「おはようございまーす。いつも通り見回りですよ、テレビの前のみんなは悪さしないでねー」
テレビカメラに向かって手を振ってみせる。これはいつものこと。
そのままさっさと飛び立ってしまえばいいと思われるだろうが、カメラマンやレポーターとの距離は近い。どうしても聞きたいんだろうな。ここでいきなり羽を広げては、彼らが怪我をしたり機材を壊す恐れがある。俺は今、なんとも動きづらいのである。
「ところで、噂のモデルとの交際については……」
レポーターの女性はまるでおまけのように質問をしてきた。そっちが本題のくせに、この人も大変だなあ。俺のほうが大変だけど。
この話をするのはもう何度目だか分からない。しかも佐々木さんは俺に「口説かれた」としか言ってないのに(そもそもそれだって間違いなのに)、「交際について」ってどういうことだ。
「交際はしてないです……」
「では佐々木優里さんに交際を迫ったというのは」
「迫ってません」
「ですが」
「何の関係もありませんし彼女のことは何とも思ってないです」
「でしたら、」
「もう行きますね、すみませんけど」
ようやく広い道に出た。前方には車輌なし、近くに通行人もなし、このチャンスを逃すまいと俺は開けた場所に走り出す。重いカメラを持ったカメラマンは俺に追いつけない。ヒールを履いたレポーターも「あ!」と声をあげたものの、俺の足には追いつけず。羽根が誰にも当たらない場所に出て、やっと地面を離れることができた。
こうやってメディアを撒くのも大変だ。それに俺が嫌々カメラから逃げて飛び立つ姿なんて、彼らからすればやましいことを隠しているようにしか見えないんだろう。どうせいいように編集して放送されちゃうんだろうな。
「疲れるなあ……」
カメラに追われることを想定せずにヒーローになったわけじゃない。でも、まさか自分に熱愛報道が出されるなんて思いもよらない。そりゃあ良い人が居れば自分からアプローチすることだってあるけどさ、「この人は誰にも洩らさない」と信用した相手しか想いを伝えたりはしなかったのに。残念ながらことごとく振られてますけど。だからって高校生の女の子と? ないないない、絶対ない。
と、ぶんぶん頭を振って否定しているところにポケットのスマートフォンが振動を始めた。仕事用のほうだ。というかプライベート用は滅多に鳴らないから。
「……誰だろ?」
画面を見ても相手の名前は出ていなくて、電話番号のみが表示されている。アドレス帳登録外の人物からのようだ。
今は事務所に事務の電話番が居るから、事務所宛の電話が俺に転送されてくることはない。でもあちらこちらの警察やヒーローに名刺を渡しているので、電話に出ないという選択肢はない。だから俺は指をスライドさせて応答した、が。
『遅い。やっと出た』
「は」
聞こえてきたのは明らかに仕事関係のヒーローや警察官ではなく、とてもよく響く女の子の声だった。しかも電話に出た途端の「遅い」という刺々しい言葉に、俺は一瞬言葉に詰まる。
『ねえホークスでしょ? 聞こえてる?』
「え」
名前を呼ばれたので、相手は間違い電話をしているわけじゃない。ということは俺の知っている人物。この声どこかで聞き覚えがある。ああ、思い出してはいけないような気がする。嫌だな、思い出してしまった。
「その声……」
『分かんないなんて言わせないよ』
「……佐々木さんですか?」
『正解』
超上から目線で偉そうなのにどこか幼い声と話し方、これは佐々木優里で間違いない。俺は通話口に届かないように溜息をつくと、気合を入れるため深呼吸した。
「あのう……護衛が終わったら俺の番号は削除するようにお願いしましたよね」
『そんなの従うかどうかは私の勝手だから』
「……そーですか」
仕事の都合上、一ヶ月の間のみ俺と佐々木さんは連絡先を登録し合っていた。この番号が警察やヒーロー以外にも知られているのは嫌だから、最後の日には削除をお願いしていたのだけど。俺も佐々木さんの番号は消してあるし。残すなよ。
いや、分かるよ? 俺のことを本当に好きなのだとしたら、そりゃあ消さないだろうけど。もう少ししおらしく迫ってきてくれないものか。
『ねえ、私に言いたいことあるでしょ』
黙り込んでいる俺に、佐々木さんがずばり聞いた。
佐々木さんに言いたいことならば沢山ある。顔の傷はどうですか、ってのも一応聞いておきたいが。溜まっているのは文句とか文句とか文句とか、やっぱり文句が千個ほど。でも千個なんて言ったら引かれてしまいそうだ。
「まあ……少なく見積って百個くらいは」
『多っ。じゃあ面と向かって言わせてあげるね』
「はあ」
『位置情報送るから来て』
「えっ? 今から?」
いきなり連絡を寄越してきたこと自体驚きなのに、今から俺に来いと言う。何かしら大事な事件とか用事があるなら分からないでもないが。絶対に行きたくないけれど、彼女には俺を脅す手段があった。
『来てくれなきゃ言うからね! アンタのあんなことやこんなこと!』
それだけ言うとブツっと電話が切れてしまい、耳元で切なく響く電子音。しばらく唖然として声も出なかった。そのうちすぐに位置情報が送られてきて、いま佐々木さんの居るらしい場所が表示される。飛んでいけば一時間もかからない距離だ。……行かなきゃ俺のあんなことやこんなことを言うって言ってたな。
「どんなことだよ……」
俺の秘密なんて何も知らない彼女だから、あることないこと言いふらすに違いない。それは困る。
仕方がないから行ってみることにしよう。もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、また誰かに誘拐されて俺をおびき出すように指示されているのかもしれないし。きっとそうだな。そういうことにしよう。それなら急ぐとするか。
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