※「昼下がりの白昼夢」続き=ロラサンにょたのバレンタイン話。ロラサン(中も外も)乙女注意報発令中。




ローランサンはぼんやりと公園で佇んでいた。薄いシャツにコートをかろうじて引っかけただけという真冬に自殺行為のような出で立ちで。アパルトマンからここへふらふら歩いて来た時からぼんやり継続状態だったので、自分の身なりまで気をやれなかったのだ。しかし幸運にも今日は今年に入ってから一番温かい日で風も少なく、ローランサンの味方をしている。夜空に浮かぶ雲を何をするでもなく眺めながら、先ほどのバレンタインを思い起こした。


毎年この時期になると増殖する男女カップルの数にうへぇと舌を出していたローランサンが、今年はそのカップルの方へカテゴリーされたのは奇跡に近い。半年近く経った今でも信じられないくらいだ。

初めてできた恋人は、性格はあまりお勧めしないものの見た目はばっちりどこを歩いても恥ずかしくない装備をしていて、フェミニストなきらいがある。だから、こういった行事は恋人らしい行動を望むだろう、とローランサンは一か月前から煩悶していたのだ。女々しいことが苦手で男になりたいと普段から公言するローランサンでも、一応、一応、祝ってやらんでもないつもりだった。つもりで終わらずに、当日、つまり昨日は夕食をいつもより豪勢にもしてみた。恋人の好きなココアも、粉末を沸かしたお湯で溶かすだけではなく、鍋を使い粉末を牛乳で溶かして手間暇かけてみた。跳ねっ放しの女らしくない髪も櫛で梳かして、許容ぎりぎりのレベルで大人しく(ローランサンの女らしい基準の1つが『暴れない』)過ごした。そうして恋人、イヴェールの様子を窺っていた……のだけれども。

「今日、熱でもあるの?」

中々反応がない、と叫びだしたいくらいの羞恥の中でとうとう夜になってしまい、作戦を変更するべきか悩んでいた恋人に対してこの一言。悪気がないのは分かるが本気で心配してくるイヴェールに、思わず頬を引っぱたいて家を飛び出してきました。以上終了。


「マジで終了だし」

イヴェールの心配そうな顔を思い出して、本当にやらなければ良かったともの凄い後悔に襲われて頭を抱える。喜ぶと決めつけていたが、もしかして迷惑だったかもしれない。ココアの分量間違えたかもしれない。

考えれば考えるほど悪い方向へ行こうとする思考に拍車をかけるようにして、何だかいい感じのカップルがわざわざ目の前を通りすぎる。しかも女の方は、ローランサンの方を一瞬見てぷっと笑った。気がした。視線に「バレンタインに独りで夜空見てんの?ダッサ!」という副声音がついている。気がした。瞬間カッとなって思い切り自分が座っているベンチに拳を一発決め込む。男女はひっと肩を震わせて、これ以上不良に巻き込まれないようにそそくさと足を早めて過ぎ去っていった。勿論ローランサンはこれっぽっちも悪くないと思っている。リア充は爆発する運命なのだ。

「魅力がないんかね、魅力が」

先ほどの女性を思い出す。綺麗なブロンドの巻き毛を大きな胸に自慢げに垂らして、しっかりくびれた腰、煌びやかな衣装、派手なメイクが、大人っぽい笑みにバランスよく馴染んだ完璧な美女だ。多分今のローランサンから見たら世の中の女性は皆綺麗だった。

ローランサンはぺらりとシャツを捲ってきつめに結んだ胸のさらしを解く。すると、全体的に貧相な体に見合わぬぽよんとした二つの膨らみが飛び出した。筋肉しかない薄っぺらい怪我だらけの体に、鋭い目つき、ぼさぼさの髪、女らしさの一かけらもない身体なのに、その女らしさを貪るように吸い込んで成長したようなこの憎たらしい胸。

「おっぱい小さくなれば…あるいは…」
「何馬鹿なこと言ってるんだ」
「わっ痛っ!?」

ぼそりと呟いた次の瞬間その気配に気づいたが、飛び上がる間もなくばしんと頭に衝撃が走る。衝撃を受けた後頭部を庇いながら声の主を探すと、数歩も離れていない所に、むっすりと不機嫌そうに顔を顰めているイヴェールがいた。手元には丸めてある新聞。どうりでやけに小気味の良い音がしたわけだ。

どうしてここに?という疑問は、イヴェールが自分の頬を指したことですぐに解決した。

「これ、結構痛かったんだけど」

忘れてた。

「……ごめん」

月明かりにぼんやり浮かぶ白い頬は赤く色づいている。日中大人しくしていた反動は大分痛そうで俺が項垂れると、イヴェールの肩がぴくりと動く。

(このまま喧嘩かなぁ……)

