06
あらゆる意味で過去最高に頭を悩ませた任務が終わり、ウイングヒーローホークスの事務所には平穏が訪れた。と言っても、毎日どこかで大なり小なり事件が起こり、身体を休ませる暇は無いけれど。
「あの子どうでした? 佐々木優里」
どこかから俺の任務について噂を聞きつけたヒーロー仲間はこんなことを聞いてきた。きっと佐々木さんのファンなのだろう。
俺は彼女にあのような扱いを受けていたけれども、だからって佐々木さんの商売を邪魔するわけにはいかない。当たり障りなく「写真のまんま可愛い子でした」と答えておいた。だって見た目に限っては、素晴らしく華やかで可愛らしいことに違いないからだ。
その佐々木さんの顔に先日、俺が原因で傷が付いた。
怪我の具合をまた教えてくれと伝えたものの、彼女自ら俺に連絡を寄越してくるとは到底思えなかったし、実際全く音沙汰が無い。なので護衛任務を終えて数日経ったころ、俺から連絡を取ってみることにした。
『はい。鈴木です』
電話をしたのは佐々木さんのマネージャーである鈴木さんだ。初めは彼が連絡を寄越してきたのがきっかけだったっけ。
「突然すみません。ホークスです」
『ああ! お世話になりました』
「佐々木さんのお怪我の具合はどうかなと思いまして……、僕、彼女にあまり信用してもらえなかったものですから」
信用もされなければ好かれもせず、コミュニケーションなんて全くと言っていいほど取れていなかった。主に俺は彼女の雑用係だったので。ちなみにあれ以降タピオカに少しハマっているのは秘密だ。俺をタピオカという食べ物と出会わせてくれたことには感謝する。
という冗談はさておき、佐々木さんの件については今や国中が知る事件となっていた。犯人は逮捕済みで解決済みではあるものの、今をときめく佐々木優里が拉致被害に遭ったというのは世間を大きく騒がせたのだ。
それもこれも俺のせい。彼女に苛々する日々を過ごし疲れていたとはいえ、集中を欠いたのは後悔している。
が、鈴木さんは大して気にしない様子で答えてくれた。
『気にしないでください。舞台裏ではほとんどあんな感じなんで……』
「でも、結局大々的にニュースになっちゃったので。大事にはしたくなかったですよね」
『いいんですよ! それに怪我は軽傷です。ちょうど明日から復帰します』
「えっ」
思わず何度かまばたきを繰り返した。あんな事件事故に巻き込まれて怪我を負ったのに、ほんの三日ほどで仕事に復帰とは。昨今では映像も写真も加工技術が進歩しているので、痣や傷さえ隠せば仕事は出来るのだろうけど、簡単に隠せるものとは思えない。
そんなに急がなくても良いのではないか? と不思議に思っていると、鈴木さんは嬉嬉として続けた。
『優里の初めてのワイドショー生出演なんです! あの誘拐事件についての特集で。ぜひ見てください』
それじゃあ打ち合わせがあるので! と言い残し、鈴木さんは電話を切った。
佐々木さんはモデル・タレントとして活躍しているが、まさか自分がターゲットにされた事件のことをカメラの前で話すだなんて驚きだ。
以前ラジオ番組の収録に同行した時の様子からして、佐々木さんはその仕事をそつ無くこなすのだろう。あの子は頭がいい。勉強は出来なさそうだけど。
それにしても普通そんなことをやってのけるか、未成年の女の子が?
「根性あんなあ……」
そのプロ根性はもはや尊敬である。そもそも殺害予告をされているのに一切仕事を自重しなかったのだから、元々肝が据わっているのかもしれない。これは我々ヒーローも、小さな怪我で仕事を休んではいられないな。
◇
翌日のこと、俺は鈴木さんが電話の後に送ってくれたメッセージのとおりにテレビのチャンネルを合わせた。昼の情報番組にゲスト出演するらしく、テレビ欄にはしっかりとゲストとして佐々木優里の名前があった。
まあ色々あったし色んな侮辱を受けたけれども、若い女の子が仕事を頑張るのは何よりだ。一ヶ月間、付け睫毛やらタピオカやらを買いに飛ばされたことはいったん水に流そうではないか。
『……ここで先日殺害予告を受け、拉致被害から無事に生還した佐々木優里さんにお越しいただきました』
アナウンサーがそう言うのと同時に効果音が流れ、スタジオに佐々木さんが現れた。さすがに痣はメイクでも隠しきれておらず、左頬には大きな湿布が貼られている。その姿を見たコメンテーターやアナウンサーたちは、気の毒そうに顔を歪めた。
『犯人逮捕までの一ヶ月、どのように過ごされていましたか?』
挨拶もそこそこにアナウンサーは本題に入った。その一ヶ月間は俺も一緒に過ごしていたので、彼女が何と答えるのかは単純に興味が湧いた。
『なんにも気にしないで過ごしてました。仕事はそのまま続けたかったので』
『お強いですね……』
『私が仕事を休んだら犯人が面白がると思って。そういうのムカつくじゃないですか』
佐々木さんは堂々とした様子で受け答えをした。話す内容も番組に相応しく、かつ彼女のキャラクターがしっかりと表れている。今は本音を喋っているのだろう。悔しいけれど少し感心だ。
『あのホークスがボディガードだったと伺っていますが、彼はどうでしたか?』
ところが突然アナウンサーが俺の名前を出したので、頬杖をついていた手がズルリと滑った。
俺のことまで聞く必要ある? いや、あるか。あるよな。ホークスがしくじったせいで彼女の顔はこの有様なのだから。マスコミはまだそれを知らないが。
『拉致された際、彼の活躍で誘拐犯も逮捕されたとのことですが……』
続くアナウンサーからの言葉に佐々木さんは口を閉じた。それまであけすけに話していた様子からは一変、その場に流れる微妙な空気。テレビ越しにも伝わってきた。
『ホークスは……テレビで見たとおりのヒーローだったけど、……』
佐々木さんは途切れ途切れに話し始めた。俺は何を言われても文句を言うつもりはない。「彼はよくやってくれました」なんて言ってくれれば万々歳だが、まさか俺の利益になることを彼女が進んで言うとは思えない。
『彼と何か?』
あまりに沈黙が続くので、コメンテーターのひとりが口を開いた。人気者ホークスの粗探しでもするつもりなのか、コメンテーターの瞳は爛々と輝いている。佐々木さんはチラリと彼を見て、また少し俯いて、それから大きく息を吸った。
『全然フツーの人だったけど、助けたついでに口説いてきたくらいですかね』
それを聞いた瞬間に、スタジオ中はビックリ仰天しどよめきが起こった。
ついでに俺の前にあるテレビはコーヒーまみれになった。彼女の爆弾発言を聞いて、思わず口から吹き出たせいである。
「……は?」
口説いた? 誰が誰を? そんな覚えはまったく無いぞ。勘違いされるようなことを言った覚えも無い。俺の拳はわなわなと震えた。テレビの中では『え、ええとまさか熱愛発覚ということですか』なんて呑気なアナウンサー。佐々木さんはイエスともノーとも言わずにしおらしく髪を触っている。
どうしてくれる。鈴木さんに抗議の電話をしようにも、俺のスマホは番組を観た各所からの電話が鳴りっぱなしだ。
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