07
あれからのことはあまり覚えていない。俺は佐々木さんが生放送で発した爆弾発言のおかげで大忙しだった。ヒーロー仲間からは「やるねえ」なんていじられて、警察からは「さすがにそれは駄目でしょう」と説教を受ける羽目に。
悪いけど俺は、佐々木さんの姿かたちを美しいと思うことはあっても、性的感情を抱いた覚えは一度も無い。ようやく着信が落ち着いたところで俺は鈴木さんに電話をした。 佐々木優里とアポを取るために。
電話口の鈴木さんは相変わらず『すみません、すみません』と平謝りをするばかり。彼はいつも疲れているか焦っているかのどちらかだったが、原因は佐々木さんにあるんじゃないか? 今回だって佐々木さんがあの発言をしたことで、鈴木さんへの電話が殺到していそうだ。怒り飛ばしてやればいいのに。彼が無理なら代わりにやってやろうか。
「勝手なこと言うのやめてもらえませんかね」
鈴木さんに無理やり予定を聞き出し、無理やり佐々木さんの時間を確保させ、無理やり事務所の部屋に閉じ込めた俺は挨拶もなく本題に入った。
「何のこと?」
佐々木さんは大人の男と二人きりで、しかも俺に睨まれているというのに微動だにしない。それどころか俺を睨み返しているようにさえ見えた。
「俺に口説かれたとかなんとか、あることないこと言い触らすのは控えていただきたい」
彼女を逆上させるのは本意じゃない。会話が成り立つうちに罪の意識を持たせて謝罪させたい。だから俺は必死に耐えた。佐々木さんが全く悪びれた様子なく両肘を付いていても、俺だけは頭に血を登らせないようにと注意した。
……のに、彼女はいとも簡単に俺の神経を逆撫でしていく。
「そっちだって売名になるんだから良いじゃん」
「俺は売名なんて狙ってません」
「嘘つき」
「嘘じゃない」
「アンタたち皆、そういうことしか考えてないくせに」
そうして向けられたのは明らかな敵意で、しかも俺だけでなく世の中の大人に向けたものであるかに見えた。
この一言で彼女の生きてきた人生をなんとなく理解したし、こういう人格を作り上げたのが本人の責任だけじゃないことも分かった。佐々木さんをこのようにしたのは周りの人間だ。
「佐々木さんに何があってどういうつもりかは知らないし、知りたいとも思わないけど」
きっと生まれ持った美貌のせいで彼女なりの苦労があったのだろう。が、そのせいで俺を陥れてもいいわけじゃない。この先彼女を甘やかす人間ばかりとも限らない。せめて教えてやるのが周りの務めではないか? 運良く俺は怒っているし、嫌われ役なら喜んで買って出る。
「あまり大人を馬鹿にしないほうがいい」
佐々木さんに対して怒りをぶつけたのはタピオカ事件以来だろうか。今ならどんなに関係が悪くなっても支障は無いのでいくらでも言ってやるぞ。さすがに過去のことを引っ張りだすつもりは無いが。
ところがこれまではどんなに俺が怒っても焦っても心配しても他人ごとのようにあしらっていたのに、今回は何やら静かになった。俺の説教を聞いて俯いてしまい、唇を噛みしめたまま小さく震えている。
怒らせた、あるいは怖がらせたかも。こんな姿を見て愉しみたかったわけじゃないのに、調子が狂うな。
「……あのね。嫌味で言ってるんじゃないですよ? いい加減ちゃんとしないといつか、」
「そっちこそ馬鹿にしないで!」
フォローを入れようと口調を変えた言葉は遮られた。佐々木さんが思い切り息を吸い俺を見上げて、俺の背後にある色んなもの全てに睨みを利かせている。
俺は思わず息を呑んだ。佐々木さんが恐ろしかったわけじゃない。ただ、彼女の迫力は俺を一瞬怯ませるのに充分だった。
「子ども扱いしないでよ」
馬鹿にするな、子ども扱いをするな、これらは俺への言葉であると同時に不特定多数の大人に向けられたものだ。
佐々木さんは子ども扱いされることを嫌がる人間だと、俺は早くに気付いていた。なるべく気を付けているつもりであった。だけどそれは、大人に向かって失礼な態度を取ってもいいのとイコールではない。
「……子ども扱いって言われても」
分からせるべきだ。佐々木さんが他の誰よりも優れた外見を持ち、それがまだ発展途上であり今後さらなる美しさを持ち合わせるとしても、態度を改めなければ未来はないことを。
「きみは立派な子どもだろ」
躾なんて専門外だがこれも何かの縁だろうと、俺は諭すように彼女に言った。
俺はまだ若いながらも成人しておりそれなりに酸いも甘いも経験している。対して佐々木さんはプロフィール上では十六か十七歳。恐らく本当の年齢だ。ほんの薄い化粧だけで光を通すようななめらかな肌も、一本一本に水分の行き届いた柔らかい髪も、ショックを受けたように俺を見つめる大きな黒目も、すべてが若さの象徴である。
佐々木さんは一瞬脱力したように肩を落とした。これ、またフォローしてやらなきゃいけないやつ? どう言えばいいんだろ。
俺も真似して肩を落としそうになった時、佐々木さんの手が突然伸びてきた。首でも締められるのかと仰け反ったものの、佐々木さんは俺の首を目掛けているわけではなく。おろしたてのシャツごと胸ぐらをぐっと掴まれた。そして、思い切り引っ張られてしまったのだ。
「……っ」
さすがにこんなことが起きるなんて予想していなかったので、油断していた。ヒーロー失格。それとも大人の男として失格なのか俺は。こんな若い女の子に、不意をつかれて唇を奪われてしまうとは。
触れた唇はこれまで味わった女性のそれよりも格段に柔らかく、みずみずしかった。ついでにぎこちない佐々木さんの息とか、触れている最中に少し震えているのが唇から伝わってきたりしたおかげで、俺は女の子の大事なものを貰ってしまったのではないかと推測した。
「子どもがこんなことする?」
俺を押し返すようにして身体を離すと、佐々木さんは肩で息をしていた。
やたらとこだわる「子ども」という言葉に惑わされてはならない。佐々木さんは頭がいい。わざとこういう言い回しをしているのだ。残念ながら俺も頭がいいので、分かりたくもないことを理解した。
「……何を言いたいのかは知らないけど」
知らないふり、分からないふりを通さなければきっとややこしいことになる。俺の思い違いであってほしいけど。せめて俺にできるのは突き放すことだけだ。
「大人はそんなことしない」
俺は男としてではなく大人として忠告をした。それが彼女を逆上させる可能性があるのは分かっていた。そしてやっぱり佐々木さんは俺の言葉を聞くと、両目いっぱいに涙を溜めてしまったのである。
「……どっか行って」
「へ」
「変態! 消えろ!」
「えぇっ」
佐々木さんは俺の身体をぼかすか殴り(あんまり痛くはない)、抵抗しなかった俺は部屋から追い出されてしまった。バタン! と大きな音をたてて閉まる扉。情けないことに女性に部屋を追い出された経験は初めてじゃないのだが、思春期の女の子相手となれば話は別だ。ちょっぴり心が痛い。そして、なんとなく俺が悪いような気も。
俺、たぶん地雷踏んじゃったな。そして出来れば勘違いであって欲しいけど、佐々木さんに自覚症状があるのかは分からないけど、彼女の初々しい心の中にホークスという存在を残してしまったようだ。面倒なことになってきた。俺の思い上がりでありますように。
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