油断から不幸へ




この数日、数々の油断による諸々が僕の身に降りかかった。

そして、なかでもこの状況が一番最悪なのではないだろうか。



「…苦しい…」


苦しい、狭い、熱い。そんな三拍子に、僕は叩き起こされた。まだ夜明け前で、辺りは真っ暗。普段、低血圧気味な僕がこの時間に起きることはめったにない。

僕はこの時相当苛々していた。明日は久しぶりにのんびり過ごせる日で、夜遅くまで本を読んでいたからすごく眠いのに。明日の昼近くまで目を覚まさないで、呆れた相方の声で起床するつもりだったのに。

ひとまず三拍子の要因を探そうとして、首をくるりと回した。すると、目の前、ものすごく近くにその相方の顔が。


「!?」


悲鳴をあげかけて、すんでの所で飲み込む。この周辺は密集住宅で、こんな夜中に騒ぐとすぐ苦情が来る。

のみこんだ絶叫の代わりに、大暴れした心臓の手綱を握りなおそうと大きく深呼吸を繰り返した。
今、非常に殴りたい気分。例えば、僕を抱き枕か何かと勘違いして抱きつき、すやすや眠る相方の顔面とか。

しかしそれを今やったら、殴られた相方の悲鳴で、僕の努力むなしく近隣から苦情がくるだろう。別の方法を考えろ、僕。

自然と握りこぶしになる利き手を必死になだめて、僕はとりあえずローランサンの鼻を摘まんでみた。


数秒経過。眉が寄ってくる。

数十秒経過。僕の腰に回っていた腕の拘束が緩む。

一分経過。何かむぐむぐ言っている。

一分と少し経過した頃、ようやく相方の目がかっと開いた。







<イヴェサン>




「っ!??」



ようやく起きた相方は、現状が把握しきれてないまま荒い呼吸を続けた。ぼんやりと彷徨う闇にとける藍が僕の方に焦点を定めると、ぽかん、と首を傾げる。…不覚にもその仕草に、心臓が一つ跳ねてしまった。寝起きの瞳はしっとりと濡れていて、意外にも長いまつ毛を際立たせている。息を止め続けてたんだから当たり前だけど、至近距離から見る頬は赤く染まって、つ、と汗が伝った。

まるで、深いキスをした後の反応みたいだ、なんて。

本当に、本当に不覚だ。心臓が一つ跳ねた後、続いて第二波第三波と波のように連鎖して、鼓動がうるさくなってくる。間近にある顔は、見慣れたものより大人っぽくて、見慣れたものより色気とでもいうべきものが増していて。逆に眠気の残るあどけなさが、倍以上のギャップを作りだしもていて、とにかく、苛々が全て吹っ飛んでしまった。


「い、ヴぇ…?」


名前を呼んだことで開かれた唇。その中には、誘うように赤い舌がちらちら覗く。瞬間何もかもが吹っ飛んで、ローランサンに口づけた。

さっきの熱さよりも、全身が燃えるように熱い。

「ん、…」


まだ夢うつつにいるローランサンは、きゅ、と胸元を掴んでくる。相手が寝ぼけてる今がチャンスだ、と薄ら思ってしまった自分にはこの後愕然とすることになる。

また力が入ってきた腕は、触れ合う所から分かるくらいに、いつも通りの感触で、それに一番興奮した。ぺろり、と唇を舐めて、名残惜しくも離れる。


「いヴぇ…」


また目をつぶっていたのか、開かれる瞳を見て咄嗟に呟いた。


「夢。これは夢だよ、ローランサン。だからまだお休み」


僕の言葉を疑いもせず、吸い込まれるように再び閉じていく瞼へ、もう一度唇を落とした。









「昨日さー、変な夢見たんだよ」

「…ほう」

「マシュマロの集団が、一個ずつおれの口を突っついてくんの。でも食べようとしたら逃げられるんだよな…」

「……」








<サンイヴェ?>




「っ!??」



ようやく起きた相方は、現状が把握しきれてないまま荒い呼吸を続けた。ぼんやりと彷徨う闇にとける藍が僕の方に焦点を定めると、ぽかん、と首を傾げる。…不覚にもその仕草に、心臓が一つ跳ねてしまった。寝起きの瞳はしっとりと濡れていて、長いまつ毛を際立たせている。息を止め続けてたんだから当たり前だけど、至近距離から見る頬は赤く染まって、つ、と汗が伝った。

普段の馬鹿な相方とは思えない、色っぽい表情。

その表情に、苛々も忘れて固まってしまった。その最後の油断が、僕を混乱の渦に落としいれたのだ。


「い、ヴぇ…?」

「っ!な、何?」

「いヴぇ、あったかい…」


寄るな肩に顔埋めるな鼻の先を擦りつけるな匂いを嗅ぐな!

力が再度こもった腕に、今度はふわりと抱きしめられ、足を絡めてくる。僕の思考回路はとっくに緊急事態発令が鳴り響いていても、ぱくぱく開閉をすらだけしか機能しない口からは、何の拒絶も出てこなかった。


「いヴぇ、ほそい、よなー…ちゃんと、めし、食ってる…?」

「お、お前が無理矢理にでも食べさせてるだろ…!」

「そっかぁ…。よかった」


ふんわり笑顔。何か、いつもの馬鹿加減も何処かに置き忘れた笑顔は、普段より大人っぽくて、目が離せない。のったりとした動作で頭を撫でてきて、頭がぐらぐら揺れた。くらくら襲ってくる眩暈は、それだけが原因じゃない確信があって、不意に泣きたくなる。

しかも、ローランサンは最後のとどめを忘れなかった。


額と額がこん、とぶつかりあい、薄い唇が自分の同じものとぶつかりそうになる。


「…!」

「おや、すみぃー…」


触れた。完璧に、一瞬、ちょこっとだけ、触れた。石化した僕を放置し、太陽に会える時を待つばかりのローランサンは知らない。


僕がが全身を赤くさせていたことを。









「イヴェ―、」

「……」

「なんで返事してくれないんだよ…」








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