月夜の邂逅盗賊と某夫婦 酒の席で、お互いの身分とか出自とかを聞くのは野暮というもの。微酔いであっても酩酊状態であっても、そんな暗黙のルールがある。 親しい友人間同士集まって存分に話すのもありだが、一人用のカウンター席では一期一会の縁で語り合うことも少なくない。 「……」 「………」 「…」 「………」 にしても、これは沈黙しすぎではないだろうか。 隅にあるカウンター席の横に座る外套を被った大柄な男(か?)は、無言を通し続けている。僕もどちらかと言うと一人酒派なんだけど、こうまで沈黙、という名の重たい壁を作ることはできないと言いきれる。汗をかいたグラスを呷ると、周りの喧しい騒ぎとは裏腹にからんと虚しい氷の音が響いた。 待ち合わせしてる相方が速くこの場に到着して、この奇妙な沈黙を和らげてくれることを切に願う。 暗い路地裏。持ち前の動体視力と、事前調査で頭に叩き込んだ地形の図を使い、駆け抜ける。背中を追いかけてくる警備員の怒号とサイレンがフェードアウトするにつれて、俺は着ていた黒の作業服を脱いだ。 素早く血の匂いの有無を確認して、なるべく小さく畳む。目についた可燃ごみ(らしき。生ごみの方かもしれない)捨て場にそれを放り込んで、今度は手袋を付け替えた。元々着けていた手袋は丸めてポケットへ。 仕上げに、仕舞っておいた今夜の戦利品の一つを胸元から取り出して、傷が付いていないか確認。 「…よかった、無事…」 今夜の仕事の陽動担当は俺だった。体力がある俺は囮役を担当することが多い。毎回気が抜けない役割だけど、住処の街を遠く離れたこの土地に不慣れな事もあって、今夜は特に大変だった。 失敗をすれば最悪監獄行き、逃げおおせたとしても通行費と衣食住費の半端ない大損赤字が、明日から圧し掛かってきただろう。本当に成功して良かった。 そして、囮の俺が警備員に見せつけるのは、首飾りに収まった小さなこの蒼い石で十分。戦利品の大半は今ごろ、イヴェールが隠してくれている。信用してるから、俺はイヴェールが持ち逃げするとかそんなことは考えない。 あと一本道を曲がれば人の往来が激しい通りに出る、という所で歩みを止めた。目を薄く細めた月の光にそれを翳して、自分に振り分けられた任務の成功を祝う。相方の待ち合わせ場所に辿りつけば、二人で祝杯だ。 祝杯をあげて、この近くに借りた宿に戻り、三日後の帰路に向けて片づけをする予定だったのだ。 「きゃぁあああ…!?」 絹を裂くような押し殺した悲鳴が降ってくるまでは。 「其ノ酒ハ美味シイノカ?」 沈黙は、意外にも男の方から破られた。いつの間にかフードの中身は、顔は見えないがこちらをちらちら覗いていて、波状に広がる赤茶の長髪が揺れる。一瞬問いかけられたことに反応しきれず、僕は不覚にも目を丸くしてしまった。 「美味しいですよ。貴方は…何か頼まないんですか?ここの酒は安い割に悪酔いしないので有名だ」 「…待チ合ワセシテイルカラ、」 「そうですか。僕も待ち合わせしてるんですが、中々相手が来ない」 「……待チ合ワセテイルノハ、イイ人ト?」 折角ちびちび飲んでいた酒を吹き出しそうになった。 何に対して、というとその体躯に似合わない、やけにもじもじとした言い方に、だ。小さく咳払いして、少しだけ詰まった液体を正常な所に流し込んでやる。数瞬だけ同じ所に酒が留まった箇所が、ひりひりする。 「…僕は。相方、いや、友人と」 「ソウカ…」 「貴方、は恋人と?」 「………」 照れた。これは絶対照れた。 初めて会ったかもしれない。顔の色を見ず雰囲気だけで、明らかに感情が伝わってくるような人物に。僕はグラスを置いて、この男をこんなに照れさせる人物について聞いてみようと向き直る。だって気になるではないか、どんなすごい美人なのか。 月もあともう少しで地平線に隠れそうになる夜更け、相方が来るまでにはまだ時間がありそうだ。 何でこんなことになったんだろう。疑問はつきることがない。つきることはないけど、文字にしたら数行で終わるものだ。どんな事柄でも。 黒い帽子と長い肩掛けを巻いた女の子が、上から降ってきました。必死になって受け止めたは良いものの、その女の子はお腹を空かせていたようで、一旦宿に戻った俺が持ってきた食料を美味しそうに食べてます。おわり。 「このお菓子、美味しい!」 「…ありがとう…?」 「あなたの手作り?…凄い。料理のできる殿方って素敵ね」 「はぁ、どうも…」 傍から見れば、怪しい時間帯に、怪しい場所で繰り広げられる、怪しいお茶会。 とにかく、冷やしてとっておいた作りすぎのチーズケーキは、住処から持ち込んできて正解だったらしい。あと数日で賞味期限的なものが切れる所だったから、それだけは助かった。 空から降ってきた女の子は、あかい両目をきらきらさせて、残り数個のケーキを完食する。