01
派手だからっていい事ないよなあ。と思い始めたのは、中学の時のクラスメートがミニスカートでめちゃくちゃ可愛くて、ぱっと目をひく華やかさを持っていたのに、そのせいで男の人に襲われたっていうのを聞いた時からだ。
真面目に地味に生きていれば悪い事なんて起こらない。お洒落だって楽しみたいけど、なるべく目立たないように生きて行こう!そのように決意してから数年後、痛い目を見たのだが。
だから私は、あんまり派手な人が好きじゃ無い。堅実そうな人が好き。
最近テレビやニュースで騒がれているヒーローの中にも、なんだかよく分からない人が多く居る。まあ、身体を張って働いているのは本当に素晴らしい事だと思うんだけど。人に見られる立場ならもうちょっと言動を改めた方がいいんじゃないのって人も居るのだ。なんだっけなあ、この前出てた人。
…まあそんな事は忘れても良いとして、今、困った事に私は道に迷っている。
「えーと…?どこだろ」
横断歩道の前で立ち止まり、スマホに表示させた地図を上下左右に向けて自分の位置を確認する。眼鏡をかけている私だけど、決して眼鏡の度数が合っていないわけではなく、どうも現在地が分かり辛いのだ。
というか、都心は混み合い過ぎてどこを向いても人・人・人。こんな都会の大学に進学しなきゃよかったなあ、と思いながらも、とにかく歩いてみようと足を踏み出した。
もちろん、歩行者信号が青になっているのを確認してから。
「ヤバイ何か来てる!」
遠くのほうでそう聞こえた時、私はちょうど横断歩道の真ん中に居た。何だろうとそっちを見ると、猛スピードで一台のバンが走って来るところだった。
あ、ヤバイ死ぬかも。なぜか頭は冷静にそう思って、でも身体は前後どちらかに走って逃げようと震えてる。さっきも言ったとおりここは横断歩道のど真ん中で、前と後ろのどちらに動くのが適切なのか瞬時に判断できなかったのだ。
スピードを緩める気配のない車、道の両脇に逃げて行く人達。誰かの悲鳴が聞こえたのでいよいよ大変だ。
「前に走ろう!」やっとそう思った時には遅くって、すぐそこまで車が来ていた。
「や…っ」
私は今まで何一つ悪いことなんかしてないし、むしろ被害に遭った事のほうが多いのに。どうして信号無視の車にひかれてあっけなく死ななきゃならないんだ。地味に生きて地味なおばあちゃんになって普通に人生を終えたかった!
もう間に合うわけが無いのに走ろうと足を踏み出して、地面を蹴ろうとした時。私はまたも異変に気付く事になる。蹴ろうと思った地面が無い。
「? えっ、うわ、」
遊園地の絶叫系とかで感じた事のある浮遊感。下を見ると自分の足の先には何も無くて、というか地面が何メートルか下の方に見えていた。
そこで気付いたのは自分が宙に浮いている事と、スカートが盛大に広がって中身が見えそうになっている事。
「ととととと飛っえっ!?」
咄嗟にスカートの前と後ろを押さえてみたが、その後は浮いていた身体が下に降ろされていったお陰でますますスカートがふわりと揺らいだ。
ちょっと待て待てパンツが見える!眼鏡がどこかに飛んじゃいそう。眼鏡とスカートばかりを気にしていたせいですぐそこに地面が迫っている事に気づかず、私は着地に失敗した。
「いだっ」
べしゃっと嫌な音、そしてお尻への衝撃。この大きなお尻から着地したので足首を捻ることは無かったものの、全く受け身を取っていなかったので相当痛い。それに耐えながら、一体何が起きたのかを理解するためにズレた眼鏡をかけ直し、辺りを見渡した。
そうだ、私は車に轢かれそうになっていたのだ。パンツの心配をしている場合じゃない。人が集まっている先には先程の車が無事に停まっており、わあわあと騒がしくなっていた。
「ホークスだ!」
そして、誰かの口から興奮した様子でこんな言葉が。
その瞬間に辺りは更にざわざわとし始め、私も聞き覚えのあるその名前について考えをめぐらせた。お尻の痛みと戦いながら。
「ホークス……?」
どこかで絶対に聞いた事があるのに、ド忘れして思い出せない。とにかくそのホークスという人が助けてくれたらしい。
