01
ハレーション・のち・琥珀響く
佐々木優里は当初、平均的な女であった。それは身長とか顔とかそういう表面的なことではなく、ボーダーという巨大な組織に所属する隊員としては、という意味だ。
本人は自分が誰から見ても平均的であることを嫌がっていたし、どうにか突出した存在になりたいとも願っていた。ただしその頃の組織は今ほど整っておらず、誰が誰を指導するとかそんなものは本人たちの自由だった。今も自由っちゃ自由なのだが、縦やら横やらの繋がりが広く複雑になってきた分、前ほど自由にするのは難しい。
だけど俺はこの時に、佐々木優里が俺を指名してくるとは夢にも思わなかったのだ。
「私にコツを教えて貰えませんか、先輩」
突然、太刀川隊の部屋を訪ねてきた彼女はそう言った。どうやら俺が出てくるのを待ち構えていたようなのだ。いきなりそんな事を言われても俺は、目の前のこの子がどこの誰なのか全く知らなかった。
「…ええと。失礼なんだけど、誰?」
「佐々木優里です。B級隊員です」
佐々木優里。聞いた事があるような無いような。申し訳ないけど百人いるB級隊員の顔と名前を全員分覚えられるほど、俺の頭は良くないのである。
「佐々木さんね。どこの隊だっけ」
「奥村隊です。ご存知ですか」
「あー、あー…?ああ、あそこね」
「でも半年後には解散の予定で」
「えっ。解散」
「隊長が、引退することが決まってるので…」
聞けば佐々木の隊長は、結構な歳上らしい。隊員として前線で仕事をするのが難しくなってきたのだとか。
理由は色々あれど解散した隊員は、その後フリーの隊員となる。解散が既に決まっているのなら、普通なら早々に新しいチームを探すのだろうけど、佐々木はそのつもりでは無いのだろうか。
「それなら先生探すのもいいけど、新しいチームメイトを探すほうが良いんじゃないの」
そうしてチームとしての戦い方を考えていくほうが合理的なのではと、純粋に思えた。人を見た目で判断するのは良くないが、第一印象として佐々木は全く強そうには見えない。これから強くなりそうにも見えない。悪いけど。ほんと、ゴメンだけど。
しかし佐々木は、俺の提案には首を振った。
「それも大事なんですけど。私、長所とかが特に無くて」
「はあ」
「…誰も組もうとはしてくれません」
そうだ、付け加えると佐々木には、長所がありそうにも見えない。
性格が良さそうとかそういうのは置いといて、一緒に戦うチームメイトとしてどうかと聞かれれば即答出来ない。佐々木本人は自分が他人からどう見られているか、どのような評価を受けているか分かっているのだった。それに実際何人かに相談したところ、門前払いをくらったのだそうだ。
「だから誰かとチームを組むより先に、自分の腕上げてやんぞってことか」
「ハイ」
「いきなり俺に直談判するなんて、いい度胸してんなあ」
自慢じゃないが隊員の中でもA級隊員と言うのは、誰もが気安く話しかけてくる存在ではない。直接学校で知り合った人間なんかは別だけど、そうでなければこんな事はまず無いのだ。
この女、なかなか肝が据わっているんだな。数多く居る隊員の中から俺を指名して来たというのは、まあ、光栄ではあるけれど。
「出水先輩のことはよく知っています。ずっと私の憧れですから」
佐々木は瞬きもせずにそう言った。なるほど憧れ、憧れられるのは悪い気はしない、が。女子が面と向かって「憧れです」って言うのか普通。
「…お、おう?」
「へ、変な意味じゃないですからね」
「変な意味だったら困るわ」
「普通に尊敬してるってことなので!」
「それはどうも…」
後輩とか、時には先輩にも「尊敬する」って言われる事は時々あるけど。初対面でいきなりそんな事をよく言うもんだな。その点についてはこちらこそ尊敬である。
さて、果たして俺は佐々木という女に射手としての教えを与えるべきなのかどうか。先日まで任務が立て続けに詰まっていたが今後は少し余裕がある。余程の事がない限り。
だけど、佐々木が俺に弟子入りみたいな事をして、こいつの隊長に変な目で見られないだろうか。俺が佐々木に何かを教えたとして、彼女はそれを身に付けるだけの力を持っているのかどうか?
「でも、出水先輩がお忙しいのは分かってるつもりですから。暇なとき、ちょっとだけでいいので教えてください」
佐々木は俺の懸念なんて全く気にしていないようだったが、深々と頭を下げた。
頼まれるのは嫌いじゃない。頼られるのは気分もいい。相手は女の子だし、あまり強く断れない。太刀川さんもこんな事で何かを言ってくる人じゃないし。暇な時だけでいいなら、まあいいか。
「んーまあ…予定パンパンってわけじゃないし、別にいいよ」
「ほんとですか!?」
「その前にちゃんと自己紹介してな。俺は佐々木さんのこと、よく知らないんだ」
その時の佐々木といったらくじ引きでも当てたような顔をして「もちろんです!」と前のめりになっていたっけ。
彼女がどんな人間でこれまで何をしてきてどうしてボーダー隊員になったのか、これから思い描くビジョンは何なのか、そんな事を話してその日は終わった。
そして、約束どおり俺は佐々木に何度か戦い方についてのレクチャーをした。自分にしては真面目に教えてやったほうだと思う。佐々木はいつもやる気満々で、ありがとうございます、頑張ります、といった言葉を繰り返していた。そうしたら俺も「あ、根性ありそうだな」というのがだんだん分かってきて、佐々木との予定を合わせることは苦では無くなった。佐々木は実際、少しずつ良くなっていたからだ。佐々木のチームが試合に勝てば自分の成果のように喜んだりもした。まあ実際俺のおかげだし。
佐々木がいわゆる平均以上の働きを出来るようになったのは、最初に会ってから実に半年後の事であった。つまり、ようやく調子が上がり始めた時に佐々木の隊長は惜しまれつつも引退し、部隊は解散となったのである。
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