08
よりによって、一番見られたくない人に見られてしまった。素直に謝罪してきた鈴木くんを突き返した心の狭い私の姿を。直後に眼鏡を放り投げる野蛮なところを。
こんなのホークスに見られたら、また小言を言われるに決まっている。そして私の事をああだこうだと決めつけて、上から目線で訳の分からない事を言われる。逃げよう。この人から。
「置いてく気ですかコレ」
しかし、無言で去ろうとした私の足を彼はいとも簡単に止めた。拾い上げた私の眼鏡をこれ見よがしに顔の横で振っているのだ。……正しくは「かつて眼鏡だったもの」って呼ぶべきかもしれない。
「…適当に捨てといてください」
「捨てるんですか?」
「だから! もう要らないですから」
「せっかく買ってあげたのに」
残念そうに腕を下ろしながらホークスが言った。
あのかつて眼鏡だった物体はホークスがお金を出してくれたもの。別に頼んじゃいないけど。ホークスが勝手に支払い義務を奪っただけ。それなのにどうしてそんなに恩着せがましい顔をするのか。私に喧嘩を売っているとしか思えない。
「何なんですか……あなた、何も知らないでしょ」
「知りませんけど突然道端にモノ投げつけるなんて普通じゃないです」
「な、」
怒らせようとしてるんだなと理解した。そうでなければわざわざそんな言葉選びをするはずが無い。私の事を「普通じゃない」なんて。
「普通じゃなくて悪かったですね!私だって普通の子になりたかったです!」
「いや充分普通でしょ?」
「は…たった今あなた、私のこと普通じゃないって言ったじゃないですか」
「それは今の状態の事です」
ホークスは大袈裟に肩を落とした。そうしたいのはこっちのほうだ。私はまださっきの鈴木くんとの事を整理し切れていない。そんな中私を慰める言葉のひとつもなく、壊れた眼鏡の心配ばかり。
「…派手に割れちゃってますね」
まだそんな事を言うので、いい加減眼鏡の事なんて忘れてもらいたい。やっと彼はレンズの割れた眼鏡を差し出してきたけれど、私はそれを押し返した。
「もう使いません」
「でも、見えないでしょう」
「どうでもいいです。て言うかレンズ無いから意味ないし」
「買いに行きましょ」
「嫌です!」
その時、私は初めてホークスに暴力を振るった。渡そうとされた眼鏡を、彼の腕ごと叩き落としたのだ。
頭に血が登っていたのだと思う。普段ならここまではしなかっただろう。普段の私なら、ホークスが嫌味だけでこんな事を言う人ではないと理解出来ただろう。
でも今は違っていて、ただでさえ惨めな私を寄って集ってドン底に突き落とそうとする相手にしか思えなくて。
「どうして私に構うんですか」
面白がっているんでしょう、と言う気持ちを込めて、まともに目が見えないくせにホークスを睨み付けた。視界がぼやけていて逆に良かったかも知れない。ホークスがどんな表情をしているかなんて見たくもないのだから。
ホークスは私の質問に暫く答えなかった。やっぱり興味本位で構っているだけなのだと悲しくなった。もうその眼鏡を捨てるなり何なりして目の前から消えて欲しい。罵声を浴びせるために息を吸った時、同時にホークスが言った。
「佐々木さんが困ってるから」
その答えを言うためだけに、これほどの間が空いた意味が分からない。顔が見えないからもっと分からない。彼の声だけでは。
ただ一つ言えるのは、私が困っているから構ってるなんて偽善じみた言葉は信じられないということ。
「…困ってません」
「そうは見えません」
「少なくともあなたに助けてもらうほどの事じゃありません」
「それは佐々木さんが決める事じゃないです」
私はこの会話の間、ずっと後退りをしていた。けれどもホークスが同時に近付いてくる、というか私より歩幅の広いせいでどんどん近くなっている。ヒーローなら市民の言うことを聞いて欲しい。構うなと言ったら構うな、助けろと頼んだ時だけ助けろ!
「私なんかよりもっと、大きな事件とか解決しに行ったらどうですかっ」
世の中には私のようにくだらない男女関係やコンプレックスで悩む女より、もっと困っている人が沢山いる。今もどこかで交通事故や自殺、他殺が起きているかも。そんな事を差し置いて、しがない女子大生ひとりを相手にする暇なんか無いはずだ。
「そんな事言われても…」
ホークスは困った様子で頭をかいた。なぜ困っているのか訳が分からない。私はもう一度ホークスを強く睨み付けたが、私の顔は全く怖くないようで、その証拠にホークスは私に手を伸ばしてきた。
「今、佐々木さんが泣いてる事だって大きな事件かも知れないじゃないですか」
どこから出したのか分からないけど、たぶんハンカチか何かを私の頬にあてている。そのハンカチが私の目から出るものの流れを止めて、水分を吸い込んでいるようだ。
「……泣いてません」
「嘘はいけません」
意外にぴしゃりと言ってのけると、だらりと垂れた私の手を掴んだ。思わず手に力を入れて拒否しようとしたけれど適わず、何をされるのか分からない私はとりあえず手をグーにした。が、ホークスはそのまま私の手を顔の位置まであげて私自身にハンカチを持つよう促した。
「困ってる女の子は放っとけないです。ヒーローだし、男ですから」
私にハンカチを持たせながら言う顔が、ハッキリと見えなくて本当に良かったと思う。ついでにホークスの目もぼやけていれば良いのにと感じた。ほんの一瞬、優しい言葉が心に刺さってしまったのだ。
でもすぐに「目の前にいるのは嫌な男」だと思い出し、ハンカチで目をごしごし擦りながらわざと声を低くしてやった。
「…女の子扱いしないでください」
「えー」
「慣れてないんで」
「男の子扱いしましょうか?」
「やです」
「じゃあ女の子だ」
男か女のに二択しか無いのなら私は間違いなく女である、が、男の人に女扱いされるなんて全く免疫が無いのだ。やめて欲しい。なのにこの人はやめない。
「女の子は、道端で泣き顔を晒すの駄目です」
そう言うと、彼の背中に生えた羽根が大きく広がった。私をどこかに連れ去るためではなく、私の涙がおさまるまでの間だけ、周りの目から護ろうとしているのだ。頼んでもいないのに。逆に目立つとは思わないのか。私の事なんて何も考えてない。自分勝手な最低野郎。ハンカチが欲しいなんて言ってない。そもそも私は泣いてない!
でも、もう諦めたほうがいいかも知れない。ホークスに私の意見が通った事なんて、過去に一度もないのだから。
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