やられたらやり返す。綺麗な見た目にも関わらず結構切れやすい恋人の性格なら、この後の展開は火を見るよりも明らかだ。現にイヴェールの目は笑ってないし。あれこれバレンタインに奔走したのは無駄になってしまった。そもそも普段の風呂上りに平気で全裸でいるような女にオシトヤカでカレンな恋人役など務まらない。恋人にステップアップ出来たのも、ローランサンの身分不相応だという頑固な拒否を折らしたイヴェールの説得力があってこそだ。それに応えて恋人らしく振舞おうとしても、今日だけじゃなくて、いつも上手くいかない。このままじゃ愛想突かされるかな、なんてふと思い至ったのが丁度バレンタインに向けて街の雰囲気が甘ったるくなる頃で。幼馴染からも色々アドバイスを貰って、氷の張った湖を泳ぐ方がマシともいえる努力をして頑張ったのに、それでも気づかなかったイヴェールに八当たってしまって。ローランサンはこれしきのことで、と思いながら目の端に涙が溜まりそうなのを自覚して慌てて拭った。

さてどんな暴言が飛び出すやらと肩を震わせたローランサンを待ち構えていたのは、しかし予想に反して盛大な溜息と、額に降りた柔らかい感触のみ。

「……えっ」

さっと離れたイヴェールの顔を見て、呆然とキスされた箇所に手を当てる。何が起こったんだろう、外見に反してむっつりなイヴェールが、まるで愛情を示すためだけみたいなキスをするなんて。

「えって、何。嫌だった?」
「ち、違っ!嫌とかそういうんじゃなくて、えと」
「えと?」
「……お前今日熱でもあんの?」

イヴェールはにっこり笑った。つられてにっこり笑い返すと、今度はキスの上書きをするように強烈なデコピンが炸裂する。

「い゛っ」
「おお、いい音」
「っ!もう、何なんだよイヴェール!!」
「……お前だって人の事言えないって話」
「人の……?ってやめひょおひ!」

デコピンの衝撃冷めやらないまま、頬を横にびろーんと引っ張られる。寒さに固まっていた皮膚に立て続けに与えられた攻撃は地味な痛みとなって襲い掛かり、もがいて手を振り払おうとするローランサンは再び涙目になった。

イヴェールはそんな様子を呆れ半分複雑さ半分で観察する。この勘違いというか思い違いをして家出した恋人に、懇切丁寧に解説しなければならないのは手が掛かりそうだった。しかし自分の言葉が足らなかった自覚もあるし、こうして意外とぷにぷに弾力のある頬を堪能できたから内心でよしとする。それに頭の足りない可愛い恋人を一発で黙らせる武器をイヴェールは隠し持っていた。

「ローランサン」
「はひ」

頬を引っ張られたまま唐突にぐいと引き寄せられ、再び顔の距離が近づいたと自覚する間もなく唇が重なる。ローランサンは状況に頭が追い付かず目を白黒させた。

「ちょ、んっ!」

抵抗する前に頬から離れた片手がローランサンの手首を掴んで動きを封じられる。本気を出せば突破できる包囲網だったが、こじあけられた口から侵入してきた舌に意識を奪われて体中から力が抜けていってしまい逃げ出せない。可愛らしさの微塵もない激しいキスが間髪入れずに始まり、ローランサンは抵抗らしい抵抗ができぬまま意識をぼやつかせた。濃すぎる数分の後に口を離されると、飲み込みきれなかった唾液を拭うのももどかしく、荒く呼吸を繰り返すのに必死で文句の一切も言葉に出来ない。変わりにまだ靄の残る視界で相手を睨みつけていると、イヴェールは何故か不機嫌そうに眉を吊り上げながらローランサンの首元にマフラーをふわりと掛けた。

「え?」
「お前は何でこんな時間帯に薄着でしかもさらし巻いてないんだよ!変態か!」

忘れてた。

「あ、の、ここれには山よりも川よりも深い理由があってだな」
「黙って」
「はい」

ぎん、と色違いの目が冷たく細められるとローランサンはひえっと跳ね上がって固まる。その間に無防備な恋人のコートのボタンを手早くしめたイヴェールは、仕上げとばかりにマフラーを正面で蝶々に結んだ。固唾を飲んでその様子を見守っていたローランサンは、はて、とマフラーをまじまじと観察する。イヴェールは既に自分のものを使っているし、自分のでもない。初めて見るものだ。

「イヴェール、これ……?」
「サンが元々使ってたやつ、ほつれてたし」

いらないなら捨てるけど。そう言ってそっぽを向いたイヴェールは平気そうな顔をして耳がほんのり赤い。気づけばローランサンは素直じゃない恋人の首元に飛びついていた。嬉しい。嬉しすぎて目の端に溜めるだけだったものが堰を越えて溢れだした。

「イヴェありっ、ありが、と!」

優しい手触りのローランサンの瞳の色に合わせたマフラーは、当然こんな時間なのだからさっき買えるものじゃない。ということは、元々用意されていたプレゼントだということで。イヴェールがぎょっとして目元を覗き込むのも気にならず、ローランサンはこの日一番の笑顔でマフラーをぎゅっと握りしめた。








マフラー用意したものの、バレンタイン意識してそわそわもぞもぞするロラサン手前にして中々渡すタイミングが掴めなかったイヴェールツンデレ乙。というくだりを本文に盛り込む予定…でした…。










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