08
ラスティ・コア
本部に居れば、あるいは本部から離れている時だって急な呼び出しはままあることだ。有難いことに俺はA級隊員だし、色んな情報も入ってくる。
ただひとつ知りたくても知らされていないのが、ひとりのB級隊員の身体に異常が起きている話。太刀川さん曰くそのうち発表されるとのことだったけど、それまで待ってはいられない。
しかし、何度上層部を訪ねても佐々木優里についての情報が知らされることは無かった。俺が佐々木の名前を出して問い合わせた時だって、大人たちは何も知らないふりをするのだ。
「出水。会議室Eまで来いってさ」
自分から佐々木へ連絡を取るのは諦めようと考え始めたある日のこと、太刀川さんが俺を呼んだ。本部にはいくつもの会議室があり、部屋ごとに収容人数は異なっているが今回指定されたEとはどんな部屋だったかな。
と、言うより太刀川さんの言い方だと誰が俺を呼んでいるのか分からない。俺に作戦室から出るように促す彼は、逆に作戦室の奥へ入るため足を進めている。もしかして、呼ばれているのは俺だけ?
「……誰からっすか?」
「さあ。なんか内緒の話だろ」
「ナイショって」
他人事のように、そしてあまり興味が無さそうに言う太刀川さんはそれ以上は答えてくれなかった。この人はスイッチが入らなければ真剣に話しを聞いてくれない。仕方が無いので呼ばれた場所まで行ってみることとした。
本部の廊下を歩き会議室Eへ辿り着いた時、そう言えば何度かここに来たことがあるのを思い出した。あまり広くない部屋だ。という事はこの部屋で俺を待っているのは大人数ではないはず、しかし誰だろう。
「失礼しま……、」
疑問を抱いたままノックしたドアを開きかけた時、すぐに視界に入ったその姿に俺は声を失った。佐々木優里が部屋の真ん中に立ち、真っ直ぐこちらを見ていたのだ。
目が合った佐々木は、かろうじて会釈に見えるくらいの角度で頭を下げた。俺はその姿をぽかんと眺めつつもドアを閉め、状況を整理していく。
「えっ、あれ……? 佐々木、なんで」
「なんでもなにも。呼ばれたんです」
「誰に」
「誰にって……え。出水先輩が呼んだんじゃないんですか?」
佐々木は怪訝そうな様子で俺を見上げた。俺が佐々木をここに呼んだなんて全く記憶に無いのだが。
「先輩が私のことを気にしてるからって、連絡を受けたんですけど」
そこまで聞くとようやく、なんとなく流れは理解出来た。ここ最近しつこく佐々木について聞いていたから、上層部の誰かが佐々木を呼びつけたのでは? しかも何故か「出水公平が呼んでいる」という言葉を付け足して。
ただ佐々木はそのためだけに本部に来たわけではないらしい。彼女の腕には注射でも行ったのか、白く小さな絆創膏が貼られていた。
「……そうか。まあいいや、それは。それならそれで都合がいいし」
「都合?」
「佐々木に言わなきゃいけないことがあるって思ってたから」
それを言いたくて俺から連絡をした時には何の反応も寄越してくれなかったけれど。
佐々木は先日俺が勝手に勘違いして責め立てたことについて怒っているかと思ったが、落ち着いた様子で肩を落とした。
「……だいたい予想がつきますけど、言わなくていいですよ。出水先輩は知らなかったんでしょ、私の事情」
「けど……」
「私のほうこそ、何も知らない先輩に失礼な態度取りました。ごめんなさい」
逆に佐々木が先に、俺に向かって謝ってきた。俺は確かに何も知らなかったけど、だからって佐々木を傷つけたことには変わりない。
「……ごめんな」
「言わなくていいですってば」
佐々木の口調はやや強かったので、俺は謝るのをその一度きりに留めておいた。
しかし話をここで終わらせるつもりはない。ボーダー隊員の中で流れている変な噂、例えば佐々木の症状が感染するのではないかとか、佐々木自身は今どういう状況なのかを解明する必要があった。
「身体はどうだ?」
先輩としてこのくらいの質問ならば許されるだろうと思い聞いてみると、佐々木はすんなりと首を振った。
「どうもないです。治ってもないし、悪化もしてません」
「そっか……」
「ただ、このままだと射手としてボーダーには居られなくなるって言われました」
衝撃的なことをあまりにもあっさりと言ってのけるので、聞き間違えたのかと思ったが。どうやら空耳でも何でもない。
空閑によれば佐々木は「そもそもトリオン器官が弱い」、という事は隊員として続けるには限界がある。分かっていた。けど、本人も既にそれを受け入れているのは予想外である。
「せっかく色々教えてもらったのに、すみません」
「え……ちょっと」
それどころか再び頭を下げられたので、わけが分からなくなった。今日ここに来て佐々木が謝罪を述べなければならないようなことはひとつも無いはずだ。
それに、他人である俺は未だに佐々木が辞めてしまうのを何とか阻止したいと思っているのに、佐々木は眉ひとつ動かさないものだから。
「お前、それでいいのか?」
「だって無理なものは無理ですから」
「なんか方法あるかもしれないだろ」
「無いですよ!私だって散々探しました、本部以外の研究職の人を訪ねたり!それが先輩にとっては遊び歩いてるように見えたかも知れませんけどっ」
突然声を荒らげた佐々木に俺はビクリと固まった。その勢いと鋭い目と、話の内容に驚いてしまって。
いつだったか菊地原の言っていた佐々木に関する噂。訓練の日に誰かと一緒に居るのを見かけたと言うのは、自身の身体について究明するためだったのだ。
「……すみません」
「いや……ごめん」
「ほんと、すみません……」
佐々木は俺に向かって怒鳴ってしまったことを詫びているようだった。そんなの謝られることでは無いのだが。ここで俺が「謝るなよ」と言ったところで意味は無さそうであった。
「……でももう本当に大丈夫なので。気持ちの整理はつきました」
大きく息を吐いた佐々木は、打って変わって冷静に話し始めた。
気持ちの整理って、何のためのものだろう。一瞬だけ分からなかったがすぐに理解した。ボーダーを辞めるための整理のことではないか? だとしたら、辞めるのは待ってほしい。待ったところで俺に何が出来るのかは分からないけど、早まらないでほしい。打つ手はないか、まさか俺が余計なことを言ったから佐々木はボーダーが嫌になってしまったのでは、とあれこれ思考を巡らせていく。
が、焦った俺の顔を見て佐々木は小さく吹き出した。
「……なんですかその顔! べつに今生の別れってわけじゃないんですから。私、まだ本部には来ますよ」
「え?」
「トリオン器官の経過を診てもらわなきゃならないので」
佐々木はけろりと言ってみせたが、その診察が一体どんなものなのかは聞くのをやめておいた。
ともあれ佐々木は今のところ、「もう一生ボーダーと関わらない」ということでは無さそうだ。わざわざ経過を診に本部へ通うということは、その「経過」によっては隊員として復帰するつもりがあるのかも。
◇
「……治る可能性があるなら、在籍させてやれないんですか?」
今回俺が聞きに行ったのは、忍田本部長のところであった。
何故俺が佐々木優里の現状について知っているのか、忍田本部長はわざわざ確認しようとはして来ない。その代わり余計な希望を持たせまいとしているようだった。
「それは出来ないな。もう隊員としての仕事をこなせる状態じゃない」
「あの子は辞めたいとは思ってないはずですよ」
いつの間に俺は佐々木の気持ちを代弁できるような身分になったんだろうな、と自嘲してしまいそうだが。本部長は一切の笑顔を見せずに言った。
「本人からそのような意見は出ていないから、なんとも言えないな」
ただ、その言葉はなんとなく俺をある方向に誘導するかのような言い方で。佐々木本人が「続けたい」と言えば何かしら方法があるのだろうか。ボーダーを辞めなくてもいい方法が?
「……わざとそういう言い方する」
「わざとじゃないぞ。隊員としては難しいが、なるべく本人の意見は尊重するつもりで居る。初めから」
つまり佐々木から「辞めたい」と申し出ない限り、ボーダー自体を辞める必要は無いということ。当然だ。佐々木は反抗的な態度も取らないしルールにも従う模範的な隊員だった。ただ成績だけが振るわなかっただけで。
佐々木は、自分は辞めるべきだと思っているだろうか。ここまで来れば乗りかかった船だ、佐々木の今後が決まるまでとことん追いかけ回してやる。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -