04
ホワイトノイズ・エフェクト
佐々木優里が訓練に顔を見せなくなってから一ヶ月が経とうとしている。あれほど頑張ろうとする素振りを見せていたのに全くわけが分からず、俺はひたすら菊地原士郎の報告を待った。佐々木と同じ学校に通っていて、学年も同じ人間はボーダー内にあまり多くはないのだ。
『生きてんの?』
このメッセージを送ったのは今から二週間も前のこと。既読にはなっているので、もし佐々木本人の手に携帯電話が無いとしても、彼女の安否を知る人間はこの世に存在しているということになる。佐々木の身に何かがあったなんて考えたくないが。
万が一ボーダー隊員に何か起きた場合、秘密保持のためにそれなりの人員が駆り出されて捜索されるだろうし、今のところその噂は聞いていないので大丈夫だと思いたい。
「…はあ〜ぁ」
しかし突然俺からの連絡を無視され始めて、訓練にも来なくなってしまっては打つ手が無い。あんまり後ろ向きなことは好きじゃないけれどついつい溜息が出てしまった。それも特大の。
「出水先輩」
思い切り椅子に背中を預けていた時、背後から声がした。
佐々木もよく俺を見つけては名前を呼んでくれたものだったが、今聞こえたのは男の声である。そのせいか俺の反応は弱々しくなってしまい、皆の見本になるべきA級隊員としては良くない返事をしてしまった。
「…何?」
「何って……随分ですね。僕に頼みごとをしてるご身分にしては」
「げ。悪い悪い」
そこに居たのは菊地原であった。俺はこいつに佐々木が学校に来ているのか、来ているのならどんな様子なのか見てくるように依頼しているのだ。
「…で、何か分かった?」
「とりあえず学校には来てました」
菊地原はあっさりと即答した。ひとまず彼女の身に何かが起きたり、勝手に遠方へ引っ越したりといったわけではないらしい。
有難いけど複雑だ。だって、学校に行く元気はあるのにボーダーの訓練には来ないだなんておかしいじゃないか?今度はそのへんの事も本人に問い詰めてみて欲しい。と、新たな頼み事をしようとすると先に菊地原が口を開いた。
「けど、僕の話には耳を傾けてくれませんでした」
「え。お前、話し掛けてくれたの?」
「そうしなきゃ色々聞けないじゃないですか」
菊地原はぶすっとしていたが、この従順で気の利く後輩を思い切り撫で回してやりたい気持ちでいっぱいだ。そんな事をしたら気味悪がられるので我慢するけれども。
ともかく彼の報告によると佐々木は何の変哲もない様子で学校に来て授業を受けており、怪我をしていたりとか体調不良の気配も無いという事だ。菊地原がボーダーについての話を振った時に限り、あからさまに目を逸らして避けられてしまったのだと言う。
「…もう放っといていいんじゃないですか?来たくないんでしょう、つまり」
「来たくないわけ無いだろ」
「連絡すら取れてないくせにそんなこと分かんないでしょ」
「そりゃそうだけど!」
佐々木の事なんて、初めて声を掛けられてから訓練に付き合ってやったほんの半年間ほどしか知らないけれど。その間だけでも彼女の真面目で素直なところは充分に伝わっていたし、部隊が解散しても次の所属先を見つける努力だってしていたし。それがいきなりボーダーとの関わりを絶とうとするなんて、理由はひとつしか考えられない。
「それじゃまるで佐々木が、辞めようとしてるみたいだろ」
そんな可能性は無いに等しい。と、少なくとも俺は思っていた。菊地原はそうでは無かったようだが。
「…まあ、辞めたいのかもしれません」
「何でだよ」
「佐々木さんが先週の訓練の日、どこで何をしていたのかは分かりました」
「はっ!?」
「でも知らないほうがいいと思いますよ」
菊地原の表情はあまり変化を見せなかった。それが余計に疑問である。佐々木優里についての情報を知っているのに何故勿体ぶるのか。そして、何故そこまで話しておきながら続きを渋るのか。
「教えろよ」
俺は思わず苛々してしまった。菊地原が大人しく教えてくれないことにも腹が立つし、のこのこと学校へは行くくせに俺の連絡を無視する佐々木にも怒りを覚えていたのだ。「何事も無く無事ならいいんだけど」と綺麗事で済ませられるような器は持ち合わせていない。体調が悪いわけでもないのに恩師の俺を無視か、そうですか。
だから余計にむかむかしてしまったのかも知れない、菊地原がしれっと報告してきた以下の内容について。
「…ドコかに遊びに行ってたとか何とか」
毎度毎度かは分からないが少なくとも先週の訓練に来なかった時、佐々木は「遊んで」いたという。真剣に訓練に取り組んでいた佐々木がそんなことをするだろうか?
「ドコかってドコ?」
「知りませんのよそんなの」
「それが大事だろ!」
「そうですか?誰と一緒だったかのほうが重要じゃないですか?」
俺が質問しているはずなのに、今度は菊地原のほうが質問をして来た。もっともだと思えてしまう質問を。
「……誰と?」
思わずごくりと息を呑んだ。何か重要な事が起きる前のような、変な緊張感。菊地原はゆっくりと口を開いた、が、やっぱりすぐには教えてくれなかった。
「気になります?」
「なり、なれっ、ならねえけどお前が勿体ぶるから気になっちまうだろ」
何度聞き返してくれば気が済むんだ、舌が回らなくなってしまったじゃないか。
相手が誰なのかなんて、気になるに決まっている。菊地原に向かって「頼むから教えてくれ」と言うのが癪なだけで。
しかし良いのか悪いのか、菊地原は気の抜けた様子で言った。
「誰なのかはスミマセン。知りません」
「知らねえのかよ!何も把握してねえじゃねーか」
「でも男の人だって聞きました」
「お、」
その男って誰だよ。そもそも菊地原に、佐々木が男と会っていたという情報を与えたのは誰だ。それが本当なら佐々木はどうして訓練よりもそちらを選んだんだ。どうして俺が何度か心配の連絡をしているのに、一度も反応を示さないのだ。何ひとつ理由が分からない。やばい、頭が痛くなってきた。
「慕ってくれていたはずの後輩が訓練サボって男遊びなんて、知りたくなかったでしょう?」
考えても考えても答えが見つからず宙を睨んでいる俺に、菊地原は気の毒そうに言ったのだった。
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