ルキウスと白鴉(五歳)とイリア





身体の根底から命の砂が零れ落ちていく。時間制限を黙したまま告げる小さな灯は、当然小さくなってしまった。僕はベッドの上で目を開けてから、そんなことをつらつら考えている。小さな部屋、小さな窓、狭い家。僕が居るこの全ての空間が、僕達のささやかな楽園。教団を抜け出し追手に纏わりつかれながら、やっと手にした安住の地。でもここは、はりぼて手作り楽園で、近い将来風に吹かれて消え去るようなお手軽な場所だ。早く、早く、この胸の中にある時計が反転する前に、愛しい人たちを安全な場所へ。


「にいさん、」


ぎゅ、とシーツを握りしめた所で、静かな声が静かに入ってきた。ゆっくり身を起こす。


「白鴉。おはよう」

「もう、おひるすぎたよ」

「そんなに眠ってたかな」

「いっしゅうかん、めがさめなかった」


僕が完全に身体を起こすのに合わせ、近づいてきた小さい身体に手を伸ばす。白鴉は残りの距離を速足で縮めて僕の手を掴んだ。その顔を見上げて、僕は言葉を噛みしめた。


「そんな悲しい顔しないでおくれよ」


幼い顔立ちに似合わない色をした表情を、掴まれてないほうの手でさらりと撫でる。ここ数年病魔に侵されてやせ細ってしまった手は、それでも白鴉を包むことが出来る。イリアも、イリアに灯される小さな焔も。今はまだ。
 そう、まだだ。僕の焔が燃え尽きるまで、まだ時間はある。残り少ないその時間はなるべく笑って過ごしたいじゃないか。イリアと白鴉に残る僕の物語の僕は、笑顔が多ければ多いほど彼らの支えになれると思う。だから、僕は白鴉に笑って、とお願いした。


「実は、白鴉とイリアの笑う顔が、僕の栄養分なんだよ」

「…ほんとう?」

「僕が嘘をついたことある?」

「たくさんある」

「…そうだっけ」


白鴉はこっくり頷いた。


「まだやくそくしたほん、よんでもらってない」

「うん」

「まだ、いっしょにおはなみしてない」

「うん」

「いりあをさびしがらせてる」

「、うん」

「ぼくは、…ぼくはへいきだけど」


白鴉は語尾を盛大に震わせて、嘘をついた。嘘をついた代償に綺麗な硝子玉を透明な膜が覆う。僕はそこから今にも降り出しそうな雨にそっと傘を差しだした。


「白鴉も僕に負けない嘘つきだね」

「にいさんには、まける」

「そう?」

「そうだよ」


真面目に肯定されて、可笑しくなってきた。くすくす笑うと、白鴉もつられるように笑う。口元をほっと緩ませてほっとしたように笑む幼子に、ああ同じなんだ、と今更実感した。僕と同じように白鴉、多分イリアも、僕が笑えば元気になってくれる。笑ってくれる。これは傲慢な考えかもしれないけど。
 ふたりで笑い合っていると、唐突にすごい音を立てて扉が開いた。開いたと思ったら、白い光が白鴉を巻き込んで僕に突進してくる。その間、三秒。


「ルキウス!」


白い光、白くて美しい長い髪を振り乱し、僕たちをまとめて抱きしめたイリアは大声で笑った。嬉しい、よかった、大好き、がたくさんつまった笑い声。その声を聴くことができたことに比べれば、若干苦しいことなんて些細なものだ。ただ、挟まれた白鴉を頑張って救出する。目を白黒させている白鴉に苦笑しながら改めて僕から引き寄せた。片手にイリア、片手に白鴉。これがもしかしたら、随分前に本で見た「ハーレム」という状態なのかもしれない。


「良かった…」

「ごめんね、心配かけた。前よりは大分良くなったから」

「ルキウスもだけど、白鴉も!」

「え?」

「いきなり行方不明になったから探したんだよ!お昼寝から目が覚めて、君がいなくなったからびっくりしたじゃんか」

「ご、ごめんなさい…」

「許す!」


イリアは隣にいる白鴉の髪をがしがし撫でた。その手に合わせて白鴉の首もぐらんぐらん揺れる。僕は今度こそ、声に出して笑った。一通り笑って、白鴉がだんだん遠目になっていくのに気付き、慌ててイリアの手を止めた。

小さい窓から、風がすり抜けてカーテンをまくりあげる。その瞬間は刹那、けれど波紋のようにゆらゆらその残滓を残す。そんな風に今この時間、三人で笑い合った事実がいつまでも心を揺らすと信じたい。揺れる布から時折見える空は、その青さでこちらに手を向けて僕を呼んでいた。




ルキウスさんは、ここでは病死(仮)設定。シリアスに、なりきれない…!

因みに、
・ルキウスさんのハーレム認識は間違ってます。
・空知らぬ雨=涙、ということで。










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