セピアの時間 ※『ヒロインがもしも澄百合学園に編入せずに零崎と戦闘を繰り広げながらも和気藹々していたら』というIF設定 「お前は頻繁に此処に来るんだな」 「貴方のピアノを聞きに来てるんですよ。いいでしょう?」 「嗚呼。悪くない」 彼は、名前にとって数少ない心許せる年上だった。 どうしてか、そんな事は分からない。 けれどただ一つ言える事と言えば、彼のピアノは自分の好みだという事だ。 出会いはよく覚えている。 高校の友達に連れて来られたのは夏の日だ。 午前中に補習を終えその後もクーラーの効いた教室でだらだらと午後を過ごし、外が真っ赤に染まった頃誰か一人が言った。 「すっごいいい雰囲気のお店があるんだ」 そして先に帰った数人を除いて女子高生四人で其処へ向かった。 ピアノ・バー、クラッシュクラシック。 店の前にやってきた時ぎょっとして、中に入り更に驚いた。 てっきりカフェか何かだと思っていたがまさかバーだとは。 「バー=大人が過ごす場所」と考えていた名前にとってあまり良い印象ではない。 それでも手を引かれてしまえば中に入る他なく、そこで面食らうことになった。 その理由はあまり広くないホールに鎮座している立派なグランドピアノ。 それだけでバーというイメージが崩れていくようだった。 「あの人がオーナー」 そう言って目線で彼女が示したのはカウンター席に座る長髪の男性。 てっきり客だと思っていた。 彼は此方を一瞥すると長い髪を揺らしながらゆっくりとした足取りでピアノの方へ向かう。 「ほら、座るよ」 「うん」 四人テーブルに座ってメニューを見る。 やはり大半は酒やカクテルの種類でその中からサイドメニューのように下の方にあるソフトドリンクを選ぶ。 皆同じようなドリンクを注文。 暫く待とうかというタイミングでピアノの音色が店内を流れてきた。 「…………」 知らない曲だ。といっても自分が知っている曲なんて限られているから当然なのだが。 友人達は顔を見合わせてくすぐったそうに笑っている。 そう感じるのも分かる。 そのメロディーは何故か心地好く、優しいと思った。 それが出会い。 「まさか全部貴方の作曲なんて、思いませんでしたよ」 「そうか」 「好きだからいいんですけど」 心地好いと思ったのはピアノだけでなく、彼自身話してみても嫌な感じは全くしなかった。 燕尾服に身を包んだ彼は大人びたその外見に反して何処か子どもっぽい所がある、その所為だろうと名前は思う。 開店直後を狙って扉を開ける、ドリンク一つで彼の奏でる音楽に包まれて時間を過ごす。 それはアパートと学校を往復する生活に、ちょっとした好きな時間として根付いていった。 そして今日もクラッシュ・クラシックに足を運ぶ。 彼の正体を知らないままに。 |