廃ビル

中西に手を引かれていつもの道から段々遠ざかっていく。コンビニの光も街灯も届かない、此処が何処か名前には分からなかった。知った場所とはいえ昼と夜では見慣れた風景も何処か違う。
「中西くん?」
着いた先は四、五階くらいのビルだった。明かりが全て落とされているのはただ夜だからということではなく、テナントを失っているからだ。中西がドアノブに手を掛けると簡単にドアは開いた。
「中西くん、どうしたの?」
「先輩。ごめん、許して」
問い掛けには答えてもらえず、謝られても戸惑うしかない。許しを請われても何を許せばいいの分からない。
建物の中は当然だが真っ暗で、外から入ってくる月明かりを頼りに二人は足を進める。怖くなった名前は、握られている手に力をこめた。
無言のまま二人は階段を昇る。カンカン、と二つの足音が不気味に響く。二階ではない、三階か四階あたりだと検討をつけた頃、踊り場のところでドアが開かれた。
眩しい、と思った。けれど実際は月明かりしかなくて、今までビルの中にいたからそう思っただけだ。
「……満月かな」
近くの建物の三階が見える、此処は結構高いのかもしれない。空が近いなぁ、と思った直後に一つの考えが名前を襲った。
(飛び降りる気じゃ――!)
彼女が月に気をとられている隙に二人の手は解かれていた。中西は屋上のフェンスに近寄る。
「中西くん、危ないっ」
駆け寄って細長い身体を抱き締めた。スポーツマンだとすぐに分かる筋肉質の体躯。ふらりとフェンスを越えていかないように、強い力で。
「先輩?!」
中西は珍しく動揺した表情を見せた。彼女の動く気配に振り向いた刹那、受けとめた衝撃が何なのかはすぐに分からなかったほど。
その隙に名前は自分と中西の場所を交替させて、フェンスと彼の間に入る。フェンスの高さは胸くらいまであり、落ちるとは思えない。しかし、危なっかしいと思ったのは彼女だけではなく中西も同じだった。
「先輩、危ない!」
身体の横に垂れ下がっていた両腕で逃がすまいと掻き抱く。女子としては高めの身長も中西の腕の中にすっぽりと収まった。
今度は名前の方が混乱した。中西の胸に顔を押し付けるかたちになった状態で(何だこれ)と思ったりしている。
「中西くん? 大丈夫?」
「うん……」
中西も実は混乱していた。どうしていきなり先輩が、とは思いもしたが今はそんな疑問も何処かへ消えてしまった。
何を考えているかと聞かれれば(先輩やっぱりちっちゃい、ってゆーかイイ匂い)だとか(やわらかいフワフワするー)だとか、そんなことばかりだ。今まで悩んでいたことが小さく萎んでいくくらいそれは重要なことだった。
「先輩。ごめん、許して」
「どうしたの?」
「俺、ただ先輩に会いたかっただけなんだ」
そんな懺悔に名前は怒ることはなく、しかし困ったような顔をして恥ずかしそうに微笑んだ。それから、こんなところじゃなくても時間が合えば会いに行くよ、と答える。
楽しみにしてる、と返しながらも中西にとってこの場所で会うのはまた特別なことなのだ。此処なら誰にも横取りされることがないから。


貴方不足に陥ったときに駆け込みたくなった。勿論、貴方の手を引いて。




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