※リアタイのイヴェ→サンをこじらせてみました。






「おはよう」

挨拶を交わしつつ体温を分け合うように、向かい合った体を軽く寄せ合うだけの抱擁をする。ここ半年で二人の間にできた比較的新しい習慣だ。

イヴェールはその度、回した方とは反対の腕を何処へ着地させようか迷う。昨日は枕元に落ち着いた。一昨日は布団の端。結局宙をさまよって終わった時も多いから、何処かへ落ち着けるようになっただけ進歩はしている。今日は悩みに悩みぬいて、奔放に跳ねている鈍い銀色の髪の毛に手を通す。寝ぼけ眼は嫌がらず受け止めて、少しほっとした。


この相方とは距離が取り辛い。とても神経を使う。裏稼業に手を染めてそこそこ経った時に出会った彼は、下手したら無邪気ともとれる笑顔をよく振りまいていた。実年齢からいうと青少年という形容が一番あてはまるのだが、その笑顔が彼を悪戯小僧のように見せかけていた。

しかしある一線を越えてくるものには容赦なく牙を剥くのも、悪戯小僧みたいな彼である。例えば幼馴染のこととかは楽しそうに話すが、一定の過去のことを尋ねると途端に無表情になってしまう。そしてふらりと二三日姿を消してみたり、やたら攻撃的に喧嘩を吹っかけてきたりするのはお決まりのパターンだ。まるで、構いすぎると噛みついてくる猫。しかも野良である。

彼と職業的に手を組み生活を共にするようになって数年経ち、そのうち何度か同じ轍を踏みつつイヴェールはようやくその一線を踏まない相方への接し方が出来るようになってきた。

同時に彼もイヴェールの扱い方を心得たようで。自他ともに認める本の虫で知識欲は旺盛なのに、家事能力向上には旺盛でないとか、実は不器用であるとか。組んでから半年以降、彼はイヴェールには食事を作らせなかった。そしてそれは正解で、今でも二人の腹は無事に生きながらえている。


そんな風にむさい男同士身を寄せ合って暮らすうち、どちらのパーソナルスペースも縮まっていった。信用しているされていると感じることが良い方向に働いて、最近では特に仕事中、阿吽の呼吸とはこのことかと合点したくなるようなファインプレイも増えている。仕事消化の効率がよくなり、この一か月の夕食後のワインのランクが一段階アップしたくらいだ。これは素直に嬉しい。

しかし、時々我に返って思うのだ。心理的距離と物理的距離は同時に縮まっている。が、どうも前者に比べて後者の物理的距離の縮み具合がひどくないかと。

具体的に説明すると、去年の暮れには別室で睡眠を取っていたのが、春から寝室にソファを搬入して、夏を過ぎて気づいたらソファはソファの意味を成さなくなっていた。つまり同衾、いや野郎同士が一緒のベッドに肩を並べて寝るようになっていた。きっかけを思い出せないが。


とにかくまとめれば、距離をうまくとりながらもその距離を詰めたら、予想外にお互い近づいていたということだ。


そんな悩みがイヴェールを過去の回想へ飛ばしているとも知らず、今朝は布団の外が一段と寒い寒いと、顎先に吐息が掛かるような距離にいる相方は暖を取るためいっそう擦り寄って来た。

「おーよしよし。手のかかる赤ん坊だな」
「じゃあ今日の飯はイヴェママンが世話してくれるんでちゅね」
「きもいからその語尾はやめて」
「あはは」

首筋にちょうど彼の鼻が当たり、ごそごそ戯れている内にお互いのシャツが胸元で触れ合う。昨日飲んだワインの匂いは既に彼の匂いと混ざり合って、それが身じろぐたびに鼻をくすぐっていくから、目の裏から強く眩暈みたいなものを覚えた。いや、正直に言うと既に同じベッドで目を覚ました時から胸が上擦って仕方がない。

「そういやイヴェール最近寝覚いいな?前は何がなんでも起きなかったのに」

――その何がなんでも起きなかった頃は、ただのガサツで粗暴な男にしか見えなかったのに。気づけばこの数年を掛けて、物理的距離どころか余計な感情まで引き寄せられたらしい。緩く力が抜けている口元から無理やり視線を外して、イヴェールはそっと溜息をついた。

起きぬけで温いイヴェールの体温にうっとりしているローランサンに、確かにイヴェールはうっとりしていた。

多分叶うことはない感情だ。仕事柄出会いからして柵を経たもので、それに男同士だし、どちらも普通に異性愛者である。しかも距離云々の前に、ローランサンがイヴェールを見る目には、残酷といっても良いほど恋愛的なものは含まれてない。むしろどちらかというと、同僚、友情、もしかすると家族に向けるような慈愛で距離を詰められている。

良い例が一切の躊躇いもない最初の抱擁と――

「んじゃ、朝飯作るから」

ちゅっ。

可愛らしいリップ音を立てて、ぷっくりしているけど少し固めの唇が頬から離れていく。

同時に無言で頭を二三撫でられたイヴェールは、後れ毛の見えるうなじをガッと掴みかけた片手を懸命にも押さえ込んだ。駄目、暴走、良くない。自分内問答をうだうだしている内に、腕の中の温もりはするりと抜けだした。

途端に力が抜けベッドへ顔を沈み込ませる。ぼすっと気味の良い音を響かせて、一人分の重みから解放されたシーツはイヴェールを易々と受け入れた。今まで相方のいた場所に寝そべったまま転がると、初冬の気配は未だ温もりとおまけに僅かな匂いまで残してくれている。ああ、今、無性にこのシーツになりたい。

向こうの部屋から食料を漁る音と食器を並べる音が聞こえてくる。とにもかくにも相方が呼びに来るまでに、馬鹿な思考から覚めていつもの冷静な表情を思い出さなければいけない。

頬の例の感触を忘れない程度に叩き気合を入れて、イヴェールは朝の支度をするために起き上がった。





















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