短編置き場(ハレルヤ)

>>>貴方を殺したのは私です。(ハレルヤの消失)


身動きをとらせない程に私の身体を抱き締める腕はいつもの彼のものではない。
彼の顔は見えないが、恐らく背後では金色の瞳がこちらを見ているのだろう。躊躇うことなく彼ではないもう一人の彼の名前を呼ぶ。
「どうしたの? ハレルヤ」
腕の力が少し弱まったような気がした。
「……分かるんだな」
「もう慣れたよ。アレルヤとハレルヤ結構違うんだもん」
振り返ると、こちらを真っ直ぐと見つめている猫の眼のような金色と視線がぶつかる。それはハレルヤの象徴。
けれど一緒に過ごすにつれて、そんな目印も必要なくなっていた。
口調も声音も仕草も、アレルヤのようでアレルヤではない。アレルヤが外敵に怯え身を縮ませる獣だとしたらハレルヤはそれら全てを喰い殺そうとする獣だ。
最初の内は彼の攻撃的な性格に距離を置いたし怯えもした。けれどそれがアレルヤを大切に思うが故の警戒心の為だと思うと、不思議と牙を向ける彼が可愛く見えた。
「アレルヤは素直で可愛いって思うけどハレルヤは素直じゃなくて可愛いよね」
「てめぇだけだぜ、そんなこと言うのは……」
まるで苦いものを食べた時のように顔を顰めるハレルヤ。
「だって、今日も甘えてきたじゃない。ほんとにどうしたの?」
「甘えてねーよ」
言葉では否定しつつも離れる様子がないので説得力がない。思わず笑い声をもらすとそれに怒ったのか腕の力が強くなった。鍛えられた胸板に笑い声が消えていく。ハレルヤの温かさを心地よく感じながらその広い背中に腕を伸ばす。
お互いを溶かし合うように、私達は暫く抱き合っていた。

「お前に出会えて良かったよ」
突然ハレルヤがそんなことを言った。何の前触れもない言葉に驚いて、ハレルヤを見上げると彼の金色の瞳が細められている。いつものようににんまりと笑うものではなく、何かに耐えるように苦しげなもの。
「ハレルヤ?」
なんでそんな恥ずかしいこと言うの、そう笑って返すことも出来なかった。
「……私も。ハレルヤに、会えてよかった」
自分なりの返事を返す。深くなった彼の笑みが余計に痛々しく見えた。
「そうか……」
彼がどんな思いでその言葉を告げたのか、その時の私には分からなかった。

激戦の後、キュリオスはなんとかコンテナーに回収された。直撃を喰らって溶解しているコックピットを見て血の気が引いていく。
「アレルヤ!」
緊急時の為のパスワードは預かっている。これで外部からもコックピットは開けられる。震える指でキーボードに打ち込み終わると嫌な音をたてながらコックピットが開いた。薄暗い箱の中、オレンジ色のパイロットスーツがピクリとも動かない。恐怖で心臓が破裂するかと思った。よく見れば頭から出血もしている。
「アレルヤ!アレルヤ!大丈夫?!」
目は閉じていない。が、焦点も合っていない。
「アレルヤ、大丈夫? 私、わかる?」
「あ、……名前……?」
「そう!アレルヤ、動かない方がいいよね。ちょっと待ってて。今から」
「名前」
呼び止めるアレルヤの声に動きが止まる。
「どうしたの?」と優しく返すと、彼は涙の滲んだ声で「ごめん」と呟いた。
「アレルヤ……?」
「ハレルヤが……もう、いいって」
「ハレルヤ?」
「名前にはもう伝えたからって、だから……っ!」
その先に続くだろう鳴咽に掻き消された言葉が、私は分かってしまった。
あの時ハレルヤに言われた言葉が頭の中で響く。
(もう言ったって、あの時の? あれが別れの言葉だったの? そんなの……ひどい)
聞いていないことも言いたいことも、やりたかったこともまだ沢山あるのに。
「どうして……ハレルヤ」
呆然としている私の呟きにアレルヤの泣き声が止む。そして温度も感情も感じられない声が告げた。
「『アイツが受け入れてくれたんだ。俺のことを認めて、俺らのことを受け入れてくれたから』」
「アレルヤ?」
灰色の瞳がぎゅっと閉ざされる。
「でもっ! 君がいなくちゃ意味がないじゃないか……」
ハレルヤ、と。そう言ったきり、アレルヤは声をあげて泣き出した。
「アレルヤ……、ハレルヤ」
そうだ、今一番悲しいのはアレルヤに決まっている。大切な半身を失い、その原因が目の前にいるにもかかわらず、アレルヤは私を責めることは出来ないのだから。
私も悲しい。けれど彼の前でそれを表に出したくなかった。彼の半身を奪ったのは他でもない私自身なのだから。




>>>もう貴方に恋は出来ない。(輪廻転生)


身出会ったことを後悔したことはなかった。
全てを拒絶する宇宙の中で、数に出来ないほどの確率に巡り会って彼に出会えた。私達の出会いは数え切れないほどの哀しみと、同時に溢れんばかりの愛おしさをくれたから。
ただ後悔とは別に、イフの世界を考えたこともあった。もしも出会った場所が違ったら私達はどうしただろう、と。妄想や空想の域を出ないものだったそれはやけに鮮明な映像で脳内を巡った。

「会いたかった……」
懐かしい後ろ姿が、あのときとは違い今度は二つ並んでいる。背丈も同じくらいの彼らは恐らく振り返ってみても似た容姿をしているに違いない。けれど限りなく似ていても同一ではない。
アレルヤ。ハレルヤ。呼ぼうとした名前は声にならず口の中で溶けた。呼ぶことを躊躇ったのは怖かったからだ。この声が届かなかったら、もし届いたとしてもその名前が彼らのものでなかったら、自分の名前だと認識した彼らが振り向いたら。振り向いたときを想像するのが一番怖かった。もしも彼らが私のことを何も覚えていなかったら。
それは何度も脳内でシミュレーションしたことだった。何度も繰り返し、その度に自分自身に言い聞かせていた。私のことを覚えていなくてもいい、思い出す必要もない、そうやって自分にしみこませるように繰り返して。
(ハレルヤ)
自分自身の身体を手に入れたのであればあのときと違う。出来なくても出来なかったことも色々あっただろう。それを今生で果たせばいい。
行動範囲はぐっと広がって、沢山の人に出会って、そうしてその中の誰かを愛するときがくる。それはハレルヤにとって確かな幸せである筈なのに、想像するだけで――想像したくないほど――胸を締め付けた。
(あ……)
何かの偶然か運命の悪戯とでも言うべきか、いきなりアレルヤが此方を振り返った。正確には此方を振り返った訳ではないけれど、彼の視界にはしっかりと私が映っているに違いない。
そうして片方隠れている切れ長の目がしっかりと私を捉えて大きくなる。唇が僅かに動いて何か喋ったようだがこの距離では何も聞こえなかった。
アレルヤに釣られて隣の彼も振り返る。あの頃と同じアレルヤとは違う色彩が私を捉える。ただハレルヤの目は訝しげに細められただけだった。
そんな彼らの行動から私は一つの可能性が当たったことを知った。アレルヤは私のことを覚えているがハレルヤは覚えていない、という可能性に。
膝から力が抜けるのを何とか堪えて足を動かす。私が彼らに近付くより早く二人が私に駆け寄る方が早かった。心の準備が出来るよりも早く私と彼らの距離は縮まる。
笑えばいいのか泣けばいいのか分からなかった。
「名前?」
「アレルヤ……?」
私もアレルヤも何が何だか分かっていない。ハレルヤは尚更だろう。また会えて良かったと言えばいいのか、どうして此処にと聞けばいいのか。
けれど込み上げる思いの中に喜びがあることは間違いなくて、強張った表情が作りたいものはきっと笑顔だ。
「名前、なのか……? っそんな――」
「おいアレルヤ、誰だソイツ」
何かを言いかけたアレルヤを遮る声。その瞬間、空気が凍ったような気がした。
「ハレルヤ……」
覚えていないのか、と聞くことはしなかったアレルヤ。聞くまでも無かった。彼が過去の記憶を持っていないことは明白過ぎた。
アレルヤは彼が記憶を持っていないことに今まで気付かなかったのだろうか? それとも名前のことだけでも覚えていると思ったのか。だがしかし、残念ながらハレルヤは覚えていなかった。
それは悲劇と呼ぶには悲しみが足りず、驚きで済ませるには哀しすぎた。
「いいよ、アレルヤ。仕方ない」
「え……でも」
「いい。……いいの。もういい」
「おい」
自分が放っておかれたままで進む会話に痺れを切らしたハレルヤが「説明しろ」というように二人を睨んだ。その視線の冷たさに塩辛い何かが込み上げてくる。
愛されなくてもいい。名前を呼ばれなくても、いっそ視界に入らなくてもいい。そう思っていた筈なのに、警戒心と不快感を隠さない他人を見るときの眼差しに耐えられない。そんな眼差しで見られるくらいなら視界に映さないで欲しい。私の存在なんてなかったことにして、私とは全く交わらないところで生きて。そうすれば私はこんな思いを味わうことはなかったし昔の恋心を胸の何処かで大切に持っておくことが出来た筈だ。
「会えて良かった」
そしてもう二度と会わないことにしよう。

あの頃描いた空想の世界は始まることなく終わりを迎えた。戦いの無い平和な世界で出会った私達は赤の他人で、そこには孤独を埋め合わせるように抱きしめる理由も喪失に怯えて手を繋ぐ理由も無かった。
それは始まりを拒んだ己の所為だと、このときの私は考えつくことが出来なかった。




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