04
地味に地味にと生きていると、面倒な仕事は押し付けられるようになる。
華やかな人たちは表舞台に立って活躍したいのだろうけど、私みたいな人間はいつも裏方だ。目立つのは好きじゃ無いから良いんだけど、少しは手伝う素振りくらい見せてくれればいいのにと思う。それを直接言う勇気なんか無いけれど。それに、「じゃあ自分が表に出れば」と言われれば返す言葉も無いからだ。
でも、年に一度訪れる学園祭の実行委員を任されてしまった挙句、買い出しばっかり頼まれるというのはやっぱり苦である。おかげで何度も何度もあの変な人に会ってしまったし、服は汚れたし眼鏡だってちょっと歪んだから直しに行った。思い出しても最悪な事しか浮かばない。もう一生会いたくないな、ホークスとかいうヒーローには。
「…なんて言った?」
耳を疑うような事が聞こえたのは、いよいよ迎えた大学の学園祭当日の事。
著名な人を招いてトークショーを行う事になっていて、その人が間もなく到着する予定なんだけど。私が事前に聞いていたのとは違う人の名前が控室のドアに貼付てあり、それについて別の係に確認したところ、耐えがたい事実を知るはめになった。
「今日ホークスが来るんだよ。言ってなかったっけ?」
「………聞いてな」
「あ、ソレ実は色々あって…」
言いづらそうに手を挙げたのは同級生の実行委員。色々あったって何だ。誰を呼ぶかは皆で話し合って決めたものじゃないのか。立派なメンバーの一人である私を差し置いて「色々あった」のか!
あまりの事に声を荒らげそうになってしまったけど、彼女はたいそう申し訳なさそうに言った。
「佐々木さん、絶対反対すると思ってたから内緒にしてたんだ。ごめんね…」
それを聞いて私は肩を落とした。なんだか怒る気も失せちゃったのだ。
「…反対なんかしないよ」
「なんで?ホークスの名前が挙がった時、超嫌そうな顏してたじゃん」
「してません」
「ほんとーに?」
話し合いの時は確かに「ホークスは嫌かな」と(控えめに)言ったけれども。あとから内緒で変更されるほうがよっぽど嫌だ。
それに私が彼を好きじゃないのは事実だけど、ホークスは今をときめく人気のヒーローだ。集客に繋がる事は間違いない。
ともかく今日も私は彼の姿を見なければならないらしい。でもホークスが来るとなればすぐに周りは人で溢れかえり、私が彼の目に映る事は無いはず。
その証拠に、時計を見た女の子が声高らかに立ちあがった。
「あ!そろそろ着くんじゃないの?」
「わっ!私迎えに行くー!」
「私も行くー!!」
ばたばたと部屋を出ていく女の子たち。これで私はホークスのお世話なんぞしなくて済みそうだ。
が、たった今走って行った女の子が手配した来賓用のお弁当が机の上に残っている。これ、配らないといけないんじゃないの?
「……はあ」
大きな溜息をついて、私はお弁当をひとつだけ持って立ち上がった。
間もなくホークスが到着という事だけど、恐らく待ち構えた生徒の足止めを食うだろう。彼が控え室に来る前に、お弁当だけ置いてさっさと隠れておこう。スーパーヒーローホークス様のトークショーが終わるまで。
「あっ!」
しかし机の真ん中にお弁当を置いた時、控え室のドアが開き大きな声が響いた。あんまり聞きたくない声が。続いてドアを閉める音。
うわ、嘘でしょ、最悪だ。
「あなたココの学生さんだったんですかあ」
なんて言いながらずかずかと部屋の中を歩く姿、紛れもない今日のゲストであるホークスだった。
私たちには何か腐った縁でもあるのだろうか?全くそんな心当たりは無いけれど。彼は鼻歌を唄いながら着ていた上着をハンガーにかけて、なんの遠慮もなく椅子を引いて座ってる。
「は…ほ…え!?何故ここに」
「校門は人が多くて通れなかったので。自分の部屋見つけたんで入っちゃいました」
「はあ……」
ホークスは自分の羽根を指さしながら言うので、学生やファンの上を飛んできたらしい。入り待ちしていた生徒は残念がりそうだ。迎えに行くんだ!と息巻いていた女の子たちも。
「実行委員なんですか?」
「え」
まさか鉢合わせるとは思ってなくて、苦々しい顔で突っ立っていた私にホークスが聞いた。
「…違います」
「いや嘘でしょ。腕章してるでしょ」
「アナタの案内役じゃないですし…」
「でもそれは俺のお弁当ですよねー」
「……。」
バレている。バレて困る事じゃないけど。
でもここに長居する気は無いし、ホークスが控え室に到着したとなれば他の係もやって来るだろう。私の役目はこれにて終了。
「…じゃあこれで」
「あの」
背中を向けてやろうとした時、狙ったようなタイミングでホークスに呼び止められた。
さすがに無視をする事は出来ないので、仕方なく出しかけていた一歩を元に戻した。
「丁度いいから聞きたいんですけど」
「…?」
「俺の何が気に入らないんですか?」
椅子の背に思いっきり寄りかかって、両手を頭の後ろに回して、旦那が嫁に「今日のご飯何?」と聞くような態度でホークスが言った。もちろん私たち、そんな仲じゃない。
「……ハイ?」
「あ、あなたに喧嘩売ってるわけじゃないんですけどね、今後の参考に教えてほしいなあと思って。人気商売じゃないですか」
なるほど最もな意見だ。世の中にこの人みたいな人種を嫌い、あるいは苦手とする人間は一定数存在するだろう。私がその一人。でもそんな私に面と向かって理由を聞き出そうとするか普通。
「…チャラチャラした人が嫌いなだけです」
理解して欲しいのは、ホークスの事を嫌いなんじゃなくて、こういう人が嫌いっていう事だ。
世の中、真面目な人ばっかりが損をする。この人みたいに飄々と、あるいはチャラチャラと生きている人は何故か得をする。世渡り上手?そんな事ない。面倒な事を私みたいな地味な人に押し付けてるから、楽して生きられるんだ。例えホークスが過去にそんな理不尽を犯していないにしろ、私みたいな女から見ればそう見えてしまうのだ。
けれど彼は、全く自分には当てはまらないとでも言いたげに首を傾げていた。
「チャラチャラしてるつもりは無いんですけど」
「充分してます」
「そう見えちゃいますか?何でかな」
何でかな、って言われても。
自分の言動を省みろ!
もう相手をするのはやめよう。そう思って今度こそドアノブを回そうとした時、突然けたたましいブザーが鳴り響いた。
「!」
私とホークスは同時に室内のスピーカーを見上げた。聞いたことの無い警報音。火災報知器かそれとももっと別の何かか、とにかく学校のどこかで何かが起きたのを知らせる音。
それは私にとっては「誤作動だったりして、でも本当だったらどうしよう?まあ何とかなるか」程度の音である。
しかし同じ部屋にいるこの人は違った。「誤作動だったりして」という甘い考えなんて、ヒーローの頭からは自動的に排除されているのだ。
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