05
佐々木さんの失踪をマネージャーの鈴木さんに伝え、俺はすぐに建物を飛び出した。
鈴木さんはさすがに青ざめていた、彼女がスマホも持たずにどこかに行くのは有り得ないからだ。つまり佐々木さんは自ら居なくなったのではなく、何者かに攫われた可能性が高い。
殺害予告のメッセージを送ってきた犯人は捕まったというが、もしかしたら真犯人は別の人物かもしれない。それを踏まえて警察は操作を続け、更に全く別の誰かが佐々木さんを狙った場合も考えた。あれだけ人気のあるタレントならば、世の中の誰かから恨みを買うことも沢山あるだろうから。
「ねえ、さっき変な人居なかった?」
様々なところに羽根を散らせて探っていると、ほぼ真下からこのような言葉が発せられるのを感じた。
今どき「変な人」なんてそこらじゅうに居るのだが、些細なことも逃せないのである。俺は注目されるのを覚悟で地面に降りて、声の主らしき人物の前に出た。
「あの! 変な人ってどんなでしたか」
「ぎゃあ!」
「嘘、ホークス!?」
予想通りに、会話をしていた女の子たちは仰け反りながら驚いた。ヒーローになりたての頃はこんな反応に浮かれたこともあったけど。
「すみません今は犯人捜索中で。変な人を見たって仰ってましたよね」
人差し指を立てながら話を聞こうとすると、意外にも聞き分けの良い彼女たちは察してくれた。声を小さくして、俺を目にした瞬間のきらきらした瞳が落ち着きを取り戻す。その「変な人」を見かけたほうの女の子は、ある方向を指さしながら言った。
「そう。変な人っていうか、窓とか全部黒ーく覆われてる車がね」
「車体も? どっちに進みました?」
「あっち! あ、でもナンバーは見てない」
「大丈夫ですよ。お気遣いどうも!」
特定の車を追い掛けるにはナンバープレートが必要不可欠であることを、一般の人も理解している。心優しい彼女たちにはお礼を言って再び空に飛び立ち、先ほど女の子の指した方角へと進んだ。
幹線道路を走る黒い車は数多く見受けられるが、中でも異様なほどに蛇行している車が一台。まさかこんなに分かりやすい走り方はしないだろうと思いつつも、黒いカーテンか布のせいで中が全く見えない。情報と一致だ。中に居るのが佐々木さんかは分からないが、どちらにしても危険運転を見逃すわけにはいかない。
「ホークスです。怪しい車輌を発見」
すぐさま警察に電話をする。と同時に俺の目には、黒い車輌のすぐ後ろを走るのが覆面パトカーであることに気付く。また、さらに後方からは通常のパトカーが。
『こっちも真後ろに付けてる』
「いま見えました。さすがお早い」
『嫌味はやめろ』
「嫌味なんてそんな。そのままそちらで捕まえてくれてもいいんですよ」
とは言え、もしもあの車の中に佐々木さんが居た場合、焦った犯人が彼女に手を出さないかが不安である。車内のどの位置に居るのかも分からず、安易に窓を割るわけにはいかない。佐々木さんが怪我を負ってしまう可能性があるからだ。
だから警察の皆さん方にはあまり犯人を刺激せずに居て欲しいのだが、願いは叶わず。蛇行していた黒い車は猛スピードに切り替わり、前の車にぶつかりながらもどんどん前に進み始めた。
これでは車内の佐々木さんだけを心配するのは不可能だ。あの車を無理やり停めなければと意を決した時、なんと黒い車は勢いよく横転した。
「ちょっとちょっと……」
やばいよそれは。危うく他の車が横転に巻き込まれそうになったのを、警察の誰かが個性で防いでくれていた。
しかし黒い車自体は激しい音をたて、ガラスというガラスはすべて割れてしまったかに見える。ぞっとして車のそばまで飛んでいき、割れた窓から名前を叫んだ。
「佐々木さん! 居ますか?」
視界には二名の男が気を失っている姿があった。運転席はどうなっているか分からない。男は頭から血を流している。
その近くに毛布か何かで縛られた物体が居て、それが佐々木さんであるのはすぐに分かった。いつもは綺麗になびいている髪がぐしゃぐしゃになっているけど、疾走前まで一緒に居た彼女の髪色を見間違えるはずはない。
「……いったぁー……」
「無事ですかあ。よかった」
佐々木さんは誘拐犯によって、抵抗しないように毛布でぐるぐる巻きにされていた。だんご虫みたいに。皮肉にもそのおかげでガラスで傷つく事は無かったようだ。ただ、当たり前だけど、全くの無傷というわけでは無い。
「本当にごめんなさい。俺、隣の部屋に居たくせに気が付けませんでした」
「……」
「酷いことされてませんか?」
警察が男たちを拘束している傍ら、俺は佐々木さんの拘束を解いて外に出した。
