突貫設定
*コルテスが15くらい年上
*若干コル←イド








船乗りは歌う。錨を上げる時、帆を張る時、こまごまとした雑事をこなす時。船に乗ることと歌を歌うことは全く違うようでいて、海の男達にとっては固くイコールで結ばれている。

愛すべき同士達のそんな歌声を聞きながら、イドルフリートは悠々自適と自分の定位置にもたれ掛かり、広がる空と後ろへ流れる海を一辺に視界へ収めた。質も量も違う青色の間を一直線に縫うように船は走る。こんな晴れ間も好きだなぁとぼんやり思いつつ、何だかんだ付き合いの長い器具を取り出し、太陽の位置を見ながら手元のメモに数字を書き込んだ。

陸地の見えぬ長い船旅で船の位置を割り出すには、数時間毎の作業が必要だ。いつもなら、そういった作業に必要な知識をイドルフリート直々にびしばし叩き込まれた数名が交代で行っている。

この長旅を始めた頃は、針路の確認など含めイドルフリートのみでこなしていた作業だったが、ある日酷く体調を崩し数日意識をもうろうとさせていた所、能天気な船長と船員達は見事に予定針路とは外れた方向に船を導いてくれたのだ。

「東って取りあえず右のことですよね!」そう宣う舵を担当していた男達の良い笑顔が忘れられない。以来、誰が倒れてもこの船が目的地に辿りついてくれるよう、イドルフリートは船員教育に奔走した。その甲斐もあって、夜にも計測のため起きずに済むようになり、寝不足が解消されるというおまけがつき、良かったのか悪かったのか。

今はちょうど担当の馬鹿者が曰く二日酔いがひどいやらで、手の空いていたイドルフリートが代わりに天を見あげていた。二日酔いが昼に残る程の酒宴をおっぱじめたのは船長であるコルテスだったので、無暗に怒れない。かといって、そんな酒宴を繰り広げたコルテスの意向も腹が立つが理解できるので、腹いせもできずイドルフリートは悶々としていた。黒髪をいつも結っている紺のリボンを、全て桃色に替えるという腹いせにも満たない嫌がらせはしてきたが、あの男なら気にせず(というか気づかず)むさい空気の中で華やかな尻尾をひらひらさせていそうだ。

つらつらそんなことを考えながら、観天望気の材料を空に探していると、下から自分を呼ぶ声を聞きとめて見張り台から身を乗り出す。

「イドさーん!船長がお呼びです!」
「分かった。すぐ行く」

律義に要件を伝えてくれた若い船員に手を振ると、彼は破顔一笑、次の仕事へと走り去った。その背中を見送ってから自身も縄梯子に足を掛け、イドルフリートははてと首を傾げる。最近、今の彼だけに留まらず、この船に乗り込む野郎共のイドルフリートに対する態度が妙に軟化してきている気がしたからだ。しかしそこはやはり野郎共。心身を癒してくれる女性、望んでよければ胸の素晴らしい女性だったら、どんなにこの世の天国かと一瞬思いはしたが、まあ気にも留める程のことでもないかとその疑問についてはすぐに頭の奥底に引っ込めた。そして向かうは我らが船長の元、多分お呼びの件は例のリボンだ。可愛らしい後ろの桃色を思いっきり笑ってやれば、良い気晴らしになるだろうか。航海士はそう企みつつ、自室で書類をしたためている筈の船長の所へ足を進めた。






しかし要件は別のことだった。次の寄港の相談をしながら、目の前の男は腕を組み、煙草をくゆらせている。

「降ろす荷と積む荷の重さだが、このままでは積む方が多くなる。船員の要望品と消耗品のリストに一度目を通しとけ。こういう勘定はお前の方が得意だろ?」
「……まず消耗品の減り方が早すぎる。もっと節約させることだ。で、この酒やら卑猥な雑誌やらの要望の多さは何だ」

イドルフリートは渡された紙に書かれたスペイン語を、僅かに時間を掛けながら読んで眉間に皺を寄せた。コルテスは航海士の説得を始めるべく、近くの灰皿に煙草を押しつける。煙草の断末魔が潮風と手を取り合って海に消えた。

「イド。この船には長期間、男という生き物が暮らせるだけの娯楽が圧倒的に少ねぇ」
「だから昨日みたいに、ストレスが溜まった者たちを集めて、無礼講をするんじゃないのか。声の掛からなかった数人が煩いんだが」
「そこでな」
「うん」
「あのな、落ちついて聞けよ」
「ああ」
「……娯楽を求めすぎたせいで酒が底をついた」
「……は?」
「昨日ので、酒が、もうない」
「な、い?」
「ああ、一滴も」
「……この低能ッ!!」


新緑の目をぱちくりさせていたイドルフリートから徐に繰り出された、凄まじいスピードのストレートを、コルテスはぎりぎり回避した。代わりにインテリ派であるはずの航海士の拳を受け止めた壁が無残にへこんだのを横目で見て、一瞬腹の底が冷える。対してイドルフリートは目を剥いて怒り狂っていた。港に着く前に、と楽しみに取っておいたワインも勿論空にされていることを、バツの悪そうな笑顔で読みとったからだ。わなわなと震える肩に合わせて、ケープに纏う赤い布まで主人の感情を表すように揺れた。

「後一週間弱を酒の一滴もなしに生活しろと。そう命令するんだな、え?お前の統率力と人心掌握の才能は尊敬するが、そういう考えのなさに絶望するよいつもいつも。この前もそうだ。東を右と疑わない奴に、いくら自信ありげだったからといって舵を任せたりする低能がどこにいる!ああここにいたなド低能めが!」

