時間は教えてくれない




白ルキ ルキアが成長してます










理由も年齢も問わず門戸が開かれているので、この組織は人が多い。だから共同のスペースは、毎回黒衣の津波が激しいのだ。

適当に昼ごはんを早めに済ませ、大分苦労して人口密度の高い食堂から抜け出した。ぼくはずっと此処にいるから見慣れてるけど、新しく入った人はすごく戸惑うみたい。確かに、黒いローブが一か所に密集して動いてると、狭いし苦しいし怖いかも。慣れてるぼくだって窮屈に思う。

午後からは同じ年頃の子と一緒に、講義を受けないといけない。それまでまだちょっとした時間がある。ぼくは、騒がしい食堂を背後に急いで図書室へ向かった。


「…あった!」


広すぎて誰も入ってこないような隅っこ。さっきとは打って変わって、すごく静かな所だ。むせかえるような紙の匂いが何となく落ち着く。
ぼくはその隅っこの本棚の一番下の段を覗きこんで、目的の本を引っ張り出した。この本だけ、ぼくが頻繁に見てるから埃をかぶっていない。さらりと表紙をひと撫でして、表紙を捲る。

誰が書いたのか、何でこんな所にあるのか知らないけど、そこには黒い文字で日記が綴られていた。以前、偶然見つけたこの本。以来毎日こうした空き時間を利用し、数ページづつ読み続けていて、そろそろ半分以上に差し掛かる。ぼくは今日もわくわくした気持ちを抑えきれずに、こっそり挟んだ栞を抜き取った。しいんという音が痛い静寂の中、ぺらり、ぺらりという柔らかな音が響く。



『天気、晴。今日もあの子は元気で可愛い。今日会いに行った時は、ノアから教えてもらっただろう歌を歌ってくれた。ノアが教えた、という件は想像すると面白いけれど、あの子が歌ってくれたのは純粋に嬉しい。…あの、高い声の微妙な外し具合が良い味出してると思う。嬉しすぎて少し頭がくらくらした』


日記の作者さん(多分男の人)は、ずっと前から好きな人がいるらしい。でもこの日までの日記を読む限り、自分の気持ちに気付いていない。それが面白くて、どんな恋愛小説よりも生々しくて、目が離せない。続きが気になる。ぼくは、夢中になって読み耽った。


『そういえば、昨日、僕に弟が出来た。僕そっくりの白い髪、藍色の目、でも手なんかはすごく小さくて、柔らかくて、東の国の言葉でいうと”モミジ”のような手だ。木の下で震えていたので、思わず、連れて帰ってきてしまった。その時一瞬だけ、ふわりと羽が舞ったような気がしたんだけど、まさか、まさかね?もしかしたらそうなのかもしれない。……そうだ。名前を決めないと。名前、名前…名前…、あ、あの子に名付け親になってもらえば…』

『天気、晴、夜曇り。弟の名前をあの子がつけてくれた。名前は、……だ。なんて良い名前なんだろう。あの子に突かれてもむずがらないし、僕が分かるみたいで、喋りかけると時々笑いかけてくれる。絶対将来有望だろう、この子。どうしよう、可愛い存在が増えてしまった。

それにしても、あの子が名付け親になったということは、兄である僕と一応親戚になるのかな?よく分からないけど、すごくもやもやする。ノア…に聞いたって怒られるだけか。最近特に頑固になってきたからね。昔はもうちょっと柔軟だったんだけど、』


残念ながら、この人の弟の名前は掠れていて読めなかった。

弟、か。僕に弟や妹は居ないけど、兄のような存在なら居る。物ごころついた時より前から傍にいて、ぼくを何より大切にしてくれた、白鴉。ぼくもすごく好き。白鴉もこの人の弟と同じで、白い髪に藍色の瞳だ。昔よりも伸びた身長、大きくなった手のひらを思い浮かべて、ぼくは小さく笑う。

その笑いは、すぐに引っ込んだ。そういえば最近、白鴉と一緒にいる時間が、だんだん減ってきてるような感じがするのを思い出したからだ。白鴉は普通の子どもと同じような生活を送っているぼくと違い、教団の雑用から仕事やらで忙しい。昼間はそうそう会えなかった。
昼間じゃなくて、夜の方でも会えない時間が増えた。ぼくが白鴉の部屋に行って、話したりする時間以外の。ぼくだってもう小さい子どもじゃないんだから、お風呂や布団に並んで入ることがなくなって文句を言えない。
でも、寂しい。夜、ふと目を覚ました時に必ず気付いてくれて、毎回歌ってくれた優しい旋律。聞く機会はもうないのかな。

それに、ぼくが抱きつくと、白鴉は怒るようになってしまった。実はこれが一番悲しい。理由を聞いても困った顔をするだけで、言葉を濁されるのだ。もしかして、ぼくが重くなったからかもしれない。いや、絶対そうだ、そうに決まってる。白鴉は優しいから、ぼくにはっきり言えないだけなんだ。

そう思い込むことにして、でも拭いきれない寂しさを振り落とすために、頭を軽く振って続きを読むことにした。


『』『』『』


数ページ目で追い終えると、本をぱたんと閉じる。暗幕から外を覗いて太陽の位置を確認すると、もう講義が始まってる頃だ。まずいって焦るより、この本を仕舞うことへの名残惜しさがぼくの中にある。いいや、今日はもうさぼっちゃって続きを読んでしまおうか。続きのページに弟さんの名前があったら、って考えると気になって勉強もそぞろになってしまう。

白鴉のことは、本人に直接聞いてみよう。ついでに一杯喋ろう。この日記のことを話してみてもいいかもしれない。というのは口実で、日記の人の話を読んでいたら、無性に白鴉に会いたくなっただけだけどね。

しかし、密かに頭の中で立てられた計画は、あっさり破かれた。


気配も何もなくいきなりぽん、と肩をたたかれ大声を上げそうになって、慌てて口を手で塞ぐ。ぎぎ、壊れた玩具のように錆びた音がしそうな首を後ろに回すと、息を切らせた白鴉が立っていた。


「…ルキア、ここに居た…!」

「ど、どうしたの、白鴉?」


白々しくぼくは首をかしげる。


「どうしたもこうしたも、今日、久しぶりに一緒に晩御飯食べられそうだったから言おうと思って、講義室の前で待ってたんだ」

「う、」

「そうしたら、ルキア、君は時間になっても来ないから。探してたんだよ」

「……ごめんなさい!」


ぼくが座ったまま頭をがばっと下げると、白鴉は呆れたように片眉を上げた。あれ、やっぱりばれちゃったか。


「謝ってるはずなのに、嬉しそうに見えるのは僕だけ?」

「ううん。嬉しい!」


たまらなくなって、うずうずして、怒られるのは分かってるのに、勝手に手が伸びる。白鴉の慌てた声。本がとさりと落ちる音。被っていたフードが脱げた。


「ルキアっ!」

「だって、久しぶりにご飯一緒なんだもん。しかも、白鴉から会いに来てくれた…」

「…ルキア、」


腕に力を込める。また困った笑顔で突き放されるのかな、と思っていたら、大きな手のひらは僕の頭を往復した。その温もりに今だけ甘えさせてもらう。白鴉は溜息をついて、好きにさせてくれた。うん、もうちょっと抱きついててもいいかな。白鴉補給。これが終わったら、取りあえずこの日記のことを話そう。

ぼくが小さい頃の再現のような、やりとり。本当に嬉しくて、嬉しくて。嬉しすぎたから、ぼくは最後まで白鴉の心臓が早鐘を鳴らしていたことに気づくことはなかった。










尻切れトンボ…!今回のクロセカは、もうちょっと白ルキ色をあげたくて、ルキアを成長させてみました。…年齢差、五歳は開きすぎかな、やっぱり…。四・三歳くらいがベストですかね…?クロセカはまだまだ模索中なので、時間枠はばらばらですorz

白ルキ、のリクエストということで。お、お楽しみいただけたでしょうか…?
それでは、リクありがとうございましたっ!


※五千ヒットお礼文でした。






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