朝起きると、ローランサンの口から枝が三本生えていた。

「ひひぇーるほはへぶっ」

気づいた時には、手に持っていた新聞で奴の頭を叩いていた。まさか朝一で攻撃されるとは夢にも思わなかっただろうローランサンは、何のブロックもなく衝撃を諸に受け、机の上に沈んでいる。今日の朝刊、先日誰かさん達が夜中に大仕事したしいつもより分厚いもんな。地味に痛い筈だ。

考えるより先に手が出るようになったのは、この相方からの悪影響に違いないから、僕は絶対悪くない。

ローランサンは木目調の板に顎を付けたまま、目だけで批判的な視線を送ってくる。口をもごもごさせながら抗議しようとしてくるものだから、今度は思いっきりその細い緑の棒を収穫してやった。

「うあっ!」
「口に物を入れたまま喋るな。意地汚い」
「……はいはい悪かったですねー」

もぎ取った枝は、いらない広告と一緒にゴミ箱へ。そのまま机と仲良くしている相方は、「イヴェのせいで種飲みこんじまった」などとむくれている。知るかそんなこと。ここで僕はやっと椅子に座ることができた。ローランサンといると、休みでも何かしら疲れるから不思議なものだ。

「で。口で何を栽培してたんだ」

机に肘をついて尋ねると、ローランサンは鼻歌で返事をした。調子っぱずれの音程は聞き取り辛いが、有名な旋律が功を奏して、何とか解読できる。うろ覚えのシャンソンが辛い恋を歌うけれど、全くローランサンの柄ではないため違和感しか感じなかった。

「さくらんぼ?」
「ん。この時期どこでも馬鹿みたいに売ってるだろ?だから食べたくなって」

ローランサンは頭を起こし、買いだめしたパリジャンを切り分けて置いてある籠の後ろから、何かを取り出した。そこには、死角にあって今まで見えていなかった、硝子椀一杯に山積みされたさくらんぼ。赤い衣を身にまとったイヤリングが、太陽を反射して瑞々しく光っている。今が旬にあたるさくらんぼは、確かに三個も一気に食べたくなるほど美味しそうだった。

「余ったら、傷む前にジャムにしても良いし、材料さえ揃えばクラフティとかぱぱっと作っちゃってもいいし」
「クラフティか、懐かしいな」
「懐かしい?」
「ああ…、昔よく母さんと妹が作ってくれたんだ」

グラタン用の大皿で焼かれた、これでもかという位大盛りの焼き菓子を思い浮かべると、自然に口元が緩む。小さい頃は四人でも多いクラフティを、父さんと二人で必死に詰め込んだものだ。僕は束の間現れた思い出に浸った。

向かいに座るローランサンはというと、珍獣でも見るかのように目を丸くしたと思ったら、続いて何を思ったのか口をへの字に曲げた。18超えた男がそんなぶすくれても、可愛げは欠片もないのに。

それはそうと、さくらんぼの話をしていたら本当に食べたくなってきた。腕を伸ばして一つ手に取る。朝一番に買ってきたのか、実はまだ冷たくて汗をかいている。僕は丁寧に枝を切り離して、ハートの形をしたそれを口に放り込んだ。途端に甘さと酸っぱさが絶妙なバランスで口中に広がり、素直な感想が口から漏れる。

「美味い、これ」
「そりゃあ時期だし。俺が見繕ってきたし」
「……盗ってきたのか」
「棚から崩れる位あるんだ、地面に落ちて駄目になる前に一籠かっさらっても問題ない」

目立つ赤をどうやって見つからずに持ってきたのか気になったが、それはローランサンの企業?秘密だろう。まぁ良いかと適当に相槌を打ち、もう一度さくらんぼを手を伸ばした。その寸前、二対の藍色がキラリと不穏な色を灯す。はっとして警戒するにも遅く、ローランサンは既に身を乗り出してきた後だった。僕が食べようとしていたさくらんぼは、瞬く間に相方の口に指ごと消えていく。思わず叫んで引っ込めようとしたら、反射的なのかわざとなのか、思いっきり口を閉じられた。がりっという音が耳に届く。一度大きな痺れが人差し指の第二関節を襲って、徐々にじんじんと痛みが這い上がってくる。

「おい離せばかっ!痛い!」

やべ、やっちゃった。そんな声が聞こえてきそうな慌てぶりで、ローランサンは口を離した。一緒にもれなくさくらんぼも付いてくる。おいこら。

「口に一度入れたもんは出すな!戻せ!」

相方の首が傾げられた。

「イヴェールの指をもう一度食えと?」

近くにあった新聞が再び火を噴いたのは言うまでもない。ローランサンは今日も元気に馬鹿である。

その後親鳥よろしくローランサンにさくらんぼを返却し、そういえばぶすくれた理由は何だったのかと問い正せば、「何でもない」の一点張り。けれど、まだ傷む気配もないのに、午後にせっせと作られたクラフティが美味しかったから、僕は許すことにしたのだった。










タイトルは某シャンソンからです。
最近の盗賊さんへ一言。おまいら仕事しろよ。












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