イヴェールにはめ込んであるサファイアは、スターサファイアだ。まじまじ眺めると、その瞳のなかに六条の光の輝いていることが窺える。片目になる筈のルビーが中々見つからないのは、同じように強く輝くスタールビーが最近市場に出回ってないからだった。

「別にそこら辺に転がってる赤っぽい石、磨くだけで良いって」

そうぼやいた人形は、無造作に銀糸を後ろで束ねて、窓の外を見上げていたローランサンに同意を求めた。毎夜こうして髪を括って癖をつけてよく不審がられないな、とイヴェールは思案するのだが、ローランサンが何も考えず、ただ自分のぼやきを聞いてこのリボンを手渡してくれたことを思い起こせば、苦笑に近い緩やかな気持ちが湧いてくるので、黙っているのだった。

「サファイアも、サファイアでなくて良かったのに。僕はローランサンの目がいいな」
「俺の目?」
「ほら、ちょうど夜の空を切り取った色で、綺麗だから」

くるりと振りかえって首を傾げた彼に近づき、瞼をそっと撫でる。慌てて閉じられたその膜に少し残念だと思った。直に触れてみたい、と言えば引かれるだろう。しかし実際に言葉にしなかったので、ローランサンはむずかるようにイヴェールの手を享受し、小さく笑った。

「俺の目なんかより、よっぽど価値があるじゃん。それ」
「なら交換しない?」
「…まあ、イヴェールのルビーが見つかったら考えてやるよ。俺は、お前の両目そろった所見たいから」
「覚えてろよ、その言葉」

口元を上げて悪戯っぽい表情をしたローランサンは、確実に成長している。出会った頃よりも。身長はしなやかに伸びて、子どもっぽさしかなかった顔立ちは時々、驚くほど大人びている。少年と青年の間に挟まれて揺れ動くこの時期の人間は、全員こうも儚さに似た色気を持つのだろうか。それに比べて、片腕、片目はついたものの、何も変わらない自分の体に溜息を付きたくなった。いつか、この見た目の歳も追い越される日がきっと来て、ローランサンは過ぎ去ってしまう。怖かった。未来のことを考えると、途端に足元から暗い恐怖が湧きあがって、自分を呑みこんでしまうようだった。

何のために自分は、この人形なのだろう。

「イヴェール、今日は良いもん見せてやるよ」

ローランサンの声でふと我に返れば、撫でていた手を取られ、窓辺に連れてこられた。ローランサンは一旦イヴェールを窓に残し、部屋の明かりを消して回る。徐々に、月明かりが部屋を満たしていく。前日雨が空を濡らしたからか、一昨日よりも星が綺麗に眺められた。

戻ってきたローランサンは、窓を開け放し、外へ向かって枠に腰掛けた。彼にならって隣に座ると、空を見上げているように視線で促される。大人しく従い、イヴェールはローランサンの見ている先を、夏の夜空に探した。

視線をさ迷わして数分、遠くに鳴く虫だけが沈黙を侵すものになった頃、強い閃光が尾を引いて空を切り裂いた。

「……流れ星……」
「そ。ぺる…何とか流星群が今夜一番見れるらしい」
「ああ、ペルセウスだな。母親と一緒に川に流された、英雄の」
「よく知ってんなぁ」
「お前に借りた本にあったんだけど」

ローランサンは活字の一切が苦手だ。家にある本を適当に見繕って持ってきてくれるのは歓迎するが(彼と違って、人形のくせにイヴェールは本好きである)、タイトルを確認するのも怠っているらしい。だから神話関係のものだったり、時には数学の論文と恋愛小説を同時に出されたりする。

溜息をつく間に、空には、宇宙間の彗星の残骸が地球によって焼かれる光がいくつも流れた。横から横へ、下から上へ、上から下へ、視線の先から二人が座る窓へ。

「ならイヴェール、これは知ってる?」

斜めに走る光が過ぎてから、ローランサンは静かに口を開いた。流れ星の効果を淡々と語った口に、首を横に振ったイヴェールは思う。

いくら天の悪戯で命を与えられたとして、所詮イヴェールは人形。欲の強い人間になれない。流れ星が願いを叶える物でも、何の願いも欲求も全く浮かんでこないのは、イヴェールに与えられた感情が薄い証拠だ。それがまた一つ、ローランサンとの違いに壁を突き付けられたようで。

躊躇いながら重ねられた手を外し、地上に墜ちる星屑の数を数えた。

願いがないということは、今この瞬間が一番満ち足りているということを、イヴェールは最後まで気づかない。














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