朝と夜に冬の気配が見え隠れしてから、そろそろ半月。昼間はまだ夏の名残が鬱陶しいが、それは屋外に居る時の話で、日陰の中に入れば涼しい風が快適な空間を提供してくれる。この時期は結構過ごしやすい。そんなとりとめのない考えを、寝息で相方は同意した。

呼吸音による耳からの刺激は、脳内の思考を内部から外部へ移動させた。活字を追っていた目はひどく疲れていて、数回瞬きすれば目の端にじんわり涙が溜まった。人差し指でそれをぬぐい、陽射しの差し込む窓の反対側、大人がぎりぎり横たわることのできる大きさのソファの方を見やる。時間は大方、仕事のあれもこれも生活の雑事も片づけた、お昼時過ぎ。時計を確認すると大正解で、調度そんな時間だった。

程良い疲れと、久しぶりの美味しい昼食で満たされた腹は、睡眠欲を掻きたてるのに十分だったようだ。ソファの背もたれに顔をうずめながら、ローランサンは器用に寝息を立てている。ふと、午後の太陽が銀色の光をちかり、反射させた。注視すれば、彼の手元にひと振りのナイフがあった。刃こぼれ、若しくは曇りがないか確認していた内に、眠ってしまったのだろう。危険だ。

僕は読んでいた本を閉じて、絶好の昼寝空間に置いてきぼりにされた静かな秋の午後の空気を、僅かな間満喫した。夏になかった風の軽さが季節の変わり目を運んできて、どこか違う場所に立っているような、不思議な心地になる。若干、すいよすいよ能天気な音が邪魔をするけれども。

本を閉じれば当然、ぱたりとこもったような音が響く。それを皮切りに一歩立ちあがって、のどかな昼下がりに唯一似つかわしくない凶器に手を伸ばした。僕が本を読んでいた椅子は、ソファのすぐ隣だ。何もこんな休みの日にまで隣に居なくても良いだろうに、と思わないでもない。しかし、約数年間仕事も生活も一緒に過ごした結果得た慣れというものは、恐ろしいものであるらしかった。やることも何もない、一年の中にただ埋もれるだけの日でも、その気配が遠くにあれば違和感を覚えるのだ。パンとワインを買ってきて、いざ袋を開ければリンゴを買い忘れていたことに気付いた時のような、古本屋で買ってきた当り本の続きがどこにもないと分かった時のような、何とも言い難い感覚。

まあそのことは横に置いておいて。左手が握りしめる色あせた柄をなぞると、やっぱり昼寝に似つかわしくないさわり心地がした。ひょいひょい指を一本ずつはがしていく。指の腹も付け根の胼胝も固い。エペノワールを振う時は大体左手を軸にしているのだろう。きっと右手はもう少し柔らかい筈だ。僕の指にも胼胝くらいあるけれど、種類が違う。所謂ペン胼胝。ノエルに手紙を出すたび痛むそこは、思えばローランサンほど長い付き合いではない。ノエルの住む故郷はここより一足早く冬が来るから、またその前にその痛みと付き合うことになるだろう。

そういえば、ペン。昨夜一つ駄目にしてしまったから、買いに行かなければ。

本を読んでいたからか。状況を把握することより、内側へ深く潜ろうとする思考は、取り留めのないことをつらつら浮かんで沈めてを繰り返し、不意に開いた藍色を見逃していた。気づいたのは、寝ぼけ声が疑問符付きの自分の名前呼んでからだった。

「おはよう。よく寝てたな」

声をかければ、あー、んー、と二三個呻く。睡魔の残滓はしつこいようだ。僕は調度目を覚ました本人から、重力に従って床に落ちそうになった件の物を取り上げる。床に堕ちていた鞘へ丁寧に仕舞い、今まで僕が座っていた方の椅子へ軽く投げた。目の前に立つ僕と、ナイフの行方を交互に追いながら、ローランサンは首を傾げた。目を擦っている。まだ眠いらしい。変な方向についた寝癖が、半分開いた窓から渡る風にふらふら靡いた。

「……今、あさ?」
「昼過ぎ」
「そうか…あさか…」
「昼過ぎだって馬鹿」


ふと、ローランサンの目を擦る腕の動きが止まった。無言で僕の顔を凝視する。

「何か顔についてる?」
「イヴェール、こっち」
「こっちって…、っわ、おい!」

意味の掴めない相方の要求につられて僕も首を傾げると、腕を下からぐいぐい引っ張られた。力を加えられた分よろめいて、ローランサンの座る横に膝をつく。

「ローランサンっ!」

何するんだと突っぱねようとして、突然眼前まで迫った手の平に声を塞がれた。何を思ったかこの相方、ごしごしと音がするほど僕の目元をシャツの袖口で拭い始めたのだ。しかも寝起きだから力の制御が出来ていないのか、やたらめったら力強く擦られて、かなり痛い。ひりひりする。慌てて手首を掴むと、未だぼんやり霞む視線にかちあった。分かっていたが、これは確実に寝ぼけてる。

「痛いなこの野郎!」

悲しいかな、折角の麗らかな午後の雰囲気は、腹からの怒鳴り声で打ち破られてしまった。稼働していない頭を稼働させないままでいる相方は、むずがって腕を振りほどこうとする。何だこの幼児みたいな寝ぼけ方は。脳内年齢に意識が従ったのだろうか。酔った時の行動より性質が悪い。そうこうしているうちに、元から馬鹿力なローランサンは腕の自由を無理矢理もぎ取り、一発殴って覚醒させようと握りしめた拳を掻い潜って、加減なしに僕の頭を引き寄せた。ぐきりと嫌な音がして、更なる鈍痛に一瞬固まる。そして追い打ちが、袖口擦り攻撃にあったのとは反対方向に、濡れた生温い物体。

「い゛っ」まで言いかけて固定された唇は、呼吸も忘れた。背筋に得体のしれない震えがぞぞぞと駆けあがってどこかに飛んで行った。僕の目元をのんびり舐めていった舌が持ち主の口内へ納まると、そこからしょっぱい、だの感想がこぼれる。知るか。

「……おい、一体何のまねだ」

混乱と驚愕は、おどろおどろしい声音となって腹から捻出された。しかし、今の状態の奴には微塵にも効果がない。加えて、自分の思うまま行動したのに満足したようで、またうつらうつら顔を俯かせ始めた。それでも一応、問いかけには応える気があるらしく、たどたどしく言葉が紡がれる。

「イヴェール、だって、泣いてた、し…」

頭にハテナマークが敷き詰められて、一拍遅れて理解した。先程瞬きした時に流れた物が拭いきれておらず、それを寝ぼけ眼で見た相方は、純粋な親切心で拭おうとしたのだ。悪気がないわけだ。恐らく恨むべきは相方自身でなく、彼を襲っていた睡眠欲なのだろう。睡眠欲と、調度いい陽射しと、美味しい昼食。怒る気力がみるみる萎えていき、僕はやる瀬のなさを溜息につぎ込んだ。すると、脱力感と、途轍もない疲労感が一気に降りかかってくる。

「……」

再び呑気な寝息を立てて夢の国へ旅立ったローランサン。最後にぱたり、と僕の頭を拘束していた腕が落ちて、背もたれへ全体重が移り、体が自由になる。無責任に意識を落とした相方は理不尽だと思う。だから腹いせに、半開きのそこへ同じもので触れて、すぐに離して指で思い切りつねってやった。舐められた部分がひんやり熱を持った。







「痛ってえええ!何すんだイヴェール!!」
「何って、2個体の収縮状態にある口周括約筋の解剖学的並置?」
「ったぁ……、は?」
「と、指つねり」











あれ。これ、イヴェールがちゅーって正直に言えなくて、何か難しい言い回しで誤魔しちゃえ。ツンデレ発動!、って話だったのですが……どうしてこうなった。結果、このサイトの盗賊はどっちかが寝てるシチュが多すぎるorzでも睡眠って大切だよ!みたいな話になりました、めでたしめでたし(ちゃりーん













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