9.ひねくれてますが何か?




前回の後日談的なもの











雨に打たれただけで風をひいてしまうような、自分の体が恨めしい。昔からそうだけど全身を覆うだるさが、寝具に縫い付ける釘のようで苦手だ。


「イヴェール、起き上がれるか?」


かちゃりと物音を立ててローランサンが部屋に入ってくる。目だけでその音を追った。手に持った盆の上にはリンゴとナイフと紙袋。紙袋は多分薬だろう。僕が寝ている間にわざわざ買ってきてくれたのだろうか。


「起き上がれる、けど」

「なら、少しでも何か腹にいれて薬飲んで」

「分かった」

「すりおろす?うさぎリンゴ?」

「…普通の8等分」


近くにあった机に盆をのせて、ローランサンは渋々リンゴとナイフを手に持った。顔にはしっかり残念、と書いてある。そんなに看病の定番を実行してみたかったのか。変な所でやる気を見せる性格は、初めて会ったときから変わらない。僕はざらついた喉の奥から溜息を吐きだした。


自分の中にうずまいているものを自覚したからか、今までとは見方が変わったことが少なからずある。けど自覚しても、両想いだと確信しても、今さらこれ以上べたべたする気はない。頭の中に元々あった小さな部屋が広がって、別の部屋に居たローランサンがそこに入ってきただけなのだから。部屋が広がっただけなのに、僕達の関係性を変える必要はあまりないと思う。というより、変わるような関係の名前なんてどうだっていい。今、ここにローランサンがいるだけで心が半分満ち足りる。


「あのさ、イヴェ」

「ん?」


リンゴはちゃんと要望どうりに八等分だ。のろのろ起き上がって、小皿に移してもらったものを食べる。無味だった口の中に甘酸っぱさが広がる。機能し始めた舌は、昨日より体調が復活してきた証拠。手持無沙汰になったローランサンは、ナイフを手でくるくる回しながら俯いた。危ないな。


「お前の妹、って銀髪?」

「そうだけど」

「おさげ?」

「まあ、大体」


ローランサンは会ったことの無いはずの妹の特徴をぽつぽつ落とす。何でお前が知ってるんだ。話したこと無いのに。ちらちらこっちを見てくる藍色は、困ったような迷ってるような色をしている。


「仕事場、とかここから近い?」


その質問にも頷いて、作った物を売りに来ることがあるということを簡潔に話すと、ローランサンは手の中のナイフをぴたりと止めた。


「サン?」

「…な、何でもない」

「お前、まさか、」


僕はある可能性に思い至り、喉の痛みも忘れて、ついでに腹の痛みも忘れて、低い声を出す。いくらローランサンとは言え、これだけは絶対許さない。横にある薄い肩がびくり、と跳ねあがった。


「まさか、ノエルに気があるんじゃないだろうな…?」

「っ、ねぇし!!」

「なら良いけど。間違っても手、出すなよ」

「ださないっつーの!」


灰銀を勢いよく横に振り、ひきつった顔で怒鳴る。おい、お前の横に居るのは病人なんだぞ。耳がきんきんする。


「このシスコンめ…」


否定せずに、でかい声にいじめられた米神を慰めることに専念した。ローランサンは小さく、乾いた声で笑う。


「…女の子と遊ぶ暇があったら、仕事してるし。最近特に」

「それもそうか」

「そうそう、安心しろって。どーせ暇があっても、お前の世話で手いっぱいだよ」

「僕もお前、の世話してあげようか?料理洗濯、掃除に風呂」

「料理は、料理だけは絶対にやめろ…!お願いだから」


更に口をひきつらせた口で、真剣にローランサンは懇願してくる。風呂は良いんだろうか。良いんだな。そういえばこの前調理場立ち入り禁止令出たっけ。忘れてた。僕は布団から左手を出して、近くにあったローランサンの手を取った。まだ熱はあるのか珍しく僕の方が熱くて、平熱の手はひんやりとまではいかないけど温くて気持ちよかった。掴まれた手の主は何も言わず、しばしの涼をうっとりと享受する僕を呆れた目で見ている。



見方が変わって、気付くことになった物が多いことを寝込んでいる数日のうちに実感した。例えば今。呆れたような顔をしつつ、若干目元が赤くなってる、とか。この部屋に入ってきた時、一瞬泣きそうな顔したりとか。そんなに僕の手に触れて嬉しいのか。ただの風邪なのに、そんなに心配なのか。


「じゃ、熱さがったら早速やるか」

「珍しい、イヴェールが家事に積極的」

「まずは、風呂かな」

「へ?て、おい、風呂の世話って…」

「背中流ししたり?湯加減聞いたり?」

「ばっ…!普段そんなことしてないだろ!!」

「そうだったっけな」

「そうだったんです!」


男二人で風呂場とか有り得ない、とぶつぶつ言うローランサンは面白いくらい顔を真っ赤にしている。馬鹿だ。ここは顔を赤らめる所じゃなくて冗談だって流す所だろ。
 役目をとっくに果たし終えていた小皿を枕の横に置いて、待機している薬の袋を要求するまでの短い間。顔を隠すつむじを見て、僕はちょっと笑った。


好きだって言葉にしても良いけど、この反応を見るのが楽しいから言わない。どちらかが耐えきれなくなるまで僕は何も言わない。どうせ僕もローランサンも相当な意地っぱりなのだから、これくらいがちょうどいいのだ。
 ただ、またこいつを手放せなくなったな、としみじみ思うようになったのは一生言ってやらないと決意した。












間違いなくイヴェールは熱で頭やられてる模様!
そして手元で転がされてるローランサン。何か、これ、進展したと言っても良いのでしょうか…?

とりあえずきりがついたので、10題目はおまけ的なものになりそうです。そしてお題の二人が、基本的にこのさいとの盗賊二人組になりますです。屋根裏にある飲兵衛は、無理矢理そうするならこの話の数年後…?とにかく、次もまたどこかでお題を拾ってぽそぽそ更新していきます!






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