ベッドの上で相方と二人並んで座り、寝る訳でもなくそれぞれの雑事に更けるわけでもなく、ぼんやり宙を眺めてやりすごす。いや、もしかしたらぼんやりとしているのは俺だけかもしれない。人ひとり分離れている相方は、部屋に戻る前から俺の片手を固く握りつつ難しい顔をして黙っている。何か変なことでも考えていそうな顔だ。

本当は今すぐにでも背中から倒れこんでベッドと仲良くしたい。今夜の仕事は久しぶりの長丁場、準備からして掛かったのは数日。俺の頭まで酷使された今夜の計画は無事に成功したが、追っ手を撒くのに数時間超えしたのは予想外で。複雑な路地裏の全力疾走に付き合ってくれた全身の筋肉の倦怠感が酷かった。

身体を解すなり暖まりするなりすれば明日の影響まではそれなりに抑えられそうだが、如何せん俺より体力無いはずの相方が寝落ちもせずに長いことフリーズしている。起動スイッチをどうにかして押してやらないと一晩このまま、なんて実際ありそうで怖い。かといってスイッチを探すのも面倒くさくて、何となく隣に座ってぼんやりとフリーズに付き合っているのだ。



夜の路地裏に、荒い息が四角く反射している。前方は行き止まりで後ろは遠くに数人分の足音。現在位置は直前まで叩き込んでおいた地理範囲ぎりぎりの淵で、どうしようか思いあぐねていると、何とか後ろに着いてきた相方が不意に上を指した。目を細めれば丁度よく転がる木箱の真上に、手を伸ばせばぎりぎり届く窓枠がある。そこに手が着けられれば、何とか屋根の上まで登れるようだ。すぐに実行した俺は、後からふらふら登ってくる相方に手を貸す。屋根の上に立つと、建物に隠れて今まで見えなかった月が遮られるものもなく悠然と輝いていた。

月明かりにこうしてそれだけに晒されていると、人工的な灯りよりも目が眩んでくる。それから目を守るように相方を見やると、相変わらず肩で息をしていた。無理もない。計画上二人に別れて逃げるのは難しく、無茶な道しか通らない俺との行動のために相方はこっそり体力づくりに励んでみたらしいが、生まれ持った室内系体質は数日そこらで治ったら奇跡だ。つまりそろそろ限界が近い。俺は周囲に警戒をしながらも、ぎりぎりまで相方の息が落ち着くまで待った。

しかしその直後、別ルートから来た警官の足音に緊張は一気に引き絞られた。




今夜は冷えるようで、まだ着替えてない薄い黒味の上下は思い出したように熱を失っていく。掴まれたままの右手に当たる指先は最初から冷たくて、ぼんやりする意識を唯一この見慣れない狭い部屋に繋ぎとめてくれていた。

住み慣れたアパルトマンは遙か彼方、初めて訪れたこの町の安宿が不気味なくらい居心地いいのは疲れているからなのか。そういえば今回は遠出ついでに国内を回ってくるつもりだったので、思い切ってあの部屋は明け渡してきてしまった。帰る所として定着した場所を無くすのは心もとない気もしたが、またあの街に戻る時、隣に相変わらず澄ました顔の本の虫がいるだろうなーって考えたら意外とどうでも良くなった。

俺は最近、自分が段々気持ち悪くなっていってるような気がしてならない。イヴェールがいれば何処へ行ったってそこそこの暮らしができるような気がするなんて。つまりは俺からイヴェールを裏切るって行為はできなくなったようなものだ。そしてこの変化を何となく、嬉しいかもしれないと思っている。

ふと思い立って、右手をこっちに向けて引っ張ってみる。倍疲れている体の抵抗はなく、人ひとり分の距離は容易に縮まった。あれだけ忙しなかった呼吸は今は平常以上にゆっくり間延びしていて、こいつ目を開けながら寝てるんじゃないかと一瞬疑ってしまう。だがそれは少し遅れた相方の反応によって否定された。





月明かりは昼間の喧騒をも食い殺して、小さな音でも露わにしてしまう。人の呼吸も聞き取ってやろうとする輩が下を徘徊してるならば尚更音を立ててはいけない。身を出来るだけ寄せ合って納まりきらない息遣いをどうにかして隠そうと焦っていた。

ひゅうと、何かを引っかけたような呼吸音が混ざった。慌てて前髪が邪魔して判断できなかった表情を確認すると、過呼吸気味なのを必死に抑えようとしている。

不謹慎だけれど、息を飲み込んでしまった。

ぼんやりと虚ろで涙の溜まった視線はこちらにひたむけられ、両手は身を寄せ合った云々で俺の胸元のシャツを引っ張っている。若干、ほんのちょっとイヴェールのほうがひょろ長いので、傍から見ると相方が俺に掴みかかって襲わんばかりの姿勢だ。

動かない俺に焦れたのか、イヴェールは震える手で俺の両頬を鷲掴みにした。すぐにその意図を察したものの、状況も相まって、俺は若干後ずさる。そして相方はそれがいたく気に入らなかったらしい。途端にもぎゅっと手に力が入って、出そうになった変な声を寸でのところで我慢している隙に、がっと顔の距離を詰められた。



腕を引っ張ると同時に目元に影が掛かった気がして、ぼんやりとした視界からピントを合わせる。相方の顔が至近距離で覗き込んでいた。


キスするのは、許そう。まあこの場合不可抗力だし。でも舌まで入れるのはちょっと違くないですか?

「ん、ぁ……」

くちゃり、息の代わりにいやらしい水音が口元から零れて床に跳ねる。不埒な侵入者は一通り歯茎をなぞってから先住民に絡み合った。すると与えられる刺激が一皮むけたように敏感に感じとれて、無意識に腰が跳ねる。その様子を見たイヴェールは微かに笑って、口づけを更に深くした。

(こいつ、キス、うま)

はふ、と時々新鮮な息を吸うたび、正気に返るどころか意識がとろみを帯びてくる。気づけば俺の手はイヴェールの肩に回っていて、イヴェールの手は俺の首と腰を引き寄せていて、互いに強く抱き合っていた。身体中の触れ合っている面がまず熱くなって、次に震えてくる。そのうち段々と神経が先から末端まで溶けて一直線に繋がり、舌先を囚われて強く吸われると今まで溜めてきた快楽が背筋を抜けて腰に流れ込んだ。

「サン、サン……」
「も……っ、い、やめっ……」

ぞくぞくとしたものが堪えきれなくて、目に熱いものが込み上げた。口の中の飲み込みきれない唾液が口の端からこぼれるのに飽きたらず、とうとう目から飛び出してしまったのか。酔ったようなふわふわとした心地の中でそう思いながら、俺は最初から最後まで抵抗らしい抵抗もせず、更に深くて甘い闇につき落とされていった。






翌朝、ほぼ全裸で転がっている相方を見て悲鳴をあげたのはお互い様だった。どうやって宿屋に戻ってきたか、戻ってきた後に何をしたのかは当分思い出せそうにもない。













「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -