09
ホークスに誘導されて、人気のないところにやって来た。と言っても怪しいところではなくて、しっかり仕切りの付いた喫茶店みたいな場所。ホークスの御用達らしくて、店員さんは何も言わずに一番奥のボックス席へと通された。こういうところを見ると、この人は有名人で立派に市民に貢献しているのだと思わされる。
そして今は、私に貢献している真っ最中。
「…さっきの聞いてたんですよね」
頼んだコーヒーを飲みながら聞いてみると、ホークスは頷いた。「さっきの」とは偶然会った初恋の人・鈴木くんとの会話の事である。
「聞こえてました。耳がいいので」
私が泣いている時は聞こえてたなんて言わなかったくせに、気味が悪いほど気の利く人だ。
「…まあ、そんな事があったんです。昔ね。高校のとき」
情けない話だし、一生誰にも言いたくなかった事だけど。あの一部始終を見られてしまった今、ホークスには知られたってどうって事ない。仮にも泣いてる私を人目につかない場所へ連れてきてくれたわけだし。
ホークスは頬杖を付いて私の顔をじっと見たりメニューを見たり机を睨んだりしていたけど、やがて視線を私の方へ戻して言った。
「あの人、謝ってくれてました」
「…そうですね」
「許せないですか?あの人のこと」
「…わかりません」
謝っている相手を許さないなんて心が狭いと自分でも感じる。軽蔑されるだろうとも思う。けど、簡単には無理な話なのだ。
「でも、だって、すごくショックだったから」
ホークスは特に表情を変えずに聞いていた。私が鈴木くんを許せるかどうか分からないと言った時も、驚いた様子は見せなかった。しかし急に何かを思い付いた様子で「あ」と人差し指を立てた。
「まさか俺の態度が昔のクラスメートに似てるとか言うんじゃないですよね」
そして、やや身を乗り出してきた。面と向かってそう聞かれるととても気まずい。本当の事だから。
「…似てます」
「俺、とばっちりですよ」
「し…仕方ないじゃないですか」
昔の事があったから、ホークスみたいに誰彼構わず周りに優しくしたりとか、へらへらしている人が苦手だった。過去形じゃなくて、たぶんまだ苦手のまま。でもホークスに限ってはその括りから外しても良いような、良くないような、うーん。それはまだ分からない。
「佐々木さん」
「はい」
温くなったコーヒーを飲み干したホークスは、カップを置きながら言った。
「コンタクト、作りに行きましょう」
彼は私からの返事を予測していたのだろうか。私が前のように断るだろうと思ってダメもとで聞いてきたのか、絆されて頷くのを分かった上での質問か。
作ってみようか、コンタクト。こんな短期間に眼鏡を二度も壊してしまったし(二度目は私の過失だけれども)、もう私は眼鏡に縁がないんだと思う。ホークスが満足げに伝票を持って立ち上がったのは癪だったけど。
◇
「どうですか?視界」
どうですかって聞かれて、素直に言うのは気が引ける。あれだけ嫌だ嫌だと言っていたもんだから尚更。
「…入れるの難しかったですけど…思ったよりいいです」
「素直じゃないなあ」
「……。」
精一杯控えめな感想を言ったものの、ホークスには笑われてしまった。私だって思わず笑ってしまいそうだ。はめる時こそ大変だったものの、違和感も無くてとても快適なのだから。
「ほら。どうですか?」
そう言いながらホークスが大きめの鏡の前へと私の背中を押した。
装着時は目元しか見ていなかったけど、今は両目ともばっちりピントの合うコンタクト。眼鏡のレンズを通さずに自分の顔をはっきり見るのはいつぶりだろうか。裸眼の時は鏡に顔を近付けなければ見えなかったし。
どんなふうに違って見えるのだろう?そう思って鏡に移に映る自分を見ると、なんという事だ。いつもと大して変わらない自分がそこに居た。
「…ブスが映ってます」
「いや卑屈すぎでしょ」
「眼鏡だろうとコンタクトだろうとブスはブスです」
「そんな事ないんだけどなあ…」
