仮初の命、ふわふわと息吹の流れるままに弄ばれて、行き着いた先はある男のつくった人形の中だった。





ローランサンは、夜中に物音で目を覚ました。かた、こと、と固いものに何かをぶつけているような、そんな音がする。折角の心地いい眠りを邪魔されて、唸りつつも、鳴りやまない音に父親が起きたのだろうかと首を傾げた。窓を見ると月はもう空に居なくて、太陽の目覚めも近い時刻。もうすぐ16歳を越えるし、闇の向こうを恐れるほど幼い性格でもなかったから、断続的に続く音を確認しようと寝台から降りた。

部屋から外へ出て隣には、父親のアトリエが隣接されている。父親は有名な芸術家だ。膨大な、そして大きい作品を収めるためにアトリエは離れになる。物音はそこからしているようだ。徐々に白んでいく空の端を光源にして、窓を伝い、初夏の冷え込んだ空気を含む外へ出る。地面は薄く緑が覆い茂っているので、汚れはしても怪我をする心配はあまりない。すぐアトリエの入口へ至ると、鍵の存在を失念していたことに気付いた。けれど錆ついた南京錠があるというのは、物音の主は父親含めローランサンの知る人物でないということ。少し思案して、裏に回る。ローランサンでも届くような位置にある、一番端の窓。父親は、いつもそこの施錠をしないのが癖だ。無事に開いた入口から、ローランサンは未知の音を探りにアトリエ内に入った。

「オギュ…?」

二階建のアトリエは、歩くたび木目の床が音を立てる。一応、父親の名前を呼びながら、物音を探すようにゆっくり廊下を歩いて回った。階段を登り始めて、すぐ向かいにある部屋。今まで一番、物音が近くに聞えて、ローランサンは手を握りしめる。父親じゃない。父親の手伝いに来ている人でもない。なら一体、何なのか。近くの森から来た野生の動物だろうか。そうであって欲しい、彼は祈りつつ、強張る腕をのろのろドアノブに掛けた。

ふわり。扉をあけると、感じるはずのない風を、頬に受けた気がして目を眇める。目をこらすと、受けた気がする、というのは半分本当で、半分嘘だった。横の高い位置にある木枠の窓は、きっちりと鍵がかかり閉ざされていた。しかし、その窓を覆うカーテンは、風に靡くように、ふわり、ふわり、緩急をつけて揺れていたのだ。

もちろん驚いて、息をのむ。怖くなかった闇が急に、背後に迫っているのを生々しく感じ、心臓が急に走り始める。

もうひとつ、ローランサンには更に心臓を縮こまらせるものが待ち受けていた。彼は誰時の闇を揺らす、美しいテノールがローランサンにその存在を知らしめる。

「子どもの夜遊びは、あまり関心しないよ」

ローランサンは声のない悲鳴を上げて、肩を凍らせた。そして極めつけは、物陰からゆっくり姿を現した、声の正体。両目と両腕のない美しい青年が、ローランサンを見てにこりと笑ったのだ。







「懐かしいね。そこでお前絶叫して、逃げようとしたけどこけて気絶したんだよな」
「忘れろよそんな昔のこと!」
「忘れるわけがない、あんな面白いこと」


ぎりぎりと歯を食いしばって顔を赤くする18歳のローランサンを見て、イヴェールはくつくつ喉を震わせて笑う。二人が今談笑(?)を交わしているのは、二年前に初めて会った時と同じ、夜のアトリエの一室だった。イヴェールの顔には、本来左目にあたる所が包帯で隠されていて、右目は蒼い宝石だ。腕は片方無い。

あの後ローランサンは、騒ぎを聞きつけて飛び起きた父親に介抱され、流石に自分が体験した怪談もどきの真相を話すわけにもいかず、青年の部分を狸に変えて言い訳をした。それでも見たことには変わりない。好奇心の抑えきれない年頃だったからこそ、また次の夜の同じ時間に、同じ部屋へ忍び込んだのだ。そして、またこの男に会うこととなる。

イヴェールは、信じられない話だろうけど、父親が今何年もかけて制作している人形だ。夜の間だけこうやって、人間のように動いて話せるらしい。ローランサンも、また逃げようとして首根っこを捕まえられ、本人から長い説明を受けて以来、まだ時々信じられないでいる。信じているのは、昼間にアトリエに入って、父親が実際その青年を“つくっている”のを見ているからだ。出会った時無かった片腕があるのもつくり途中だったからだし、今では不気味に空いていた片方の空洞も、サファイアが埋め込まれている。もう片方は、ローランサンが提供した包帯でぐるぐる巻かれた。

「イヴェールってさ、昼間はどんな感じなんだ」

不貞腐れた表情のローランサンは、わざと壁に頭をぶつけて尋ねる。奇妙な友人は、ひとつ瞬き、首を傾げた。

「さあ。感情も薄れるから、よく分かんない。強いて言うなら、自分の体を上から観察してる感じ。ローランサンが居るのも見えてるぞ」
「…それって幽霊じゃん。や、幽霊より、幽体離脱か?」
「違いない」

父親はどちらかと言うと彫刻の方に名が広いので、人形をつくるのは稀なのだ。昼間のイヴェールは、薄く伏せた瞳に、ゆるく微笑みを浮かべて椅子に腰掛けられていることが多い。その様は“人形”としか言いようがなくて、ローランサン以外、こんな人間臭く笑ってるイヴェールを想像できないだろう。そこに僅かばかりの優越感を感じて、ローランサンは気づかれないよう小さく舌打ちをした。










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