02
あれから私は色々と調べてみた。ホークスというヒーローの事を。
やたらめったらメディアに取り上げられているけど、あんなヘラヘラした人って向いてないんじゃないかなあ?あんな大勢の前で「お尻泥だらけ」なんて言ってくれなくても良いじゃん、ていうか泥だらけじゃない場所に着地させてくれればいいのに!
「佐々木さん、ホークスに会ったの!?」
翌日大学に行くと、同級生がわあっと集まってきた。普段こんな面白味も無い女には誰も寄ってこないのに。
突然話しかけられただけでもびっくりするのに、その内容がまた驚きだった。私がホークスに会った事なんて、誰にも言ってないんですけど。
「……え?」
「見てこれ!」
と、一番近くに居た女の子がスマホの画面を私に見せた。そこには昨日起こった交通事故の事と、そこにホークスが居合わせて市民を守った事が書かれている。
しかもネットニュース等ではなくて、昨日偶然居合わせた一般市民のSNSに掲載されていたのだ!ホークスと、その一般市民のツーショット…の隣に写り込む私の姿が。
「……。」
「助けてもらったんだあ〜いいなあ」
知らない場所で自分の写真が載る事だけでも嫌なのに、こうして羨ましがられるのも複雑だ。助けてもらった事にはもちろん感謝している。けど、結果的にこんな変な顔して写ってる写真まで全世界に公開されてしまった。
だから撮られたくないって言ったのに、昨日のホークスファンは自分の顔の写りを優先したらしい。そして、そのホークスファンとこの同級生はSNSで繋がっていた、と。恐ろしい。
「うらやましいなあ」
「そ…そうかなあ…」
「だって今チョー人気だよ。私も会いたかった」
「そんなにいいかな…」
首を捻ったけれども彼女はまだ私から離れようとはせず、手元のスマートフォンを操作し始めた。今度はどんな写真を出してくるのだろうと思ったら、次はネットに掲載されたニュースの文章を読み上げ始めたではないか。
「…最後には女性の衣服についた泥をはらってあげるなどの紳士ぶりだった。だって!触ってもらったの!?」
触ってもらった、って何だ。初対面の男性に触られたくなんかない。それにこのニュース、事実とは異なる内容が書かれている。ホークスは私の服についた泥なんて一切はらっていない。お尻に泥がついているという事実だけを、大声で叫んでくれやがったのだ。
「その記事盛ってるよ。泥は自分ではらったもん」
「そうなんだぁ」
「ていうか、あの人のせいで恥かいちゃったし…」
ぼそっと最後に付け足したけど、もう彼女は私の話なんて聞いていなかった。
いいんだけど。いいんだけどさ。命を助けてもらって喜ぶべきなのに、こんな気持ちにならなきゃならないなんてなあ。
◇
それから数日が経ったある日のこと。その日は午後から授業が無かったので、私はひとりで買い出しに出かける事にした。何の買い出しかというと、間もなく行われる大学の学園祭に向けて。誰もやりたがらない実行委員に何故か推薦され、断る理由も無く引き受けてしまったのである。
そうしたら意外と大変だったんだけど、みんなサークルとかバイトで忙しいと言うので一番暇な私が何度も買い出しに行くはめになっているのだ。私、サークルとか入ってないし。
けれど今日はこのあいだ買えなかったものをまとめて買うため、結構な大荷物になりそうだ。前はお尻が泥だらけになったおかげで買い物を中断してしまったから。
「…誰か誘えばよかったかな」
両手が紙袋で塞がった時、やっと一人で来た事を後悔した。誘ったって来てくれるかどうか分からないけど。
「えーと…あと何かあったっけ…」
紙袋を持ち変えながら、ポケットに入れたスマホを取り出した。このメモアプリに買い出しリストを保存しているのだ。
片手で画面ロックを解除してメモを開くと、文字は書かれているけど日光のせいで少し見にくい。画面を顔から話したり、画面の明るさを調節したりして何とか見ようと私は頑張った。
歩きながらでは無くきちんと立ち止まってはいたけれど、またスマホに夢中になって周りが見えなくなっていた。
「んー…?あっ、」
ドン、と背中に誰かがぶつかった。大荷物の私は体勢を崩したものの何とか車道に飛び出る事なく踏みとどまる。
危ない危ない、と安心したのもつかの間、手から何かが滑り落ちて行く感覚。私のスマートフォン!
