「今回は子どもたちに、騙されてもらうしかあるまいよ」
「仕方がない、ローランサンがどう動くかによって、こちらの詮索も捗るものだ」
「本物の輸送路図はどこに?」
「それなら…」





大人と二人と子ども一人が横に並列できる程の、竹藪の緑に埋もれた道は、昼間でも薄暗い。イヴェールたちはそこで蹲って今か今かと時を待っていた。

「賊が出ないどころか、荷さえ通らないな…」
「もっとあっちの方で、とっくに襲われたとか」
「そうだとしても、荷をもった奴らがここを通る筈だろう!」

しん、と風だけが通る道の遥か先を、イヴェールは「何をこしても、ローランサンは関係なかったんだ」と呟き見つめた。子ども達は途端に口をつぐんでお互いを見やる。しかし安堵したのもつかの間、イヴェールに氷のようなひらめきが、脳天を駆け巡って、弾けるように走り出した。

(変だ、輸送路にするにしても、こんな竹藪は狭すぎる。それに、今回の荷は前回より多いって……)

嫌な予感が絶え間なく喉を締め付け、呼吸さえ難しい。イヴェールは竹藪から躍り出ると、すぐさま周囲を見回して、異変を探した。心臓が喉元まで来ているみたいだ。どっ、どっ、と打たれ続ける小さな鐘は、目を凝らし耳を澄ます程に大きく早くなっていく。そう経たない間に、近くの雑木林で叫び声と鳥が飛び立つ音が上がった。

「……っ!」

反射的にそこへ駆け込む。そして予想に予感に違わず、行われている剣戟とその奥に時折ちらつく荷馬車を認めて、イヴェールは咄嗟に小石を投げた。イヴェールの存在に気がついた数人が、あまり良くない形相をして向かってくる。その前にもう一度、と小石を拾おうとして、自分のとは違う指が視界にあり、顔を上げてイヴェールは息を止めた。ざり、と土を踏む音がどこからともなく響いた。

「ローラ、サ…」
「っ!危ないっ!」

何が起こったのか、良く分からなかった。はっと我を取り戻すと、居ないはずの彼がイヴェールの腕の中で、右腕を抑えて蹲っている。その背後には、剣を振りあげた男が舌打ちして去っていく様子が見えた。

「ローランサン!」

抑える左手が、赤い。力を失くしていく体をどうすることもできずに、イヴェールは唯ローランサンの名前を呼び続けた。





「イヴェールお兄様」
「ノエル」

銀髪をを二つに分け、緩く三つ編みにした少女が、微笑みに気遣いを浮かべてイヴェールを呼びとめた。

「ローランサンの怪我は、そう深い傷でなかったようです」
「……そう」
「行かれないのですか?」

ノエルは顔面を蒼白にさせている兄へ、彼女は微笑みを崩さない。そのいつもと変わらない雰囲気に、イエールはついぽろりと零してしまった。

「ローランサンは、どうしてあんな所にいたんだろう」

正しい輸送路を知っていたのか。どうやって、何のために。一旦零した水が元に戻らないように、イヴェールの口から疑問は滑り落ちた。考えれば考えるほど、いやな考えになっていき、それがどうしても厭だった。本当は、わかってしまったことなのに。

「だけど、僕を庇ったのもローランサンだ」
「……」

涙だけは堪えて、イヴェールは力なく笑う。ノエルはふっと眉を下げると、口を開いた。

「ローランサンは流れの者、その所為なのかあまり他人と交わろうとしません。お兄様以外は。何かの時、一番に疑われると想像はついていらしたのね?」

イヴェールは迷ったが、頷く。今まで彼と一緒に居たのは。―――初めて会った時のことが頭をよぎる。放せ、と暴れる彼をこの前のように手当てした。名前を聞いた時の揺れた藍色は綺麗で、今でもイヴェールの心の奥底に仕舞ってある。そうだ、そこからの季節を過ごした彼は、イヴェールにとって大切なのだ。

何も言わず兄を見ていたノエルが、今度こそ一片の曇りもなく微笑み、細く息をついた。

「大切な人、好きな人を信じたいという気持は当然のことですわ」

領主の息子に産まれたイヴェールにとって、疑うことは息をするように自然な事でなければならなかった。力強くイヴェールの手を握り込む妹を抱きしめて、イヴェールはそれでも、と心のうちで声を張り上げる。疑うことのまえにまず信じることができれば、どんなに幸せだろうか。疑いなんて何もなく、ただ一緒に居られれば、どんなに幸せだろうか。
イヴェールは、ローランサンを信じたかった。





「そこをお退きください」
「駄目だ、まだ彼は怪我している。まともな答えなんて得られないと思うけど」
「ですが、」

ローランサンは扉の表側で交わされるやり取りを聞いて、静かに膝を抱えた。







夜半過ぎ。イヴェールは物音で目を覚まし、外の闇に消えて行く見慣れた姿を見つけた。どこへ行くのだろう。イヴェールは半ば夢の中にある頭をひきずり、彼の後をついていく。夜の森、イヴェールは慣れず何度も躓きかけたが、ローランサンはそのような事もなく進んでいった。道を右へ、また右へ、次は左へ、と言う風に曲がりながら歩く彼を、イヴェールが息を飲み追いかける。闇がローランサンを呼びとめたのは、長いような短いような、そんな重い時間が流れたすぐ後だった。

「待たせたな、ローランサン」

木陰から現れた男は、頭にかぶった物を軽く上げて、口の端を釣り上げた。そこから零れた髪は、赤い。ローランサンは間髪いれずに返答した。

「最近疑われてるんだ。あんまり報告できなくなる」
「構わんさ。今日で最後だ」
「……最後?」
「この5年、お前の働きぶりは相当だったな」
「そんなの、あいつらが殺された時に比べりゃ何ともない」
「輸送路の騒ぎで、この国の連中の注意をそっちに向けることができた。お陰で、見てみろよ」

饒舌に捲し立てた男が指差した方向を向き、イヴェールは、ローランサンでさえ眼を見開いた。山の中腹から麓にかけて、木々の影へ隠れた松明の光がここからでもはっきり確認できる。

「ここまで軍が迫ってきたことに、気づいた奴はいなかったようだ」
「いよいよ……か」
「ああ、あれだけいれば、今晩中に、な」

口元をゆがめて男が言った内容に、目の前の光景に、イヴェールは痺れたように硬直する。どうして、どうして、どうして

「領主の一家を皆殺しにして、制圧できる」

次に肩を凍らせたのはローランサンの番だった。

「欲しいのは、鉱山だけだろ。何で皆殺しなんだ?」
「この国について報告してきたのはお前だろ。上のモンが一人でも生きている限り、他の奴は従わねぇ。だからそう命令がいってる」

固まったローランサンに男は何を思ったのだろうか。品のない笑い声を上げてこれからの逃亡の算段を組む男が伸ばした手を、ローランサンは振り払った。ぱしん、乾いた音が、黒に吸い込まれる。

「……っておい。何で左手出すんだよ。ひねくれてんな…ああ、怪我したのか」
「あんた、戦には参加しないのか」
「当然だろ。大国同士がぶつかるなんて戦いだったら、心も踊るってもんだが、こんな弱い者いじめみたいなんなんてのはねぇ」
「……っ」
「まあ、俺は逃げるぞ。お前も来るにしろ着いてくるにしろ、もう勝手にしていいぜ」

最後、盛大に笑って道を下っていく男を見送り、ローランサンはその背中へ「…俺は左利きなんだよ」と唾を吐いた。そして来た道を戻ろうと振り返り、呆然と姿を現したイヴェールと対峙する。ローランサンは、最初からイヴェールが居ることに気がついていて、今までのやりとりを行っていた。今日は雲が多い。けれど気まぐれに分厚い層から顔を出した天の都が、どうして、と繰り返すイヴェールを照らす。

「イヴェ、」

不意に、ローランサンの脳裏に赤い走馬灯が蘇る。自然に声は荒くなった。

「…そうさ、俺の住んでた村は、突然、こんな風にして襲われたんだ。お前の国の、同盟国にな」

父さんも母さんもそこで死んだ、大切だった幼馴染の少女も見捨ててしまった。人だけじゃない、記憶が詰まった家も、家畜も、好きだった突き抜ける青い空だって、赤い火に呑まれて死んでいった。

「そうだよ、お前の所の同盟国も、それに加担するお前の国も、俺はだいっ嫌いなんだよ!」

イヴェールはひゅっと息を吸い込み、ローランサンの胸倉を掴んで顔を寄せた。かなしい、つらい、まるで火のように熱いだけの感情が、涙で消化される間もなくイヴェールの中で生産されて、ところどころを焦がしていく。頭が、真っ白になった。

「裏切り者…っ」

どうして、信じていたのに。信じたかったのに。血を吐くような叫びでローランサンをめった刺しにし、イヴェールは乱暴に手を話すと、すぐに屋敷まで全速力で走りだした。ばたばた、遠ざかる音。それが二人の道が引き裂かれたことを明示しているようで、ローランサンは表情を昏くする。

「……でも、イヴェールは気に入ってたんだけどな」

もうそこの傷は癒えてしまったけれど。ローランサンは左手を見て、ひたひたと訪れる絶望感に身を浸した。
















はい!ここで!終わりです!やっちまったぜ…

反省と言う名の言い訳。いや、この続きもあるんですが、そこまでやる勇気がなかった…し、それを考えるとキャラを増やさなあかんかったから、な…でも満足!最後を言うならば、イヴェールは生き伸びて、その身代わりとなったローランサンは死んじゃいます。シリアス。

原作は、本編の番外編にあたりますが、本編ともどもすごく面白いので、興味のある方は是非!白☆泉☆社☆です。

そして実は原作の舞台が戦国時代辺りの日本だとか言ってみる。いや、日本日本しくイメージしてかかなか…ったと思うから、そこらへんは自由なフィーリングでどうぞ!













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