分厚い眼鏡のレンズの向こうに見えたのは、誰かがゆっくり近づいてくる姿。しかも、歩いてでは無く、空から舞い降りてくる姿であった。
「大丈夫ですか?」
その人は地面に足が着くのと同時に言った。そしてその瞬間に、姿を見て思い出した。この人が誰であるのかを。
「………ホークス!」
最近テレビでよく紹介されているヒーローのホークスだ。若くてパフォーマンスも派手、いろんな世代からの支持を集め同時にアンチも一定数は居る。そう、アンチっていうのは私みたいに、誠実で堅実で真面目である事こそが美しいと考えているような人達だ。
だから私はホークスが自分を助けたのだと分かった時に、申し訳ないが複雑な気持ちになってしまった。
「歩きスマホだめです。死ぬとこでした」
「な…」
「一番悪いのはあっちですけど…あ、大丈夫みたいですね」
暴走車を停めたのもホークスのお手柄らしい。車が無事に停車し警察官が集まりだしたのを見て、車のほうの処理は警察に任せることにしたようだ。
そんな事より聞き捨てならないのは、さも私にも原因があるんじゃないかっていう言い方。
「あ…歩きスマホなんかしてません!」
「そうでした?それはスミマセン」
「ちゃんと信号だって見てましたし!」
「それは当たり前です」
「なんで私が……」
「怪我してませんか?」
彼は私の言葉を思いっきり遮った。それにもムッとしてしまったし、その他の言い草にも突っ込みたい事は多々あったが、今まさに救われたのは事実で。空から降ろされた時に尻餅をついただけで、身体には異変が無い。
「……してませんケド」
「ならよかった」
「どうも…」
言葉ではそれらしい事を言っているけど、一体何を考えているのか分からない人だ。
一応頭を下げてから服の汚れをはらい、眼鏡が歪んでいないか確認してみる。うん、大丈夫そうだ。これが無きゃ何も見えないんだもんなあ。
それからやっと身なりを整えてこの場を去れるかと思った時、今度はわあわあと騒がしい声が近付いてきた。もしかしてまた車!?と身構えたところ、車ではなくて複数の人だかりが。
「ホークスホークス写真撮って!」
「わ。どうぞー」
この場にいる有名ヒーローの写真を撮ろうと野次馬が詰めかけてきたのである。ホークスは嫌な顔一つせずに対応し、その姿はまるで著名人の鑑のようであるけれど。すぐ隣にまだ私が居ることを忘れないでいただきたい。
ホークスファンに揉みくちゃにされながらイライラがつのり、とうとう「あの!」と大声を出すとその場は少し静まり返った。
「し…写真!私の真横で撮らないでもらえませんかねっ写りたくないんで!」
「えっ」
と、心底驚いたような顔を見せたのはホークスもだし、彼のファンもだ。どうしてそんなに不思議なんだろう、私が写り込むような写真を勝手に撮っているくせに!
「ゴメンナサイ」
けれどさすがに本人は自分の立場とか、一般人である私の立場を弁えているのか、うわべだけは謝罪の言葉を述べた。その気持ちがこもってるのかこもってないのか分からない顔も腹が立つ、全てに腹が立つ。このままここに居ると誰かのカメラに写りそうだし、精神衛生上よろしくない。
「………失礼しますありがとうございました」
「あ」
何か言いたげなホークスを思いっきり無視して、私は今度こそ左右を確認し、横断歩道を渡り始めた。みんながみんなあなたの事を好きじゃないって事を思い知れ。
ところが背後からはまだ私を呼ぶ声が聞こえて、いったい何なんだよ、と思いながらも無視を続けた、ら。
「お姉さん!お尻が泥だらけですよ!」
大通りの真ん中で鳥人間のよく通る声に指摘された事により、その場の全員が私のお尻に注目する羽目になった。女子大生の、嫁入り前の私のお尻を。
そしてお尻の主がどんな顔かと皆は見ただろう、そこにあったのが地味な眼鏡女でたいそう落胆したのだろう、皆しれっと自分の世界に戻っていくのを感じた。
最悪の気分だ。あいつ、金輪際ヒーローだなんて名乗らないでほしい。
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