「やっば!!」
それはかしゃんと音をたてて地面に落ちた。手を伸ばせば何とか届きそうだけど、思いっきり車道。青信号の今は車も原付も走っていて、突然私が飛び出て行くわけにはいかない。でもスマホを下敷きにされるわけにもいかない。
どうしよう、車が近づいてきてる。手を出すべきか諦めるべきか。
究極の選択を迫られた私はただただ自分の可哀想なスマートフォンを見ていたけど、突然それが宙に浮いた。
「!?」
その数秒後には、スマホのあった場所を車が通過して行った。それと同時になんとなくデジャヴを感じたのだ。車に轢かれそうなところを突然宙に浮いて助けられたという事に。
「………げ…」
そして、やっぱりそうだった。どうか違いますようにと祈りながら見た先には先日私を助けてくれたホークスが居て、彼の手にはちょうど私のスマホが納められたところであった。
「ゲッて何ですか」
「…すみません」
「はい」
思いっきり顔をしかめる私の事はあまり気にしていないのか、ホークスは救出したスマートフォンを返してくれた。
また複雑な気分にならなきゃいけないのか。あんまり好きじゃない人に助けられてお礼を言うなんて。
「…どうも。」
出来るだけ目を合わせないように受け取って、なるべく印象に残らないようさっさと立ち去ろう。
そう思って受け取ったスマホはポケットに突っ込み、すぐさま背を向けて歩きだそうと振り向いたのだが。
「あのー、違ったら申し訳ないんですけど」
なんと呼び止められてしまった。無視して歩き続けるかどうか悩んだけれど先日の彼の大声を思い出し、立ち止まる。また去り際に変な事を叫ばれてはたまらない。
仕方なく「何ですか」と振り向くと、ホークスは失礼も甚だしく私を指さしていた。
「このあいだ、お尻泥だらけにしてた人ですっけ?」
「な!!」
自分でもビックリするほど大きな声が出た。この間の人ですっけ?という聞き方ならまだしも、お尻を泥だらけにしていた女として覚えてんのかこの人!?
「あ、やっぱり合ってますね」
「あのですね!あの時はあなたのせいで超恥ずかしかったんですけど!」
「気付かずに泥まみれのお尻さらすより良いじゃないですかあ」
「な…な…っ」
その、お尻が泥まみれになったのだってあなたのせいなんですけど。受身を取るのが下手くそだった私も悪いかもしれませんけど。
一体どんな文句を言ってやれば私の心はスッキリするのか、それも分からずただ口をパクパクさせていた。
「あと、スマホ触ってる時もうちょっと周囲に気を配った方がいいですよ」
ところがホークスは、私に向かって注意をしてきやがった。周りに気を配る?この前だって私、ちゃんと立ち止まって道を調べていたのに歩きスマホを疑われて心外だったと言うのに。
「……お言葉ですけど、あなたももう少し私の気持ちに気を配った方がいいと思います」
「え、俺なにか気に障ること言いましたっけ」
「言ってます!お尻の事です!」
「そんなセクハラみたいな」
「セクハラみたいなもんです!」
と、怒鳴った時に初めて私は周囲の目を引いている事に気付いた。私の声が大きいからっていうのもあるけど、そこにホークスが居るからだ。
やっぱりもう関わらないでおこう、こんな癪に障る人と話していたら私の精神が持たない。
「…いいですもう。じゃ!」
「あ、」
ホークスを押しのけて、ちょうど歩行者信号が青になった横断歩道を渡るため一歩踏み出した。こんなデリカシーのない人、絶対に支持してやるもんか。
「ちょっとお姉さん!?牛丼のタダ券落としましたよ!!」
こんな、人の恥を大声で叫ぶようなやつ絶対にヒーローに向いてない。
振り返らない、絶対に振り返らないぞ。そう決意したのに今夜牛丼を食べたいなと思っていたのを思い出してしまい、仕方なくタダ券を受け取りにUターンした。叫ばなくってもご自慢の羽根で届けてくれればいいじゃんかケチ。
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