おかしいなあとか何とか言いながら、ホークスは鏡と私とを交互に見た。そんなに見られても何も変わらないんですけど。それに、そういうところが自分の信用度を下げている原因だとそろそろ知るべきだ。
「あなたって、どうせ大して可愛くない女の子相手にもカワイイって言うんでしょ」
思いっきり睨みながら言ってやると、てっきりホークスは「まさか」と憤慨するものと思っていた。が。
「…残念ですが否定できません」
そんな事を言うので、がっくりと肩を落としそうになった。正直というかなんと言うか。絶対過去に同じような事が原因で誰かを傷付けているはずだ。せっかくちょっとだけ見直し始めてたのに台無し。
「昔、あの鈴木くんに好きって言われて…本気にして、けど嘘で、もう嬉しい事言われても信じられなくなっちゃったんです。簡単には」
もうホークスの事をどうこう言うつもりは無いけれど、そういう嘘は相手を選んで言うべきだ。私みたいな被害者を生まないためにも。私みたいなひねくれ者に今後、嫌われてしまわないためにも。
「私みたいなのは、可愛いとか言われ慣れてなくて。だからそういうの、嘘だって思い込もうとしてもどこかで本気にしちゃうんです」
ホークスが私の機嫌をとるためか、元気づけるために褒めているのだろうというのは分かる。だからタチが悪いんだけど。嘘だって分かってても心の底ではちょっとだけ、嬉しさとかがあるのだから。でも喜んでしまったら最後である。
「…で、本気にした私を見て馬鹿だって笑うんです。知ってますから」
そこまで言うと、ホークスはぽかんとしていた。ちゃんと話聞いてたのかこの人。あまりにも無反応なので小突いてやろうかと思った時、やっと口を開いた。
「いくらなんでもそんな事しませんって。佐々木さん、ちゃんと可愛いですよ」
そのように言う顔は笑ってもいないし悲しんでもいない。無表情ってわけでもなくて、ただただ私に事実を伝えているような感じ。だけど、私はもちろんそれを事実として受け取るような性格ではない。
「………ダウト。」
「えー、どんだけ信用無いんですか俺」
「自分が可愛くない事くらい知ってますから」
そして、私は鏡を背にした。
レジに向かって店員さんにコンタクトのケースとか洗浄液を袋へ詰めてもらうのを、腑に落ちない様子でホークスが見てる。まだ何か言いたいことがあるようだ。
「…わかりました。じゃあひとつお願いがあります」
しかも、こんな事を言いながらお店の外まで後ろを付いてくるのだ。まあホークスはもうここに用事が無いのだろうけど。コンタクトのお金、彼が出してくれたんだけど。それは感謝しているけど。
それにしてもホークスから私へのお願いって一体なんだ。エレベーターのボタンを押しながら「なんですか」と聞いてみると、ホークスは腰に手を当てて言った。
「明日、ちゃんとコンタクトで大学行ってみてください? 恥ずかしくってもスカートで。きっとみんなの反応違います」
最後に、すっぴんも駄目です。とつけ加えて。
コンタクトで? と言うのは分かるけど、服装まで指定してくるって何事だ。
でも悔しいのは、ちょうど私、明日は気分を入れ替えてスカートをはいてみようと思っていたって事。
「……実行するかどうか分かりませんけど。考えます」
「実行してくださいよ」
「まだ分かりません」
やろうと思ってたけど、ホークスに言われたからスカートをはいたと思われるのはなんだか悔しい。わざわざ明日の服装を確認しに来るって事は無いだろうけども。悔しくて悔しくて恥ずかしくて照れくさくって、私は言葉をにごしたのだった。
「…ありがとうございました」
別れ際、聞こえなくてもいいやと思ってボソッと呟いたこの言葉。ホークスは一瞬それに応えるかどうか迷っていたかに見えた。実際、私のほうを向いては何も言わなかった。単に「ほんの人助けです」ってどこかに向かって言っていただけで。
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