一等星二段
名門高校の入試は、それはそれは大変だった。
本屋に行けば入試対策の本が出ているくらい人気で、その倍率は普通科だとしても並以上。その中でもヒーロー科を目指そうという幼馴染の発言には空いた口がふさがらなかったけど、彼は本気なのだと知ってからは何も言わなかった。というか、彼に構う余裕が無くなった 。私も雄英高校を受けるための猛勉強を開始したのだから。
「おう!なかなか似合ってんな、雄英の制服」
入学式の日、家まで迎えに来てくれた切島鋭児郎は照れもせずにこんな事を言った。
もう十年も幼馴染として一緒に居る私を相手に「照れ」という感情は生まれないのかもしれない。この距離の近さを「嬉しい」と感じていた私はもう居ない。近ければ近くなるほどに寂しい。けど、鋭児郎の頭にはきっとそんな気持ちは無いのだ。
「そっちもなかなか似合ってるよ」
「だろ?穴とか空いてねえか見てくれよ、俺今朝からずっと興奮しちゃってさ!」
そう言って鋭児郎はその場で一回転をして見せた。嬉しそう。ずっと憧れていたヒーローへの第一歩なのだから当たり前か。
彼の制服には幸い穴など空いておらずピカピカだったので、私たちはそのまま学校へ向かった。保護者たちとは集合時間が違うので、お母さんは後から車で行くらしい。いいなあ車。
私と鋭児郎はと言うと、電車を乗り継いで先に正門に到着した。そこには歓迎ムード満載の音楽と横断幕が。まるでオリンピックの開会式にでも来たみたいだ、行ったことないけど。
「うわーっ!すげえ、なんかすげえ」
「ほんとだね…」
「入試ん時も思ったけど、いちいちイベントが派手だよな」
「うん」
「あっ!ヒーロー科あっちだ。俺行くわ」
鋭児郎はこの何秒かの間にころころと表情を変えていた。よほど楽しみのようだ。ヒーロー科の集合場所を発見した彼は、そちらに大股で進み始めた。もう少し入学式に向けての緊張を一緒に解したかったのだけど。
「友だち作れよ!」
「そっちこそ」
と、別れ際にいつもの感じで言い合ったあと、鋭児郎はさっさと人混みに紛れて見えなくなってしまった。
友だちなんて別に居なくてもいい。と言えば嘘になるけど、鋭児郎と一緒の学校が良かったからわざわざ雄英を受けたのに。もう彼は中学まで一緒だった私のことなんてそっちのけで、新しい人生を謳歌しようとしている。そりゃあ夢は応援したいけど。私が一緒に居ようが居まいが関係ないってことですか。
ヒーロー科に可愛い女の子が居たらどうしよう?というか、芦戸さんも雄英のヒーロー科だって言ってたな。鋭児郎はやたらと芦戸さんを褒めていたし、私の知らないところで二人の距離が縮まったらどうしよう。どんどん知らない人みたいになってしまったら?
一般的には華やかな高校生活の幕開けとなる入学式のはずが、私にとっては不安ばかりの一日になってしまった。
「えーいーじーろーっ」
時は過ぎて五月中旬。からりと晴れた爽やかな朝であった。
毎日朝だけは鋭児郎と一緒に登校している私は切島家のインターホンを押して、彼の名前を呼んだのだが。出てきたのは本人じゃなくて、見知った鋭児郎のお母さんであった。
「…あら。優里ちゃんおはよう」
「あ!おはよう、おばさん」
「鋭児郎ってばもう学校行ってんのよ。友だちと自主練するとかなんとかで」
「えっ」
そんな事、一言も聞いていなかった。毎日一緒に学校に行こうねと約束していたわけじゃないとはいえ、事前に言ってくれても良いんじゃないか?それに「友だちと自主練」って、その友だちは恐らくヒーロー科の子。男の子?女の子?朝から血の気がさあっと引いた。
「せっかく来てくれたのにゴメンね」
「ううん…」
おばさんは悪くない。「お邪魔しました」と頭を下げて、私も重い足取りで学校に向かった。
なんなの、鋭児郎のやつ。毎日一緒に行ってたくせに。勝手に一人で行くなんて。高校で出会ったばかりの新しい友だちを、私よりも優先するなんて。
「おっ。優里!はよー」
学校に到着すると幸か不幸か、鋭児郎はちょうど「自主練」を終えたところらしく下駄箱で鉢合わせてしまった。しかも彼は満面の笑みで、朝からいい汗かいたぜ!とでも言いたげである。こっちはどんよりした気分だと言うのに、あんたのせいで。
「…おはよ」
「元気ねえじゃん!どうかした?」
「どうもしない」
「ふーん。あ、コイツ爆豪な!こんな顔してっけどいい奴だから」
「一言余計だろ」
「こっち俺の幼馴染!佐々木優里」
鋭児郎はその場に居た男の子と私を紹介し合ってくれた。少しだけホッとしたのは、一緒に練習していたのが男子だったということ。だけど、一緒に過ごす登校時間をこの人に奪われたことには変わりない。
「…よろしくお願いします」
「よろしくする機会があんのか知らねーけどよろしく」
「ええ…」
「爆豪お前、さては人見知りだなー!」
「うるせえわ!先行くぞ」
爆豪という男の子は私の前で一度も笑顔を見せることなく、一人でシューズに履き替えて行ってしまった。シューズのかかと、踏んでるし。不良だ。
「…なんか怖い人だね」
「ははっ、でもチョーすげえしイイ奴なんだよ。今朝も無理やり誘ったのになんだかんだ付き合ってくれてさ」
確かにいろんな意味で凄そうな人だけれども。あんな悪魔みたいな形相の人ばかりなのか、ヒーロー科は。だから鋭児郎も中学卒業と同時に髪を真っ赤に染めたのかな、悪魔の集団に馴染むために。私を差し置いて。
「…私、さっき迎えに行ったの。鋭児郎んちに」
「えっ?」
「一緒に来ようかと思って」
先ほど味わった悲しい出来事について話すと、鋭児郎はぽかんとしていた。だけど「私が迎えに行ったのに居なかった」点については申し訳ないと思ったのだろう、ゴメンゴメンと謝り始めた。
「わり!もういちいち迎えに来なくて大丈夫だからな?これからも早めに出る予定だし」
「あのバクゴウくんとお稽古すんの?」
「そのつもり。まだ誘ってねーけど、たぶん来てくれる」
「……」
鋭児郎は基本的に、誰とでも仲良くなれる性格である。だからさっきの怖い人が相手でも大丈夫なんだろうけど。たとえ相手が男の子であろうと、鋭児郎を独り占めされるのはもやもやする。私じゃ鋭児郎の練習相手にはなれないし、彼の志すヒーローになるためには、強い人と切磋琢磨するのが大事なんだと分かっているけど。
「…私もヒーロー科受ければよかった」
「え?なんで」
「そしたら一緒にいる時間が増えるから」
ヒーローになりたいだなんて微塵も考えていない私がこんな事を言うのは、雄英高校ヒーロー科を侮辱することになるかも知れないが。鋭児郎と離れるのが嫌で猛勉強して入学したのに、学科が違うのではほとんど会えない。登校時間まで別々になってしまっては、意味が無い。
私は恐らくとても寂しそうで、かつ妬ましそうな顔をしていたのだろう。鋭児郎が私の様子を覗き込んで、何かに気づいたように目を見開いた。例えば、私が彼に抱く気持ちとか。それはヤバイ。
「…優里、もしかして」
「え?いや。ちが、ちがうから」
「爆豪に惚れた?」
…左右の眉がくっつきそうになるほど眉を寄せてしまった。私があのバクゴウくんのことを?あの人には全く魅力を感じませんでしたけど。惚れてるのはあの人にじゃなくて、あんたなんですけど!
照れくさいし恥ずかしいしムカつくしで、私は両手で鋭児郎の肩を叩きまくった。
「…ばーか!バカバカバーカッ」
「いって!なんだよ」
「硬化してみれば!」
「硬化したらお前の拳砕けるだろ」
「いいもん別に!もう砕けてるもん!心が!」
「なんだそりゃ」
鋭児郎は全く分かっていないけど、既に私の心はズタボロだ。知らないコワイ人と仲良くしてるし、だけど前みたいに相変わらず優しいし、更には叩いた時に触れた肩が前よりゴツくなってるし。鋭児郎はどんどん変わってしまっている。しかも、良い方向に成長しちゃってる。それがまたショックだ。私だけ置いてかれてるような、そんな感じ。
でもこのまま私が鋭児郎を自分のものにしてしまったら、それは彼のためにはならない気がして。だからって全く会えなくなるのは耐えられなくって。
「…朝!たまには一緒に学校来よ」
教室に向かう廊下で、私は前を見ながら言った。真横に居る鋭児郎に、今の顔を見られたくなかったので。
鋭児郎は「おお」と明るい声で返事をしてくれたけど、彼特有の大きなお世話も一緒に付いてきた。
「いーけど。爆豪は誘わなくていいの?」
「違う!要らない!馬鹿!」
「イッテ」
あんな怖い人は居なくてもいい!未だに私がバクゴウくんを気に入ったのだと勘違いしている彼にもう一度パンチしてやると、またまた身体の硬さに驚かされた。
これがバクゴウくんとやらのおかげなら、彼の成長を助けてくれていることに少しだけ感謝してあげないこともないけど。あの人が鋭児郎の一番の仲良しだと言うなら、今後のために頑張って仲良くしてあげないこともないけど!
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