指についた残り滓を丁寧に手巾で拭いて「ごちそうさまでした」と小さく笑った。 そこまで待って、俺は後回し後回しにしていた疑問をぶつけることにする。 「なあ、」 「あ、私の名前はライラ」 「…ライラ、ちゃん」 「ちゃんはいらないよ」 「……ライラ、何で上から降ってきたんだ?」 俺が尋ねると、女の子、もといライラは緩んでいた口元を引き締めた。帽子に仕舞われていた黒髪が一房、はらりと落ち、自然と俺の方も強張った。 ローランサン、と先に教えておいた(聞かれたからな)名前を呼ばれる。 「蒼い石を持ってるでしょう」 すぐさま、隠しナイフを手に滑らせた。ちくしょう、舌打ちしたい気分だ。最後の最後で一般人に目撃されるとは。俺もかなり油断していたらしい。脅すつもりで首元につきつけた、月光を受けて銀色に煌めくナイフに、ライラは怯える。 …と思ったが、狂った予定は最後まで狂い続けるらしい。ライラは怯えるどころか、「やっぱり!」と手を叩いて喜んだ。予想外すぎる反応に俺は唖然とする。女の子、ってよく分からない。 「よかった、見つけた!ローランサン、あなたって本当に素敵っ」 「は…?この状況でそれが言えんのか…?!」 「ふふ、このナイフじゃ、私を傷つけられないよ。試してみる?」 「お、おい、何を…!」 ライラは俺の手を引きよせて、自分で首に切っ先を向けた。制止の声を振り切り力が込められて、冷や汗がじとりと背中を濡らした。刹那、喉元まで近づいてそのまま細い首に刺さりそうになった銀色のナイフが、どろりと溶ける。 「ーっ!!?」 「ほら。ね?」 「、ね?じゃねぇ!!何だ、お前…!」 「ローランサン、……長いからロラサンって呼んじゃえ…。ロラサンってば若いのに物忘れが激しいよ。私はライラだって自己紹介したじゃない」 「…本気だな。お前、惚けてるんじゃなくて本気でそう言ってるよな!」 「??」 きょとり、小さな子供のように首を傾げるライラに、一気に毒気が抜かれる。おまけに腕の力も抜けて、刀身の半分以上がどろどろになって使い物にならなくなったナイフが、地面に落ちる。 かん、とそれが石畳に落ちて反響すると、あ!と突然声が上がった。今度は一体何だ。 「ご、ごめんね…!そのナイフ、勝手に溶かしちゃって…、」 「…あーうん。ライラに突きつけた俺が悪かった」 俺の宝にも等しい黒みがかった大剣を置いてきて良かった、と心の底から思う。あれは型がもう既にこの世にはない貴重な代物。代えがきかない。 ライラはかがんでナイフを拾い上げ、申し訳なさそうに柄を撫でた。 脳裏に、女の子には優しく接するんだぞ、決して不快な想いをさせたり悲しませるな以下略、と注意をする相方が浮かんで消える。 俺にフォローをしろ、と。無理だ絶対。 ていうか無理だと言いきる以前に、フォローする暇すらなかった。 「本当にごめん…。ごめんついでに、蒼い石を見せてくれない?」 ライラはけろっとした顔で頭を下げる。自棄になった俺が、ライラに首飾りを投げ渡したのは言うまでもない。 「――で、大半の女性は、花とかキラキラしたもの、お菓子や可愛いものに目がない」 「確カニ…ライラハ、キラキラシタモノガ好キダ」 「はい。更に、誕生日・行事ごとにそういったプレゼントを、または彼女の好きなものを贈る。そうすれば貴方の恋人も喜ぶのでは?」 「…ナルホド」 「(そういえば、ローランサンの好きなものは何だ…?剣の手入れと家事と絵が趣味くらいで、後は)」 「首飾リ、トカドウダ?」 「ああ、それも良いですね。指輪も良いですが。(指輪…)」 近くの酒場で、こんな会話が繰り広げていたことを知らないのも、言うまでもない。 「ローランサン、遅かったな」 「ああ…ちょっとあって、」 「怪我の確認は後でするぞ」 「うん。って、誰か隣に居たのか?」 「少し前に帰った。大柄で外套着てて…この辺の住民ではなかったな」 「へー…」 「ん?お前、何持ってるんだ。白い、石、か?」 「……首飾りが、化けた。砂漠の、薔薇?だって」 「は?」 「宝石、蒼いやつ砕きたいからこれと交換、してって言われた」 「は??」 「俺も、何が何だか分かんねぇよ…」 「…まぁ、一個くらいいいか。ところでローランサン、」 「?」 「指輪、とか好き?」 5000ヒットありがとうございましたー!またもや、グダグダ&意味不明&不完全燃焼な文となりましたが、イベリア夫婦がかけて私は超←満↓足↑です/(^o^)\!! ライラは天然。旦那は極度の照れ屋で、愛の伝道師イヴェールになんらかの知識を伝授してもらった模様。← かぼちゃパンツ…の活躍はまた次の機会にっ☆ それでは、これからも盗賊ひゅーひゅー♪していくので、生温かい目97%でこのサイトを見守っていただければありがたいです! |