若い女の子を攫うということは、たいてい目的が限られる。性的虐待、あるいはもっと酷いこと、とにかく身体の中も外もただでは済まないのが一般的だ。両肩を掴んで顔色を伺おうとすると、佐々木さんはこんな時でも俺を睨んでいた。
「何もされてない。てか大丈夫だし触らないで」
「お怪我は?」
「ちょ、っと……」
触るなと言われてもそれは無理な話で、救急車が来るまでに応急処置が出来るならばしておかなければならない。怪我の有無、場所は把握したい。頭を打っていないかとか、骨折していないかとか。今の事故での傷は無かったとしても、攫われた時に何かがあったかもしれない。
思い切り顔をあちらに向けようとする佐々木さんだったが、俺がずっと目の前に居て肩をがっちり掴んでいるせいか、今度は俺を真正面から睨み返してきた。
助けてやったのにそんな顔をされるなんて参ったな。と一瞬だけ脳裏を過ぎったが、すぐにそんな考えは消えた。佐々木さんの顔は両目こそ無事のようだけど、いくつかの痣や傷がついていたのである。こういう痣は見たことがある。殴られた痕だ。
「……ごめんなさい」
「ウルサイな。あんたのせいじゃないし」
佐々木さんはついに俺の手を押しのけた。まるで俺のことなんか恨んじゃいないらしい。けど、俺は俺の責任を果たせなかったことを恨んでいる。後悔したって遅いんだけど。
「その治療費うちで負担します」
「は? そんなの要らな、」
「俺のせいですから」
「要らないっつうの」
「だってそれ、商売道具でしょう」
敢えて「それ」という言い方をしながら顔のことを言うと、佐々木さんの表情は固まったのちにまた俺を睨むように歪んだ。そんな顔したら傷が痛むでしょ、と言ってやりたいが。
「……えっと。手、貸しましょうか」
「いらない」
「痛くて歩けないでしょ、どうせ」
今の会話のあいだに観察したところ、少なくとも大きな骨折は無い。俺から逃げようとじたばたする元気があるくらいだ。
しかし元気はあっても身体に力は入らないらしく、彼女を抱き抱えるのはそんなに苦労しなかった。いわゆるお姫様抱っこというやつをしながら現着した救急車のそばまで運ぼうとすると、佐々木さんはやはり俺の腕の中で暴れ回った。
「やっ!? な、なに変態ッ」
「安心してください、俺ってこう見えても仕事中に欲情したりとか無いので」
顔を思いっきり押されながらもそう言うと、佐々木さんの手から力が抜けた。
「……ほんとに? 相手が私でも」
「やだな。ないですよ」
「ホモなの?」
「違いますぅ」
ホモでたまるか、いやホモの人を否定する気は無いんだけどさ。俺は正真正銘のストレートだ。と未成年に主張したところで虚しいだけだし、彼女の前であまり変なことを言うと、SNSとかいうやつで拡散されかねない。
「……はい。座れます?」
「座れるし」
ひとまず救急車のベッドまで運んでやると、佐々木さんは弾けるように俺から離れた。相当嫌われてるな俺。好かれていると思ったことは一度も無いし、俺だって好きだと思えたことは一瞬たりとも無いんだけど。こんなにも一般人とのコミュニケーションが上手くいかず、任務遂行完了まで打ち解けられなかったのは初めてだ。
「ひと月前、あなたにメッセージを送った犯人は捕まったそうですよ。念のために明日からはしばらく、別の方が警備してくださるみたいです」
「……あっそう」
「ちなみにアレは先週盗まれた車で、殺害予告に便乗した輩の仕業だと思われます」
「フーン」
佐々木さんは俺とは目を合わせない。情けないやら何やらだけど、俺は胸ポケットから佐々木さんのスマホを取り出し、彼女の膝の上に置いた。
「俺の仕事は今日これまでです。落ち着いたらでいいので、鈴木さん経由で怪我の具合教えてくださいね」
「うるさいな」
「それからあんまり鈴木さんに迷惑かけないこと」
「だからうるさいって! あっち行ってッ」
最後にはこんなふうに、噛み付かれそうな勢いで言われてしまった。周りの救急隊員や警察も「なんで喧嘩してるんですか?」と心配するほど。俺が知りたい。いつだって俺は彼女に対して穏やかな心を忘れたことは無かったのに。……いや、時々ちょっとムカついてたけど。
とりあえず、これで佐々木優里を一ヶ月間護衛するという仕事はお終いだ。佐々木さんももう俺の顔なんか見たくもないだろうし、俺も出来れば会いたくないので、金輪際俺たちが関わることは無いだろう。と、信じたい。
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