シグナル・イエロー


ランボのお守りとして来日し、並盛中学に転入してから4日が経つ。
特に問題も起きなかった。
日本の学校に少しとはいえ興味があった名前にとって、とても楽しい毎日だった。
綱吉の不安は次第に薄れていっているし、そんな彼の気苦労を知らない彼女は毎日の新鮮な出来事に心を躍らせている、そんな頃だった。

(お昼ごはん、沢山の人だった……。購買、いいなぁ)

普段スーパーで見る惣菜パンがあの場所にあるだけでどうしてあんなにも美味しく見えるのか。
まるで魔法みたいだと思う。
転入初日に購買のパンに目を付けた名前は、週に3度だけ綱吉と同じ弁当箱の代わりに小銭を持たせて貰う事にした。奈々の寛大さに感謝。
右手には袋に入ったメロンパンとコロッケパン、左手にはパックのホットココア。
悩みに悩んだ選択だった。もう昼休みが10分経過している。
昼休みの人集りを器用に避けながら名前が目指している先は屋上。
転入してから4日間、ずっと屋上で昼ご飯を食べている。
綱吉、獄寺、山本。彼らと共に。
男子と、という以前に同年代の子どもと食事をとったりするのは久しぶりだった。
(早く食べたい。すごく楽しみ)



「君が転校生」

「……へ?」

抑揚のない声に名前の足が止まった。ついでに喜びに騒いでいた心臓も止まった気がした。
顔を上に向け、その声の主を見る。
登ろうとしていた階段の途中に、少年がいた。
黒と白。
咄嗟にそう思った。
そして次に「あれ?」と感じた。首を傾げた名前に少年は次の言葉を紡ぐ。

「何、そのふざけた頭」

顔を見て吐き捨てられた一言。
目の前の少年はまるで汚らわしいものを見るように目を細める。
それが名前には恐ろしく見えた。
だが同時に懐かしい感覚がよみがえってくる。
馴染みのある、けれど決して好きにはなれない、それは。

(狙う目。傷つける目だ。なんだ、この人)

転入するにあたって並盛のマフィア関係者は全員調べた。
その中にこんな人間などいなかったはず。
なのにこの目は、この空気は、明らかに"それ"だった。
名前は袋を持ち直しパックを握りしめた。
関わりたくない。
屋上に行くのにこの場所を必ず通る必要はない。
少々回り道になるが階段はまだあるのだ。
そうしようと視界から彼を外した一瞬。

「人の話も聞けないの」

抑揚のない声。
声が頭上から降ってくる。抑えつけられる錯覚。
それだけなのに動けなかった。
動いたら怖いことになる、と直感で思った。
それがどんな事なのか、まだ想像は出来なかったけれど。

「人が聞いてるのに応えない。挙げ句目を逸らす」

上から押さえつけるような、人を馬鹿にするような、その声はしっかりと名前に何かを積もらせる。
どうしてなのか分からない。何が積もっていくのかも分からない。
ただ黒い砂が深々と積もっていくようだった。
こんな感情久々だ。こんなもの、久々すぎて、気分が悪い。
気分が、悪すぎる。

「っ、う、るさいんですけど!」

「…………」

黒い目。暗い目。冷たい目。
(だけどそんなの知ったことか。
 いいんだ、そんなの
 どうせ私だって、結局はそういう生き物なんだ)

「馬鹿っぽい頭なんて余計なお世話なんですよ何様ですか貴方は! 地毛にニッポンの黒を入れただけじゃないですかぁ!!」

滅茶苦茶な論理だと自分でも分かっている。
けれどそんな事に構っていられない程目の前の男は、男は、男は!

(きらいだ。怖いし、むかつくんだ)

少年が、目を細めたような気がした。
笑ったのか、怒ったのか、どちらでも構わない。
どちらにせよ相手を不快にさせたことは分かっている。

「……あぁ。君は転校生だから知らないんだね。……この並盛の事を」

殺気とは違う、けれど確実な悪意に自然と身構えてしまう。
彼が何処からか取り出したもの。トンファー。
見たことしかない人を殴る為の武器。
この人は私を殴るつもりだ。そう気づいた瞬間スカートのポケットに手が伸びていた。
折りたたみナイフを開いてパチンと固定。右手で順手に構える。
無意識の行動だった。
トンファーの前ではこのナイフなんて笑えるくらいお粗末な強度。
正直威嚇にしかならない。否、彼の前では威嚇にすらならない。
ああまた考え無しの行動をやってしまった、けれどもう遅い。

「本当に変な生き物だね」

少年の唇の端がにやりと僅かに、持ち上がる。
ぞくりと弱い電流が背中を走る。気持ち悪い。
そしてそんなふうに感じてしまう柔な自分に嫌悪した。
自分は、裏の人間の筈なのに。

(負けちゃ駄目だ。こんなところで)

切り抜けなきゃ。倒さなきゃ。
攻撃してこないように、こっちから、攻撃、しなきゃ。

澱む、濁る、暗い光を宿す ―――― アメジスト。


「名前!?」

止まったままの空気が突然流れ出した。
名前の上、雲雀の更に上から聞こえてきた綱吉の声。

(あぁ、そうだ。……つなよし)

緊迫していた空気が拡散していく。
名前は階段の上を見上げた。
階段の踊り場。其処には綱吉と、獄寺、山本の姿。

「何待たせてんだよてめーは!」

「苗字、大丈夫か? ってかまたヒバリまた物騒なもん持ってんなー」

3人が階段を降りてきて雲雀を振り返る。
綱吉は顔を引き攣らせて名前を見た。何してんの、と言いたげな顔だ。
その隣の獄寺は既に臨戦態勢。といってもダイナマイトは持っていない。
唯一山本だけが敵意を向けずにけらけらと笑う。
そんな3人を見て、名前は自分の身体中に熱が巡っていくのを感じた。
これは安堵だ。
(情けないな、私)
そう思いながらも、それよりも彼らが来てくれたことの方が嬉しかった。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -