1000Hit Thanx!!











無心になる方法。すなわちひたすら調理場にひきこもること。







そろそろお昼時が過ぎようとしていた。隣の部屋では相方が寝ている。普段ならとっくの昔にたたき起してるような時間だ。別に、寝過しているのを放置しているのではない。相方は、只今布団から起きられないような状況。一方俺は調理場にひきこもり、ひたすらクリームチーズを木ベらで練っていた。


 チーズは常温に戻していても、まだ混ぜにくい。

昨夜の夜陰にまぎれるべき仕事、緑色したお姫様を硝子箱から取り出すまでは順調に行った。何しろ侵入する屋敷の下働き(変装して)になって経路を入手したり、情報収集に東奔西走したり。数ヶ月前から慎重に下調べして、やっと迎えた本番だ。もう両手の数だけでは足りないほどやっているどの盗みよりも、成功率は高かったはず。実際に格段に仕事は楽だった。呆気ないほどだった。
 
 ほどよく柔らかくなってきたチーズの中に、砂糖を入れる。多めに。

 しかしその呆気なさに気を抜いた俺たちのせいで、高かったはずの成功率はがくんとマイナス成長してしまう。確かに、あそこに設置されていたセンサーはノーマークだった。でも、前回の仕事の時の緊張感さえあれば見逃さないくらいのもので。うっかりしていた俺たちは、センサーに引っかかって警報ベルで人を呼んでしまい、大立ち回りすることになてしまったのだ。更に悪かった事に、警備員は腕が立つものばっかり。帯剣していた俺はもちろん、相方も久しぶりに拳銃を構えた。相方の拳銃は見せかけだけど。
 そしてその結果が、相方の怪我。正直言うと、相方の肩から流れる赤い血を見た瞬間から、家に戻ってくるまでの記憶が酷く曖昧。まるでもやがかかったみたいに。
 
 別の容器に卵を割ってかき混ぜてから、数回に分けてチーズに流し込む。ほどよくなめらかになったら、小麦粉投入。




「消毒すれば一週間で治る傷だ」
「これは僕の不注意。お前の所為じゃない」
「自業自得だって。だから早く剣をしまうんだ」
「僕は生きてる」
「逃げるぞ」





断片的な記憶のかけらに、イヴェールだけ映っていた。俺、よっぽどこいつが怪我したのに衝撃を受けたんだな。我に帰った時はもう家の中。眼の前でイスに座った相方が、眉をひそめながら包帯を巻いていた。そこからの記憶ははっきり覚えている。


 生クリームを一気に入れた。飛び跳ねた白が指に付く。



「、イヴェール」

「…戻ったか」

「え、」

「いや、とにかくお前はシャワー浴びてこい。反省会は明日だ」


呆然と立ち尽くしていると、相方の指が伸びてきて俺の頬を擦った。離れていった白いそれにこびりつくのは、血。俺の体は、いつの間にか赤いもので全身汚れていた。げ、と一言漏らすと相方は呆れた溜息をつく。


「安心しろ、それは返り血だ。奇跡的にあっちにも死亡者はいないみたいだし」

「あんしん、…って、出来ねーよ!お前怪我は!?」

「今治療中。この包帯の端を蝶々結びにしたら終わり」

「終わり、」

「そう。早く浴室行ってこい。服も洗っとけよ」

「…うん」


  

 レモンの果汁を落としちょっとだけ固まった生地に、温めていたバターを、今度はゆっくり合流させた。最初より木ベらは軽く、ボウルの中をくるくる回る。



 

 その後俺は時間を使って、べったり付着した赤を取り除いた。浴室から出たのは、時計を確認すると長身が半分と四分の一だけ進んだ時間。長風呂だ。イスに座っていた相方は、もう寝室で横になっていた。狭い部屋だからベッドは一つしかない。包帯巻いた肩を上にして横になってる姿を見て、俺の足は自然に隣室にある毛布とクッションを求めて歩きだした。怪我人にベッドを譲るのは当然。寝室のベッドの横にクッションを敷いて、そこで寝る。毛布は暖かい。なのに無性に寒い気がした。眼を閉じると暗闇が広がるのではなく、ただあかい。それはイヴェールの血で、誰だかも知らない奴の血で、油絵のようにべったり塗りつけられた緋だった。





 用意しておいた型に肌色になった生地を流し込む。全部入れ終えてとんとん揺すっていると、その音と重なるように足音が近づいてきた。テンポはとんとん、より少し遅い。


「……何してる」

「イヴェールが起きるまでの暇つぶし」


相方は調理場を見渡してひくっと喉を鳴らせた。


「それ、何個目?」

「多分五個目」

「誰が食べるんだ」

「俺とイヴェールで」

「無理」

「じゃあ賢者のおっさんにお裾分けしてくる」

「それは却下」




 オーブンに入っていたチーズケーキを取り出して、今まで混ぜていたものを代わりにいれる。180度、四十分。俺は取り出した完成品に、成功の太鼓判を押した。


「じゃあどうしろと」

「こっちが聞きたい。お前食費圧迫させる気か?」

「今までイヴェールが食べなかった分を、こつこつ貯めてきました」

「時々出てくるデザートの元はそこからか」

「怪我大丈夫?」
 
「、お前熱あるんじゃないのか…?」


相方は怪訝な顔して俺の額に手を当てた。うん、自分でもちょっと変だなって思ってるよ。足もとに絡みついてきそうな夢の残滓と、イヴェールの腕からちらり見える白い布が、頭をぐらぐらさせてるんだ。今はそっとしといて欲しい。そっとしといて欲しいんだってば。しかし、そうはイヴェールが卸さない。



「熱が出たのお前なくせに。だから今まで起きてこれなかったんだろ?今日はもう寝てろよ、一日中」

「俺だけ夢の中で放っておけるか、お前を」


本当にぐらりと視界が傾いた。と思ったら俺よりほんのちょこっとだけ大きい身体が抱きついてくる。心臓が大きく跳ねる。持っていたケーキは奪い取られて、乱暴に調理台の隅に置かれた。首元にかかる息は、燃えるように熱い。燃えるようなのに、その熱さはまぶたの裏に浮き出るあかをぬぐい去ってくれた。昨日血をぬぐい去った時みたいに。俺は襲いかかってくる安心感に抵抗してもがく。


「イヴェール…、熱さがって無いっ」

「下がった。平熱だ」

「嘘つけ!」

「ローランサン。ケーキに現実逃避してないでちゃんと僕を見ろ」

「っ!」

「僕は、生きてる。死んでない」
 


 その言葉に、力が抜けた。はは、何だ。結局相方には馬鹿な俺の気持ちなんかお見通しじゃんか。怖かったんだ。とてつもなく怖かった。昨日の相方の腕から流れた血。苦しげに歪んだ二つの宝石。人形のような綺麗な相方にもちゃんと血が通っていて、簡単に死んでしまうことが出来るのが。一瞬でも他人を殺してしまいそうになった自分が。夢の中のどろどろと燃え上がる緋が。
 相方の怪我がない肩にしがみついて、顔を埋める。髪の毛を梳く手は柄にもなく優しい。やっぱり熱高いんだろ。そうじゃなきゃ明日は空から槍が降ってくると思う。俺は、心の中で悪態をついて降参した。しゃくり上げないように細心の注意を払って、口を開く。


「いう゛ぇ、」

「何だ」

「ありがと」


空から槍が降ってきそうな微笑みは、一列に並んだチーズケーキだけが見ていた。











何だこのわかりにくい話(@_@;)

ロラサンの現実逃避(ストレス発散ともいう)は、絵を描くか料理するか。
イヴェールは、ツンが邪魔してできない行動を熱の勢いでやってます。

前世の記憶を引きずるロラサン。大切な人が傷つけられるとぷっつん。ためらいもなく剣をふるうようになる。豹変したロラサンを今回はイヴェが頑張ってとめました←文中にかけって話。後で、イヴェ視点を補完するかもですorz


というわけで1000hit記念!ありがとうございました\(^o^)/

チーズケーキの完成品はリアルに載せときます。



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