息継ぎもなしに捲し立てたイドルフリートが肩で息をしているのを、コルテスはふむ、と顎に手を置きながらまじまじ見詰めた。同じ船に乗って旅をしてきた期間こそまだ短いものの、付き合いだけはやたら長い年下の青年。彼の怒る顔は幾度も見てきたが…。

「お前、一応俺を尊敬してくれてたんだなぁ」
「なっ!?」

売った喧嘩を買われるでもなく仄々と言い返されて、金髪の下の白い肌にさっと朱が走り、コルテスは口元をにやつかせた。有能な航海士であり歳が多めに見られるイドルフリートだが、実際は30にまで背伸びしても手の届かない青年。それにコルテスは彼の子どもの頃を知っていたから、余計にこういった年相応に近い反応がおかしくてならなかった。

「そんな訳ないだろう言葉、言葉の綾だ!」
「そうか、そうだよ。尊敬でもしてくれなきゃ海まで俺の尻追っかけてこないよなー」
「……っ!」

怒りが頂点に達したのか言葉に詰まる航海士に、やばい言いすぎたと次の攻撃に向け身構えていると、イドルフリートは顔を真っ赤にしながらも大きく息を吐いて、怒りの塊を飲みこんだようだった。その様子に素直に驚けば、色はともかく表情だけ冷静そのものに塗り替えて、イドルフリートはふふんと踏ん反り返る。

「君の言うとおり、尊敬してるには尊敬してるよ。例えば、好いた女性を口説いても口説いても、最終的に振られるところとかね!」
「あぁ?」
「前の陸地で会っていた……マリンダ?そう、そのジャケットを贈った彼女。『もうあの人はこりごり。とっとと次のイイ人を探すわ、もっと若い人をね』と言っていたよ。あの聖地のポテンシャルといい柔らかさといい、彼女は素晴らしい賢女だった」
「おま、やっぱりお前が寝とっ」

口の端を挙げて両の手をわきわきさせて返事をしたイドルフリートに、今度噴火したのは年上のコルテスの方だった。

「てめっ、ガキの分際で大人の色恋に口も手も突っ込むんじゃねええ!!」

百戦に鍛え上げられた男らしいコルテスの手が、イドルフリートのドレスシャツを掴む。白を突き破る黒の鎖のついた十字架の擦れる音と、楽しげな吐息が混ざった。形勢逆転し少年のような笑い声を立てるイドルフリートに気が抜けそうになるコルテスだったが、ここは一発厳しく大人としてのけじめをつけなければと息を吸い込む。しかしそれは徒労に終わる。ふと目元に怪しげな色を浮かべて、イドルフリートが己を掴む手を取ったのだ。

「陸地に着くたび女を探しているようだったら、そこに溜まったストレスを私が抜いてやってもいいけれど?」

コルテスに形の良いつむじをさらしたまま、魔力でもありそうな緑が上目に深い色で瞬く。先程の朱が日に焼けない肌に残っており、その横下にある鮮烈な赤い舌が艶のある唇を舐めるのを、コルテスは硬直して見つめるしかない。そしてにんまりと彼は笑い、空いている方の手でさらりと、そう、さらりとコルテスの局部を撫でて離れた。

口の中で悲鳴をあげて掴んでいた彼の手を離す。とうとうイドルフリートは大声で笑って、「ストレスは適度に抜かないと」など軽口を置き土産に部屋から逃げ去った。

「あいつ、あいつっ……!」

喧嘩では勝っても、色恋沙汰方面では彼に負けっぱなしであった過去が頭に駆け廻り、一度抜けそうだった蒸気が再び頭に溜まっていく。潮風に当てられて勢いよく閉まったドアの音が耳を打ち、諸々の件を込めて一発殴りに行くためコルテスは金色の影を追いかけた。


イドルフリートは船長室を出て、廊下の角を曲がった所でへろへろと膝をついた。例の手を胸元にぎゅっと手繰り寄せ、人には見せられないほどに崩れた顔をもう片方で覆う。

(ああ、もうどうしようもない……)

そして、すぐ追いかけてくるであろう船長から逃げるため、すぐに立ちあがり駆けだした。





船乗りは今日も歌う。錨を上げる時、帆を張る時、こまごまとした雑事をこなす時。しかし今日は、船の頭と言っても良い二人が
歌より騒がしく船乗りたちの目を引いていた。

「デッキで船長とイドさんが喧嘩し始めたぞ!」
「おおお、それは見逃せねぇな」
「俺、船長が最終的にイドさんにゲンコ。一票」
「いやいや、何だかんだイドさんの回し蹴りがテクニカルヒット、船長が海に落ちて俺らが慌てる。三票」
「なんだそれ!」
「それにしても、イドさんが来てから色々おもしろくなったよな」
「船底とか嵐でついた若芽かき集めて、栽培しちゃうんだもんなぁ。発覚した時のあの船長の顔!」
「そん時は喧嘩の末に二人とも海に落ちそうになって、俺ら慌てたよな」
「結局どう転んでも俺ら慌ててるな!」
「違いねぇ!」

剣や銃や体術など忙しい喧嘩をしている二人の勝敗の賭けに誘われ、先程イドルフリートに声を掛けた若い船員は、「頭の尻尾までピンクちゃんな船長に負けるはずなどないっ!」との叫び声を聞いたのをいいことに航海士の方へ賭けたのであった。







コルテスさん大好きだけど、素直になれないからとりあえず船長の小指は寝とっちゃえ!なイドさんでした(違










人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -