昨夜、イヴェールは徹夜で本にのめり込んでいたらしく、ソファーで沈没していた。傍らには、徹夜に付き合って住処に戻れない本数冊。飲みかけのコップ(中身は水だ)。ずり落ちて役目を果たさない毛布。

用事があって朝市に出かけていた俺は、朝目が覚めてから見た時の光景が何にも変化していないのを確認して、溜息をついた。もうそろそろ昼が近いのに、相方はぴくりとも動かない。


「折角朝めし作っておいたのに、」


調理台に置いておいた軽い朝食も、やっぱり変わった痕跡は無い。出番を奪われたパンやらスープやらは、まあ昼と夜に持ち越せばいいか、と一人ごちる。イヴェールがそれを口にする可能性は限りなく低いとは予想してたから、長持ちする食材を選んでおいたのだ。

ふと、朝市で購入してきたものにおまけがあることを思い出し、ちょっとした悪戯が頭の中で閃いた。


「……」


急いで、買い出しのお供の布袋を漁る。底の方に、いや、端の方に適当に突っ込んでおいたはず。

程なくして見つけたそれを、そっとイヴェールの頭に飾った。



おまけ、は顔見知りの花屋の店員から貰った造花。ピンク色したバラを真似たもので、手のひらに納まるくらいの大きさ。
イヴェールのいつも結ってる髪は今解かれていて、肩に流されている。波打つ銀髪に、その淡い色はすごく映えた。


「…あ、れ?」


俺は、笑ってやるつもりで花をイヴェールに飾ったのだ。
いくらイヴェールが女顔負けの美人だとしても、男に変わりはない。男に花なんて、寒いだけだろう。と、高を括ってたのが間違いで。


そろそろと造花を一旦取り除け、近くにあった紐に括りつけて、もう一度しっかり取り付けた。


「……!」


何だか、心臓が早くなってる気がする。無意識に一歩後ずさって、俺は口元に手を当てた。
驚いたのは、あまりにも気持ち悪かったからじゃない。あまりにも、イヴェールとバラの組み合わせが似合いすぎていたからだ。元々整った顔立ちが、花の相乗効果により雰囲気が変わって、更に人形めいた綺麗さを引き出している。

開いた口が塞がらない、という体験を身をもって堪能して、俺はよろよろ後ずさり続けてそのまま逃げるように部屋を出た。








「で。言い訳はそれだけか」

「それだけです…」



そのまま部屋を出たということは、イヴェールをあのままの状態で放置したこと。当然、間の悪いことに俺が部屋を出てすぐに起きた本人は、すぐさま頭上の違和感を発見し、迷うことなく犯人を殴った。自業自得の鈍痛を今回ばかりは享受する。


「全く、男に花なんか似合うわけないだろ」


溜息まじりにつぶやかれた呆れ声にこれだけは譲れなくて、俺は断固として反論をあげた。


「男に花は似合わないけど、イヴェには花が似合うの!」

「…さっき鏡見た時は吐き気しか感じなかったけど」

「それは鏡が歪んでるんだよきっと」


イヴェールは没収した例の造花と、力説する俺を見比べて逡巡する。そしてふむ、と頷くと何を思ったか俺の頭にそれを乗せた。


「…俺がやっても駄目だって」


避けようとしてみじろぐと、先を見越した手が俺の顎を掴んで固定される。
後は俺がしたように、一房取った髪に取り付けた。ただし俺の髪は短いので、目の上を通った指は少々苦戦したようだ。その苦戦のとばっちりがくすぐったくて目を細めると、一拍遅れて取り付け終えたイヴェールは動きを止める。


「俺じゃ似合わないだろ?」

「……」


気まずすぎる沈黙を、目と目で交わす。何の反応もないイヴェールに、俺はやっぱり、と思った。花が似合う男なんて、この目の前の男だけで十分だ。


「外すよ?」

「…いや、待て。似合わないとは言ってない」

「似合うとも言ってない」

「じゃあ言わせてもらうけど、」


花が似合う相方は、一瞬言いにくそうに口を開閉させた。案外真剣な表情なものだから、俺も何だか緊張して、居住まいを正してしまう。だけど、次の言葉に、盛大によろめきそうになった。


「ノエルの次、くらいに似合うんじゃない、か?」


窓から吹き抜ける午後の風が、からかうように偽物の花を揺らしていった。









イヴェサン…甘?

甘いの方向を履き違えた感満載の話でした。
ノエルちゃんの次に、はイヴェール的最大の褒め言葉←


それではちばりさん、遅れましたが…しかも甘くなりきれなくてすいませんorz
リクエストありがとうございました!



※五千ヒットお礼文でした。










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