高校2年生



●高校2年生 IH

あの夏の日、コートの中で一人立ち尽くしていた彼の姿が脳裏から離れない。励ましも慰めも掛けられることなく、コートの内外から突き刺さる視線が彼を責めていた。「お前の所為で負けたんだ」と。
すぐに駆け寄ってそれらから彼を隠してしまいたい。此処で立ち竦んでいる場合ではなかった。
(ゆきくんっ)
そんなももを止めたのはマネージャーの先輩で、腕を掴まれて漸く自分が何をしてしまうところだったのか気付いた。まだ整列も終わっていない、それなのに自分は何をしようとしたか。
「せんぱい、すみません! あたし……」
「もも、大丈夫?」
大丈夫だなんて心配されるのは申し訳なかった。悔しいのは彼女達の方だ。高校最後の試合をこんなかたちで終えることになった先輩達の方が、ももより余程辛いはずだ。
「笠松君だけの所為じゃないのは、ちゃんと分かってる。ただ、まだ気持ちが追い付かないんだよ」
先輩に抱きしめられると、汗と制汗剤の匂いがした。ももはこの匂いが好きだ。部活に精を出した先輩達の匂い、選手ではないにしろ、彼らを支えることに全力を出した彼女達の証。
「先輩っ、ごめんなさいっ……!」
「なんでももが謝んの」
「そうそう、あんたは頑張ってきたじゃない。謝らなくていいよ」
そうは言われても自分の気持ちが収まらなかった。
勝てなかったことへの謝罪というのは傲慢だ。どれだけ頑張ってもももは選手ではないし、笠松のミスも試合ではあり得る事態だった。
けれど、この人達がどれだけ頑張ってきたか知っているから、だからこそ過去最強と呼ばれた今年のメンバーで優勝を果たしたかった。
コートの中の彼も同じ気持ちだろうか。
「もも、私達の分まで、頑張ってね」
今にも泣きそうな顔でそう言った先輩の言葉に強く頷く。そこに託された思いは大きすぎて受け止めきれないかもしれないと思ったけれど、何も取りこぼしたくはなかった。
「っ、ぅあぁ、ぁぅ……!!」
溢れ出す涙をそのままに、試合結果を告げる審判の声を聞きながら、これからの高校生活を全て部活に捧げることを心に決めた。


●高校2年生 夏

「笠松、部活辞めるかもって」
そう言切り出したのは小堀で、彼の言葉を聞いていたのは隣で休憩していた森山だけだった。
「まぁ……な」
口には出さないものの、仕方の無いことだと森山は思った。OBをはじめとした周囲が今年のメンバーに掛けた期待は大きかった。それをあんな結果にしてしまったのだから、何事も無かったようにというのはとても難しい話だ。
「俺、笠松には続けて欲しい」
「そりゃ俺もだけどさぁ。でも、あんな後じゃ先輩のこともあるし……」
今日はIHの翌日、公式試合翌日のため練習は休みであったが、自主練に参加する生徒で体育館は熱気に包まれている。その中に笠松の姿は、ない。
「森山くん、こーくん。水分補給しないとぶっ倒れるよ?」
そこに、ドリンクボトル二つを手にしてももがやって来た。茹だるような暑さのせいで彼女の顔にも汗が浮かんでいる。
「あ。ありがとう」
「ゆきくん、今日休みだね」
ぎくり。小堀と森山の首筋に暑さとは違う嫌な汗が伝う。今の話を聞かれていたのか、そもそも聞かれていたとしてもどうしてこんなに焦らなければいけないのか。
差し出されたボトルを取り落としそうになるのを握り直し、二人は視線を合わせて頷く。覚悟を決めた眼差しがまっすぐ彼女を見つめた。
「あのさ、……笠松が、部活辞めるかもって言ってた」
小堀がそう告げたきり、二人はももの反応を伺うようにそっと息をひそめた。数秒の時間が長く感じる。
「うん、そっか……」
彼女もそれを聞いて驚くことはなかった。そのことに少しだけ安堵しながら次の言葉を待つ。自分達では出来ないことも、ももならばもしかしたら、と思ったのである。
「あたしもさ、無理矢理ゆきくんをどうこうするってのは 出来ないけど、でも一回話はするつもりなんだ」
「そうなのか」
「居づらいとは思うよ、ここに。でも、このままだと学校にも居づらいしさ、バスケ部にとっても良くない」
「だよなぁ、それ」
高校生活はあと一年以上ある。このまやバスケ部を離れることになれば笠松も気まずいだろう。それに、バスケ部としても最強の年代と言われたレギュラーである笠松が抜けるのは戦力的にも痛い。
勿論バスケ部を辞めたいというのが笠松の望みならば無理に引き止めはしない。けれどそうでないことは誰もが知っている。責任と罪悪感、彼をバスケから離そうというのはそういったものだ。
「こーくん達も、ゆきくんが戻ってきたら良いなって思ってる。だったら……あたしは海常のみんなのこと信じたい。し、ゆきくんにも、信じて欲しい」
彼に独りで考えさせてはいけない。だからももは、彼と話さなければいけないと思っていた。





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