青空を迎えにいこう
なんとなく頭が重いなぁと感じて窓を開ければ独特のにおい。今日は雨が降りそうだ。洗濯物は諦めよう、ついでに髪を巻くのもやめておこう。
朝の用意をして玉狛支部に向かうと、鍵は開いていたけれど部屋には誰も居なかった。不用心な人達だ。珍しく静まり返る部屋を見渡しながら、まずは何をしようかと考える。そういえば明日はヒュースくんの正式入隊と歓迎会を兼ねてバーベキューをするのだった、買い出しリストを作って用意しなくては。
「……あ」
ふと窓の外を見ると、残念な事に雨が降り始めていた。しかもなかなか強いので、おさまるまで外出しないほうが良さそう。かと言って一人でここに居ても暇である、栞ちゃんからはメールが返ってこない。
そこで思い付いたのは明日のバーベキューのための買い出しではなく、お天気を良くするための方法だ。ティッシュペーパーを何枚か取り、ぎゅうぎゅうに丸めているところで支部のドアが開いた。
「何だそれは」
入ってきたのは明日の主役であるヒュースくんであった。傘を持って出ていたらしく、あまり濡れていない。しかし彼は降り出した雨の事よりも、私が何を作っているのかが気になる様子。
「てるてるぼうず。知ってる?」
「てるてる……?」
「ぼうず」
「……ぼうず。初耳だ」
ヒュースくんは椅子を引いて座った。彼の生まれた世界には、てるてるぼうずの文化は無いらしい。
「こうやって丸めて、こんな形にして窓のところに掛けとくの。明日晴れますようにっていうお祈りで」
「それは効果があるのか」
「うーん、あったりなかったり?」
「気休めだな」
「そうとも言うんだけど」
どうもこの人は現実主義というか、根拠の無い話は好きではなさそうだ。だけど私の作業に全く興味がないってわけでもなさそうで、てるてるぼうずの首のところをゴムで留めるのを眺めていた。せっかくだから教えてあげよう、こちらの文化を。
「でね、ここに顔を描くのね」
「この丸いのは顔か」
「そう。ヒュースくん、絵得意?」
マジックを取り出しながら聞くと、ヒュースくんは無言で首を振った。横に。
「まあいいや。描いてみて」
「……どうやって」
「目と口があればいいよ。例えばこんなの」
簡単なてるてるぼうずと顔の絵を描いてみると、ヒュースくんはその絵をじっと眺めてコメントを考えているようだった。瞬きひとつしない。とても真剣に観察してくれたが、あまり良い感想は浮かばなかったらしく。
「下手だな」
「うるさいなあっ、ほらそっちの番」
描かなきゃよかった。私はこういうのが苦手なのである。
今度はヒュースくんにマジックを渡して促してみると、意外にもすぐに蓋を外した。丸まった頭の部分を器用に押さえて、黙々と目をふたつ描く。しかもちょっと大きめ。そして、チョンチョンとまつ毛を二本ずつ描き足しているのだ。
「……わあ。かわいい」
「なかなか上手く描けた」
「ほんと! 女の子みたい。まつ毛ながーい」
ヒュースくんの中では、このてるてるぼうずの性別は女性なのだろうか。
最後にニッコリ笑った口を描き、思いのほか可愛らしいてるてるぼうずが完成した。やるじゃん、ヒュースくん。…と言おうとして口を開きかけた時、バチリと私たちの目が合った。と言うかヒュースくんはしばらく私を見ていたのかも知れない。じっと顔を見られてる。
「……なに?」
「ひとつ描き忘れた」
「え、」
描き忘れって何だろう、鼻とか?
私が質問するより先に、ヒュースくんは再びマジックの蓋を外しててるてるぼうずを手に取った。
何を描き足すんだろう。首を伸ばして覗き込むと、彼はマジックで一度だけ、右の目元にチョンと触れた。黒い点が、てるてるぼうずの目のそばに。ほくろだ。目元のほくろ。わざわざてるてるぼうずに、ほくろ? しかもそのほくろの位置は、
「これを窓際に掛けるんだったか?」
「!」
ヒュースくんの声で私は我に返った。
今すぐ鏡を見たくて仕方がなかったけど諦めて、動揺を隠すために何度も首を縦に振る。するとヒュースくんが立ち上がり、窓際へ歩いててるてるぼうずを吊るし始めた。その後ろ姿を眺めながら、私はこっそり左手を自らの目元に当ててみた。そこにはしっかりと存在している。私の顔の向かって右の目元には、紛れもなくほくろがあるのだ。
「晴れるといいな」
そのように言ったヒュースくんの声は雨音にかき消されて、よく聞こえなかった。
その翌日が晴天になったのはてるてるぼうずのおかげか、単なる奇跡か偶然か。わいわい騒ぐ玉狛支部の輪に加わっている彼は心無しか楽しそうだったので、何にせよてるてるぼうずを作って良かったなあと思えた。
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