02
はじまり・イン・ザ・ダーク
B級下位の部隊がひとつ解散しようと、ボーダーの中では大した話題にはならない。「へえ、奥村さんもとうとう引退か」なんて、隊長である奥村さんだけの事件であるかのように取り上げられた。
残された隊員三名は所属が無くなりフリーとなった。佐々木優里もその一人。俺は半年前からずっと、この日に彼らのチームが終わりを迎えることを知っていた。だけど言いふらすのは違うだろうし、贔屓するのも良くないことだし。と悩んだ挙句、佐々木には「お疲れさん」と声を掛けるだけにしておいた。チームとして挑んだ最後のランク戦で惨敗した彼女に、どんな言葉を掛けるのが正解なのか分からなかったのだ。
だからと言って無視する気にもなれなくて。解散してからというもの一人で個人戦を繰り返している佐々木の元に、今日は自然と足が動いたのだった。
「佐々木」
俺の声に振り向いた彼女の顔を見て、少し戸惑ってしまった。声をかけたはいいが、その後何を話すのか全く考えていなかったのである。
「…あ!出水先輩。どうしました?」
「んー、いや、たまたま通りがかったとこ。たった今」
だから、無駄に白々しい返答をする羽目になった。この会話を誰にも聞かれていなきゃいいけれど。しかし、思いのほか元気な声で話す佐々木には驚きつつも救われた。
「で、結局誰からも声がかからないわけ?解散後も」
「それが、一応は居たんですけど」
「けど?」
「ついさっき、断られたところで…」
そこで佐々木は俯いてしまった。
数多く居る隊員の中でも、自分を受け入れてくれるチームを探すのは至難の業だ。特別な魅力が無い限り。佐々木には残念ながらそれが備わっていなくて、だから半年前俺に頼み込んで来たのだろうけど。あれから佐々木の調子はぐんぐん上がったように見えたが、まだ足りないのだろうか。誰か一人くらいこいつを誘ってくれても良さそうなもんだけど。どうして一度は誘われたくせに、佐々木は断られてしまったのだろう。
「でも!せっかく教わった武器がまだありますから。今度はそっちをアピールするつもりです」
「お、おお。やる気満々」
「そりゃそうですよ。出水先輩の顔を潰すわけには行きません」
佐々木は疲れ切った様子ではあったけど、顔は笑っていた。
だからこの時は「なんだ、意外と凹んでないじゃん」と思っていた。半年も前から解散が決まっていたから心の準備が出来ていたのかな、と。
だから今の佐々木が何をどう悩んでいるのかを、根掘り葉掘り聞くことはしなかった。それが正しかったのか間違っていたのかは分からない。
「…今更なんだけど。おまえ、どうして俺だったんだ?」
代わりに俺は気になっていたことを質問した。面識のない俺をいきなり訪ねてきた理由が何だったのか、まだ聞けていないのだ。他にも参考になりそうな隊員はたくさん居るというのに。それこそ俺よりも親しみやすく、敷居も無い同じB級の中にも。
しかし、答えを聞く前に佐々木から通知音が鳴った。
「……あ。時間です。次の個人戦」
「え。ああ、そっか」
「こういうの勝っていかないと、誰にも自分の事を知ってもらえないのって辛いですね…」
また佐々木は笑っていた。だからこそ言葉の真意は分からなかった。ただなんとなく違和感を感じたので、彼女のプライドを傷付けないよう配慮しながら聞いてみた。「最近、勝ててんのか?」と、あくまで軽い質問を装いながら。
「一時期よりは良かったんですけど…」
佐々木はここ最近の成績を思い返すように宙を眺めた。そして目を閉じると同時に肩が落ちる。あ、聞かなきゃ良かったかもな。そう思った時には既に遅く、佐々木は取り繕った笑顔を張りつけて言った。
「最近はちょっとスランプかもしれません」
誰にでも起こりうるスランプが今、佐々木を襲っているらしい。
スランプか、ずっと続けていればそういうこともあるよな。この時も俺は深く考えずに納得して終わった。佐々木のことが全く心配じゃないってわけじゃ無かったけれど、スランプだと言うなら、自分で解決すべきだと思ったからだ。
◇
「…ふうん。奥村さんは職員になるんだ」
B級とはいえ古株だった隊員が前線を退く事は、すでに広まっていた。前述の通り大したニュースにはなっていないが。そういった情報を人一倍耳ざとく仕入れる男が知り合いに居る。米屋陽介である。
「らしいよー。歳だもんな」
「歳っつっても、まだ三十には行ってないんじゃね?」
米屋は呑気にそう言ったが、この様子だと引退した隊員の影に残されたメンバーが居ることまでは考えていなさそうだ。俺だってそれが佐々木でなければ気にすることはなかったんだろうけど。どうしても顔見知りの、しかも個人的に指導してやっていた人間のことは気になるのである。
「通常は二十歳くらいでトリオン器官の成長は止まるって言われてんだろ。それを考えたら頑張ったほうだよ、だいぶな」
ぺらぺらと喋る米屋の言葉は概ね正解で、同意だった。俺だって自分が三十歳になるまで同じことを続けられる気はしない。個人差があるとはいえ成長を見込めるのは残り三年間か、あっという間に過ぎてしまいそうだ。まあ俺は平均の範囲に収まるつもりなんか毛頭ないけど、なんて考えながら歩いていると。
「あ。教え子が個人戦やってるよ」
「教え子…?」
米屋の声で立ち止まりモニターを見ると、確かにそこでは試合が行われていた。教え子って言うほどでもないが、佐々木優里の試合だ。
そう言えば最近、きちんと彼女の戦うさまを見ていなかった。スランプだとか言ってたけど、どんな感じなのだろう?
モニターを見上げた状態では少々首が痛かったけど俺は試合を最後まで見た。何故ならその試合は、あっという間に終わってしまったからである。あまりにも無惨に。あっけない様子に笑いすら出てしまうくらいだ。その証拠に米屋は苦笑いであった。
「……ぼろ負けだ」
「見りゃ分かる」
「あの負け方は出水先生の教え?」
「先生って呼ぶのやめろ。今スランプなんだってよ」
そうだ、彼女はスランプなのだ。その前情報があったから今の敗戦はかろうじて受け入れられる。と、いうわけでもない。
「…でも、なんか…おかしいな」
佐々木は最初こそ見ていられないほど弱っちくて才能の欠片も感じられなかったが、今の相手ならば負けることは無いはずである。試合に「絶対」なんて無いけれど、全く抵抗できずに弾き飛ばされるなんてあるたろうか?動きだって前より鈍くなっているし体調でも悪いのか、何か別のことを考えながらの試合だったのか。とにかく何かが変だと感じて首を傾げた。「何が?」と聞かれると答えに困るが、スランプという言葉で説明できるものではない気がして。
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