06
彗星みたいな速度のフィナーレ
何度も何度も時間を割いて稽古に付き合った俺に向かって「出水先輩には関係ない」なんて、普通に考えれば礼儀のなってない発言だと思う。だけど佐々木が理由も無くそんなことを言うなんて思えなくて、何かあるんじゃないかと考えを巡らせてみたけれど。俺と佐々木との間にはボーダー隊員以外の共通の知り合いはおらず、私生活の変化が無いかも含め、なんの情報も得られなかった。
先日まで彼女の所属していた部隊の人間に聞いてみても、訓練に来てない事については「知らなかった」と言う。ボーダー内の誰も知らないのだろうか、佐々木が何故突然来なくなったのかについて。
「……そういや知ってる?今、隊長達だけ呼ばれてんの」
米屋陽介は自販機のボタンを押しながら言った。今日の任務をひととおり終えた俺たちは、一服しようと集まったところなのである。
「そうなの?太刀川さんが呼ばれてったのは知ってる」
「どうやらA級の隊長だけっぽいな」
「へー……遠征の話でもしてんのかね」
ここ最近の近界民の出現率といったら、一時の比ではない。対策を打たなきゃいけないって事くらいは誰でも分かっていた。いよいよ次の遠征について話が進んでいるのだろう、と思ったけれど。
「遠征の話じゃないと思います」
菊地原が音もなく現れて、隣の自販機に小銭を入れていた。
「……おお。菊地原お前、あの部屋の中まで聞こえるんだ」
「それは無理です。あそこ防音でしょ」
「あ。そうか」
同じA級の菊地原も、風間さんが呼ばれたのを知っているらしい。有益な情報が得られるかもしれないと跡をつけたらしいけど、さすがに上層部の集まる会議室内までは聞こえなかったようだ。
「でも部屋に入っていく直前、忍田本部長とかが話してるのが聞こえたんです」
「ほう」
「なんか厄介なこと起きてるみたいですね。伝染病みたいな?」
それを聞いた米屋は「伝染病!?」とまるで初耳のような反応を見せた。確かに今どき伝染病だなんてあまり聞いたことがない。記憶の操作までできる世の中、厄介な病気やウイルスはほぼ完璧に対策ができるのだ。
「詳しくは分からないので、隊長が戻ったら聞いてみようかと」
あの風間さんが、隊長たちだけに明かされた情報を簡単に話すとは思えないけれど。太刀川さんなら話してくれるかもしれない。そういう話には俺も米屋も興味津々になってしまうのだ。
力を貸しているからにはこの組織の中に自分たちの知らないことがあるなんて、絶対に嫌なのである。
「太刀川さん」
作戦室に戻ってきた太刀川さんに、俺は早速聞いてみた。もう夜だから唯我も柚宇さんも居ない。特に唯我が居たのでは話してくれないだろうから好都合だ。
「どうした出水」
「いや、さっき呼ばれてたのって何なのかなー?っと」
太刀川さんは俺になら恐らく教えてくれるだろう、という自信があった。驕りじゃなくて、純粋にそう思えただけ。そして俺の予感は大当たりした。
「詳細は分かり次第上層部から発表されるらしいがな。ま、もう噂になってるしいいだろ」
と言って、太刀川さんは先ほど語られた事について教えてくれたのだ。ただし、一応他人に漏らさないことを前提に。
それは勿論守るつもりだったし、菊地原の言ったような伝染病がどうだとか、そんな古典的な話ではないだろうと思えたし。どうせ結局は遠征に関する話なのだろう、とたかを括っていたけれども。
「トリオン器官の?……劣化?」
聞かされたのは遠征とは全く関係のないことだった。人間の体内にあるトリオン器官の劣化現象。身体が成長していくにつれて多少劣化することもある、というのは知っている。だけどそんなのは誰にでも起こりうることで、わざわざ人を集めて秘密裏に話すような内容ではないかに思えた。
「劣化すること自体は珍しくない……っすよね?」
「だな」
太刀川さんは簡単に俺に話すわりには、重大なことであるかのように語った。
個人差はあれど一般的にトリオン器官の成長は二十歳そこそこで止まる。また、年齢が増すごとに劣化することもある。ボーダー入隊前に全員が学んでいることだ。一般人だって知っている者もいる。
隊員に若者が多い理由として、反射神経やトリオン量・成長の見込み具合いなどが挙げられる。だから年齢を重ねて自分の限界を感じ、第一線を退く人も居る。ボーダーが志願者を募り始めてからの何年間かで、才能ある若者が多く入隊しているからだ。
「でも、劣化なんておっさんおばさんになってからの話ですよね」
「普通はな。劣化が始まるのは」
「普通は?」
「ひとり急激な劣化が始まったのが、十六歳のB級隊員らしい」
太刀川さんは会議の疲れを発散させるかのように、大きく伸びをしながら言った。そのせいで俺は、それが聞き間違いなのかどうか判断するのに時間を要した。対象者はB級隊員、しかも俺よりも若い。ひとつ歳下。それだけで何だか嫌な予感がした。
「十六歳……」
「目に見えて劣化が激しいらしくて、今は合同訓練の参加も止められているそうだ。他の隊員に伝染する可能性も加味して色々対策練ってるとか」
「対策って?」
「たぶん、本人に除隊をすすめてるんだろ。徹底してるよなあ」
感心するように話す太刀川さんの声が、途中から耳に入らなくなる。その隊員は合同訓練への参加を止められており、それどころかボーダーを辞めるように言われている…か、言葉で命令はされずとも圧を受けている。いやいや、でもな。十六歳の隊員なんて腐るほど居るし、まさかなあと思うけど。
「……それ、誰のことか分かりますか」
この人がこういう類の会議内容を、終始神経を張り巡らせて聞いているとは思えないけれど。もしかしたら別の隊員かもしれないし、可能性なんか低いけれど。俺がこの質問をしたのは念のためだ。自分を安心させるため。
「そう言えば出水には関わりのある隊員だよな。彼女は射手だって話だから」
だけど、安心どころか大変なことを知ってしまった。
射手の訓練を休んでいるのは何人か居るけれども、それは防衛任務が重なっていたり、偶然都合が合わずに休んでいるだけ。長期間休んでいて、B級で、十六歳で、女性だと限定されれば一人しか思い浮かばなかった。佐々木は自分の意思で訓練に来なかったのではなく、訓練への参加を禁止されていたのだ。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -