05
オーロラの翅が透けるとき
佐々木に限ってそんなことがあるか?ないと思う。佐々木が訓練をサボって遊びに行くような人間か?そうは思えない。佐々木はもうボーダーを辞めてしまいたいのか?分からない。
よく考えれば俺は佐々木優里について何も知らなかった。A級隊員としてB級の佐々木に射手の稽古をつけたりとか、個人戦を見に行ってやったりとか、そのフィードバックをしてやったりとか。
それを半年間ほど続けたのみで、佐々木が一人の人間として普段何をしており何が好きで何にこだわっているのか、全く知らないのである。もちろん知らなくても良いことだし、知っていたって何の利益も無いのだが。
それなのに一度気になるとどうしても佐々木が何故何週間にもわたって合同訓練に来ないのか、その真相を突き止めたくて仕方がない。菊地原からの報告があんな内容だったもんだから余計に。
しかし連絡もつかない、ボーダー本部にも来ないのではその手段が無い。まさか佐々木や菊地原の高校まで押しかけるわけにも行かないし。
と、半ば諦めかけていたある日の事。思いもよらないタイミングでその時は訪れた。
三雲くんの練習に付き合うため本部のエレベーターに乗ろうとした時、開いたドアから佐々木優里が出て来たのだ。
「……佐々木?」
時々佐々木の姿を探したことはあるけれど、今は完全に油断していた。
突然現れた後輩の姿に動揺し、俺は思わずエレベーターに乗り損なってしまったが。そんなことはどうでもいい。佐々木も佐々木で、俺と出くわしたことでその場に足を止めた。
「出水先輩……」
佐々木は見たところ健康体であった。痩せ細ったりとか太ったりとか、顔色が悪いといった様子は無い。と、思う。ただやはり驚いているというか、少々気まずそうではあった。
「久しぶりだな」
「……はい」
「最近どした?」
声には出さずとも、佐々木の空気が固まるのを感じた。何を答えるのか迷っている。または俺が諦めるのを待っているのかも。
とにかく佐々木は目を伏せたまま何も言わない。目の前に俺が居るのに顔を見ようともしないのは、正直カチンときた。
「俺にも言えないことかよ」
俺の苛立ちは声にも出ていたと思う。だって俺は訓練に来ない佐々木を心配していたのに全く音沙汰が無いなんて、あんまりではないか?菊地原を使って安否の確認までしたというのに。しかし、俺が強めに質問しても佐々木の顔は上がらない。
「……言えません」
佐々木はただ俯いているのか意図的に俺から顔を逸らしているのか、何を考えているのか全く分からなかった。
「合同訓練も来てないみたいだし、みんな心配してるぞ」
「みんなって誰ですか」
「みんなはみんなだよ」
もしかしたら何か悩んでいるのかも。頭ごなしに色々言うのは良くないかも。そう思うようにしていたけれど、佐々木は完全に心を閉ざしている様子だ。いつもならゆっくり話を聞いてやろうとも思うけど、今はそんな余裕が無かった。佐々木の物言いに苛々してしまったのだ。
「お前言ってたよな、俺に憧れてるとかなんとか。だからわざわざ俺に頼みに来たんだよな、あの日」
それなのに今の状況はなんだ、「サボってる」という菊地原の言葉に言い返すことも出来なかった。今のままじゃあ俺だって、佐々木が単に訓練をサボっているのではと思えてしまうから。
「続けなきゃ何にもならないぞ」
月並みの言葉であると分かりつつも本心を伝えた。佐々木はまだ俺の目を見ようとはしない。俺が乗る予定だったエレベーターはとうの昔に扉が閉まり、別の階へ行ってしまった。そんなのはどうでもいい。佐々木が何を考えているのか、今ここで本人から聞かなければ気が済まない。
「……いいんです」
だけど、俺が望んでいるのとは違うトーンで佐々木が言った。
「もういいんです私。無理だって分かったので」
「え?」
「出水先輩の時間を無駄にさせてしまったことは、本当に悪いと思ってます」
「無駄?」
「それも半年間も……」
彼女の言う半年間というのは、佐々木が俺に稽古をつけてくれと頼み込んできてからの半年間。俺は佐々木の練習に付き合い、そのおかげ(だと自分では思っている)で佐々木の部隊は成績を上げた。解散の決まっている部隊だったけれど。佐々木個人のランク戦での成績だって良くなってきていたのに。ただ最近は調子が悪そうだった、それだけだ。
「もう続けるの、限界です」
なのに佐々木は強く心に決めているようだった。
俺はそんな彼女の主張をうんうんと頷いて聞くべきなのだろうか。どんな時でも優しく尊敬される先輩でありたいなら、そうするべきだろう。しかし俺には理解できない。ずっと訓練にも来なくて、いきなり本部に現れたと思ったら挨拶もそこそこに辞める話とは、あまりにも納得がいかない。佐々木の「限界」なんてまだまだ先にあるものじゃないのか。
「……限界って何だそれ。限界来るまで死ぬほど練習したことあんのかよ?朝から晩まで訓練続けてぶっ倒れたことあるか?悪いけど佐々木のそれは皆が抱えてる不安とか不満と一緒だからな」
驚くことに上記の台詞をほとんど一息で言い切った。俺はそれほど頭にきていたらしい。自分は他の誰にも負けないぐらいのことをして来たと、胸を張って言えるからだ。しかし佐々木は違う。
「言うつもり無かったけど…お前、こないだ訓練サボって遊び歩いてたんだって?」
本当にこれは言うつもりは無かった。だけどつい口から出てしまったのだ。俺の心配は無駄なのか?俺が今まで佐々木にして来たことは?そう思うと黙って佐々木を辞めさせる気にはなれなくて。一言言ってやらなきゃ気が済まないと思ってしまった。だから言った。続けてもう一言を発するために息を吸う。
「何ですかそれ」
……が、先に佐々木が声を出した。過去に聞いたことのないほど低い声。おかげで今のが佐々木の声だと理解するのに時間を要した。その間俺の口は止まったままであったが、佐々木はお構い無しで続けた。
「……何なんですか?私の何が分かるんですか」
佐々木は怒っているのか悲しんでいるのか、はたまた憤っているのかは分からなかった。とにかく俺が見たことない表情の佐々木優里がそこに居る。だけど、だからってオレの気持ちが収まるわけではなく。
「分かんねえよ、分かろうとしてんのにお前が返事寄越さないんだろ」
そうだ、歩み寄ろうとしている俺に見向きもしないのは佐々木のほうだ。何か言い返してみろよ。言い訳でもすればいい、訓練の日にどこで何をしていたのか俺の目を見て説明してみろ。
俺は恐らく、今にも噛みつきそうなほど佐々木を睨んでいたに違いない。なのに佐々木は怯まなかった。怯むどころか俺を睨み返してきたのだ。
「……出水先輩には関係ないです」
動きを止められるほど鋭い目だった。女子に睨まれて一歩も動けないなんて情けない、と米屋なら笑うのだろうか。しかし、俺の横をすり抜けて歩く佐々木を呼び止めることも力ずくで引き止めることも適わなかった。
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