03
アイスキューブ・モラトリアム
ボーダーでは隊員同士の模擬戦やランク戦も勿論だが、それとは別に訓練が行われる。狙撃手は狙撃手の、攻撃手には攻撃手の。ポジションごとに行われるのが通例だ。
どんなに個人ランクが上であっても基本的には皆が参加しているし、俺も別の任務が無い限りは必ず参加をしている。隊員の中に「訓練をサボる」という概念はあまり無いので、本当に特別な理由が無い限り全員参加しているのだ。そしてそれは佐々木優里も同じであった。つい先週までは。
「…あれ。佐々木来てねーじゃん」
射手の訓練に来てみると、そこに佐々木の姿は無かった。いつも「出水先輩、お疲れ様です」と声を掛けてくるのに、今日はそれも聞こえない。他の隊員と挨拶を交わしながらも周辺を見渡してみたが、やっぱり居なかった。
「どうかされました?」
キョロキョロしている俺が何を探しているのか気になったらしく、若きA級隊員の木虎藍が言った。こいつが佐々木と交流があるのかは知らないが、もしかしたら何か知っているかも。
「B級のさ、佐々木って知ってる?用事があったんだけど見当たらなくて」
「佐々木さんは、体調がよろしくないって聞きましたけど」
「…はあ。体調」
体調なんてトリオン体になればあまり関係無いだろう、という台詞が喉まで出かけたけれど何とか堪えた。そういえば女子には女子特有のものが色々とあるんだった。その「色々」がトリオン体にまで影響を及ぼすのかは分からないし、まさか木虎相手に聞くわけにも行かない。
ひとまずその場では何も言わずに終わったけれど、やっぱり何かが引っかかった。佐々木は俺の知る限り、俺に教えを乞うて以降は訓練を休んだことが無いのだ。
だけどたった一度の訓練に来なかっただけだし、家族に何かあったとか、拠ん所無い事情があるのかも。だとしたら俺が踏み込める領域ではないし、佐々木だけを特別に扱うのは良くないだろうと思えた。他にも隊員は沢山居るし、最近じゃ眼鏡の三雲くんの面倒も見なきゃならないし。
…というわけで今回は何も詮索しない事にした。次回会った時に身体の様子を聞いてみよう。
「え…また?」
ところが翌週、また翌週になっても佐々木は現れなかった。さすがに俺にまで連絡を寄越さずに訓練を休むなんて何かおかしい。合同訓練の後には「先輩、今から時間ありますか」と個別での練習を求めて来る事が多かったのに。
一体どうしたんだろうと思いながら歩いていると、ちょうど現在進行形で鍛えている途中の弟子と出くわした。
「なあ眼鏡くん、佐々木って知ってる?佐々木優里」
「佐々木さん…?名前だけなら…」
「そっか。その程度か」
「どうしました?」
眼鏡くん、じゃなくて三雲くんはとても気の利く優しい奴だ。今のやり取りをそこで終わらせようとせず、自分に何か出来ることは無いかと探ってくるのだ。今回は彼に少し頼ってみることにした。他に聞けそうな人間も居ないので。
「そいつわりと真面目なやつなんだけど、三週連続で訓練に来てなくて。連絡も無く」
「なるほど…。体調不良ですか?学校には行けてるんでしょうか」
学校。その単語を聞いてハッとした。俺と佐々木とは本部の中でしか関わりが無いけれど、佐々木の生きる世界は他にもあるのだ。
「…そうか。学校か」
「同じ学校では…」
「ない。けどアテがあるかも」
佐々木の学年は一つ下だ。そして学校も違う。彼女は確か進学校に通っている。特別目立つような女の子では無いけど勉強は得意なんだな、と感心した記憶があるから。
佐々木と同い年で同じ学校に通うボーダー隊員は何人か居て、俺はその中で一番聞きやすそうなやつを呼び止めた。菊地原士郎である。
「佐々木さんって?佐々木優里?」
菊地原はあまり興味が無さそうな反応だった。何に対しても積極的ではない人間なのでもう慣れてしまったが。
「そう。お前、同級生だよな」
「そうですけど別に仲良くはないですよ」
「仲良くしとけよ」
「だって共通の話題とか無いですし」
「まあいいや。で、その佐々木が最近体調良くないって聞いたんだけど知らね?」
同じ組織に所属する人間が学校でも普段通り過ごしているのかどうか、さすがの菊地原も少しは気にしているだろう。しかしそれは買いかぶりだった。菊地原は間髪入れずに首を横に振ったのだ。
「知りません」
「えぇ!?」
「クラスが違うんですから。そもそも学校に居る時間だって長くはないんですよ、ぼくら」
その言い分は悔しいけれどもっともである。佐々木はともかくとして、風間隊の菊地原は学校で大人しく授業を受ける時間は少ないだろう。昼休みにクラスメートと交流する機会も。それは俺も同じである。学校でつるんでいるのは結局、同じくボーダーに所属するメンバーなのだ。
「そうかあ……うーん」
「て言うか、出水先輩が直接連絡でも取ってみればいいじゃないですか」
「…そうか?でもなあ」
俺からメールやら電話やらをしても良いものかどうか。訓練に来てないからって、ボーダーを辞めたわけでもあるまいし。
それにあまり佐々木ばかりに構ってしまうのは他の隊員の手前、褒められる事じゃない気がする。もう少し様子を見るか、それとも夜にこっそりメールでもしてみるか。そういや俺、稽古の日程調整以外で佐々木と連絡取った事なんてあったっけ?文面はあまり真面目すぎない方が良いのかな。余計に緊張して来づらくなられたら困るし。でも砕けすぎた内容だと俺にも面子ってもんがあるし。
「…どうしてもって言うなら様子見ますけど」
菊地原は全く納得していなさそうな顔で言った。「一回だけですからね」と念を押して。菊地原を個人的な用事で使わせてもらうこと、風間さんには許可を取らなくてもいいんだよな?
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