アレルヤハピバ!(2013)


ガンダムから降りた後、アレルヤはふらりと何処かへ行ってしまった。先程までの任務が何なのか、私は詳しくは知らない。ただなんとなく、彼が落ち込んでいるのでないかと思った。
時刻はすっかり眠る時間である。勿論クルーの休憩は交代制のため、デッキに行けば誰かはいるだろう。ただ作戦時間ではないので、廊下はいつもより静まりかえっていて私の足音だけが大きく響く。
「あ、アレルヤ」
扉の開く空気音がして、部屋から出てきたのは普段着の彼だった。どうしたのだろうか、確か此処はアレルヤの部屋ではない。此処は――
(やだなぁ。落ち込んだ、とか)
独り言のように小さな声は無機質な壁に反響して彼に届く。アレルヤは此方に顔を向け、暫く視線を宙に彷徨わせた後、私の姿を捉えた。普段の彼からは想像しにくい隙の多さに首を傾げながら近付くと、その違和感の正体が分かった。
「どうして……って、酒くさっ!」
「名前? こんなところで、何をしてるんだ?」
少しだけ呂律の怪しい口調と顔の周りから漂う酒の匂いに酔っているのだと確信する。
「アレルヤ、未成年じゃなかったっけ?」
いつだったか、スメラギさんから酒を勧められて断っていた気がする。数秒おいて、アレルヤは何でもないように応えた。
「今日で成人になったんだよ」
「……えっ!?」
あまりにもさらりと、聞き流しそうになるほどさり気なく告げられた内容はる聞き流せないものだった。今日。今日ということは。端末の時刻は0時をとっくにまわっていて、つまり今日は彼が年を重ねた日。
「……そうなんだ。アレルヤ、おめでとう」
嬉しくなさそうに言うから祝って良いのか分からなかったけれど、それ以外に掛ける言葉が思いつかない。それに、祝いたいと思う。
アレルヤは苦笑してただ首を傾げただけだった。ぐらりと長身が揺れる。
「アレルヤっ」
手すりを掴んだことで崩れ落ちはしなかったが、その足下はどうも覚束ない。
「ごめん……」
「大丈夫? 部屋まで戻れる?」
「多分ね」
この様子だと廊下で倒れているのを通りかかった人に見つけてもらうことになるだろう。放っておく訳にもいかないので「一緒に部屋まで行こう?」と彼を促した。
アレルヤは素直に頷き、もう一度ごめんねと謝った。
一歩、足を進めるごとにハラハラしてしまう。こけないかなぁ、と小さな子どもを見守る母親のような気持ちとはこんなものだろうか。
「お酒は美味しかった?」
「あんまりかな……苦いだけだったよ」
それならば、何故飲みたがったのだろうか。酒の力を借りてまで忘れたいこたがあったのか、私にアレルヤの気持ちは分からない。飲みたくない酒を飲まなくてはいけない日が、私にもいつか来るのだろうか。
ゆっくり足を進めるアレルヤの隣を同じペースで歩く。
「ありがとう、ごめんね。迷惑かけて」
「えっ? ……ううん、いいよ。暇だったし。っていうか……こんなことしか出来なくて、ごめん」
自分が不甲斐ない。ともに戦うことはおろか、みんなの手伝いも出来ているのかすら怪しい。
「名前がいてくれて良かった……今、一人でいたくないんだ」
「そっか……」
少しでも彼の力になれたのならば良かった。欲を言うならばもっと近くにいたいとか、言い出したらキリはないけれど。今は、彼の誕生日を知ることが出来た偶然が嬉しい。
(私もアレルヤと一緒にいれて嬉しい、って)
そんな思いは口にするには恥ずかしくて、喉を通らずに消えていく。私の気持ちなんて聞いても戸惑わせるだけだろう。
「ほら、ふらついてるよ。大丈夫?」
その代わり、嘘を吐いて彼の右手を握ってみる。私のものより骨張った大きな掌が、振り解くこともなくされるがままになっているのを良いことに握る手に力を込めた。
(うわ)
するとアレルヤの指が私の掌を握るように動いた。単なる反射だったのかもしれないが、それだけで私の心臓は五月蠅く騒ぎ出す。
どうしよう。顔がにやけてしまうのが止められない。もしかすると、翌日アレルヤはこのことを忘れているかもしれない。それでも良いくらいの些細な出来事なのだ、今日のことは。
けれど私は、今日のことを絶対に忘れない。そして一年後のこの日に、祝福の言葉を贈れるように、彼の傍にいられたらと思う。






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