09
カスタマイズ・ドロシィ
佐々木さえ望めば彼女はボーダーに残ることが出来る、それを本人は恐らく知らない。知らされていないのだと思う。本人の意思で残らなければ意味が無いということくらい、俺でも分かるからである。
しかし何とかして佐々木が辞めない方向へ進められないかと考えた時、再び佐々木と話してみるほか方法が浮かばなかった。
『次の検査、いつ?』
佐々木は定期的にかどうかは分からないが、検査を受けに本部へ来る予定になっていると聞く。もしかしてまた俺の連絡なんて無視されるかなと思ったが、日程を聞いてみると案外あっさり返ってきた。
『来週の金曜日です』
『終わったら教えて。俺もその日居るから』
元々学校に行っていない時はほとんど本部に居る身だし、佐々木に予定を合わせることなんて簡単だ。急な任務でもあれば別だけど今のところその話も無い。
少々彼女に対して過保護すぎる自覚はある。でも、もし自分だったら立ち直るには時間がかかるだろうと思った。有難いことにA級のチームに所属させてもらっている自分が、隊員にとっては致命的な器官に欠陥を持ってしまうなんて、恐らく耐えられない。そしてそれを誰かに相談することなんて出来ない。
だから金曜日、俺は佐々木の検査の時間に合わせて作戦室を出た。
元はと言えば半年ちょっと前、佐々木が俺を頼って声を掛けてきたのが始まりだ。最後まで世話焼いてやろうじゃんか。鬱陶しいって思われるかもしれないけど、そう思われたらその時だ。
「あ、」
検査が終わった帰りには必ずこの廊下を通るだろう、という場所で張っていると佐々木はすぐに現れた。俺が待ち伏せている可能性があるのは想定していたらしく、あまり驚かずに頭を下げてきた。
「お疲れ様です」
「お疲れ。あのさ」
唐突だとは思いつつも俺は本題に入った。この先は訓練施設があり、そこまで話が長引くと多数の隊員の目に触れてしまうからだ。
「佐々木、射手じゃなくても別の形で残ろうって思わないか?」
トリオン器官が上手く使えない、弱っているからと言って無理に辞めなくてもいいじゃないか。
と、俺は当然のように考えている。佐々木もそのはずだと思っている。辞めずに居る選択肢があるなら、迷いなくそれを選ぶだろうと。だけど佐々木は俺の提案に目を丸くした。
「……えっ?」
「思ったんだけど、せっかく今まで隊員やって来たんだしノウハウ知ってるやつが辞めんの勿体ないだろ」
これも俺としてはもっともな理由だと思うし、他の誰が聞いても首を縦に振るに違いない。世の中の誰でもボーダーに入ったり関わったり出来るわけではないのだから。一応、正規のルートで入るには適性審査みたいなものもあるし。
それなのに、佐々木からはあまり良い反応が見られない。それどころかだんだんと目線は落ち、廊下を睨んでいるようだった。
「おーい……?」
「……先輩は……」
ようやくボソボソと話し始めた彼女の声はとても低かった。が、しっかりと聞き取ることができた。
「先輩は、勿体ないから私に残ってほしいんですか」
しかし聞き取れたところで、どうしてそんなことを聞くのか全く分からない。
確かに俺は「勿体ない」と言った。事実だし、本心だ。だからわざわざそれを確認される意味が分からなくて、即答できなかった。
「……? そりゃあ……当たり前だろ」
「じゃあ尚更残れないです」
「はっ? え、なんで」
戸惑う俺に対して佐々木の言葉ははきはきしており、検査の帰りだなんて思えない。おまけに先程まで廊下を睨んでいた彼女の目は、今度は俺の両目を睨んだ。
「私、出水先輩にずっと憧れてました。今もですけど」
前にも言われたことはあるし、佐々木以外にも同じようなことを言われた経験がある。自慢じゃないが珍しい台詞じゃない。だけど佐々木の言葉はどうも聞き流すことができない。彼女の声が心なしか震えているからである。
「その人に稽古付けてもらったのに芽が出なくて、あげく早々にトリオン器官が使えなくなって、こんな情けないところを見られるのは正直つらいです」
「……」
「恥ずかしいです。悔しいし」
そして、佐々木は再び顔を伏せた。
俺はいくら練習しても結果の出ない後輩に対して、情けないだのなんだの感じたことは一度も無い。気持ちは分かるけど、だからってどうしてこんなことを俺に打ち明けるのかが分からなかった。
「悔しいって思えるなら……まだチャンスはあるだろ?」
「無いですっ」
ところが、どうにか慰めて落ち着かせようとする俺の言葉を佐々木は強く遮る。その勢いに思わず竦んでしまった。
「……それに、決定的なことがあります」
「決定的なこと……?」
それは、ボーダーに残りたくない決定的な理由だろうか。俺がここまで引き止めようとしているのに辞めようとする理由は何なのか、それは純粋に気になった。だから俺は耳をすませた。佐々木が次の言葉を発するために息を吸ったからだ。
「先輩のことが好きなんです。私」
それが聞こえるまでの俺は全くとんちんかんな回答を準備していた。「なんだ、そんなことかよ。俺がどうにかしてやるよ」と、斜め上のことを考えていたが。今や俺は上手く言葉も出ない。
「え……」
「好きな人にこんなこと知られて、こんな姿見られて、同じ組織の中でやっていくの耐えらんないです……」
佐々木の声はだんだんと小さくなって行った。最後のほうは涙声でよく聞き取れなかったが、何を言っているのか分かってしまった。どうしよう。どうすればいい。今のって本音?いや、嘘なわけないよなこんな状況で。
「……えっと」
「……」
「俺、あのさ、あー……」
だけどまさか、そんなこと言われるなんて思わなかった。そんなふうに思われていたなんて初耳だ。だからといって気の利いたことを何ひとつ言えないなんて駄目だろう。なんて言うのが正解だ?やべえ、全然わかんねえ。
その場で黙り込んだ俺を見て溜息のような息を吐くと、佐々木は足を踏み出した。
「……帰りますね」
「えっ? 待っ」
「お気遣いなく!」
それから、驚くほどはやい速度でその場を去ってしまった。
あいつ、あんなに歩くの速かったっけ。というかあいつ、俺のこと好きだなんて今まで一言も言ってなかったくせに。気付けるわけ無いだろ。気付かなかった俺がおかしいのか、もしかして?
ぐるぐると過去のことが走馬灯のように駆け巡り、答えが見つかるまでには時間を要した。冷静になってから分かったのは、つまり俺が鈍感なおかげで佐々木を二度も傷付けたということである。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -