誕生日プレゼント



1.森山
「わぁ……」
「何だよその反応」
「可愛すぎて……なんか、照れるなぁ、と」
淡い水色の石が光を受けて煌めいた。女性の首元を可愛らしく飾るであろうネックレスは、少し自分に不相応に思える。アクセサリーなんて滅多に付けないというのに。
プレゼント用に包装された箱から取り出すとシルバーの鎖が音もなく零れる。シンプルで好みのデザインだったが、彼に対して――というか、誰に対しても――そんな話題を出したこともないのに。これは持ち前のセンスの良さ、ということだろうか。
(なんでよし君彼女いないの……)
世の中の女性は損をしている、と思う。
「こういうの好きそうじゃないだろうからさ、逆に」
「えー、なにそれ?」
「人から貰ったものだと、使おうって気になるだろ?」
それは確かに。貰った以上大切にしたい、着けられるように考えようと思う。そこまで見透かされているとは負けた気分だ、全然不快じゃないけれど。
「まぁ……これ、好みだし。着けたくなるかなっ」
大喜びするのは照れくさかったから、そんなことを言ってみる。すると彼はしたり顔で笑って「デートのときとかな」と言うので、思わず声が裏返ってしまった。
もう、誕生日なのに負けた。



7.早川
体育館の中に入ると朝練の時間にはまだ早いというのに多くの部員が動いていた。寒いだろうと思っていたが、中は熱気で結構暖まっている。
モップもボールも既に用意されていて、いつものことだがこれではマネージャーとしての仕事が無くなってしまう。データ用のノートを取り出してパラパラ開いていると、クラスメイトの部員から声を掛けられた。
「おはよう、苗字って今日誕生日だっけ?」
「うん、あたり! え、覚えてたの? こわいね?」
「いや、それはないけど。小堀がプレゼントを買ってたからさ、あいつ――」
「ちょっと待ってそれ知らない! 楽しみにしたいから言わないでー!」
自分でも大袈裟に喚くと呆れた表情を作られたが、ハイハイと笑いながらおめでとうと言ってくれた。ありがとうと素直に返しておく。
それを周りで聞いていた部員達が集まってきて、次第に話が広まっていく。誕生日? 誰が? 苗字だって。えっ今日? おめでとう! なんだよ言えよ。いや普通言わねぇよ。俺何も持ってねぇわ、ごめん。へぇ、いくつになったの? 馬鹿にしてるだろお前。
次々と祝いの言葉を掛けられる。
こんなに沢山の人に祝ってもらったことなんてないから、嬉しさと恥ずかしさで隠れるところを探してしまうくらいだ。その中で一際大きな声が耳に響いた。
「先輩! おはようございます!! 誕生日だったんですか?!」
「おはよう早川、そうなのー。今日で18歳!」
「お(れ)、何も用意してないです!でも、お誕生日おめでとうございます!」
「うん、ありがと。お祝いしてもらえて嬉しいよ」
「そうですか?! おめでとうございます!!」
何回言うんだよ、と隣の後輩が呆れていた。
(可愛い子)



4.中村
「苗字先輩、すみません」
「へっ? いいよ、どうかした?」
朝練終わり、制服に着替えて教室に向かう途中に後輩に呼び止められた。珍しいことだ。
受け取って下さい、と差し出されたのは何かのチケットが入ってそうな袋だった。
「何か約束してたっけ……開けていい?」
「はい」
中から出てきたのは映画のチケットたった。まだ上映は始まっていない、CMでよく見るタイトルだから流行に疎い自分も知っている。しかし、行きたいと言った覚えはなかった。休憩中にこの映画が話題に上ったとき、自分は「映画館まで行くほどじゃないからレンタル始まったら見ようかな」と言っていた気がする。
「あ、りがとう……? あ、一緒に行く?」
「なんで俺となんですか」
呆れられた。意図が読めなくてぐっと言葉に詰まる。なんかすみません、と謝られてしまって焦る。この日にくれたということは誕生日プレゼントだというに。
「いや、これ貰っちゃっていいのかな…? 他に行きたい人とかさ――」
「笠松先輩が」
「…………」
「見たいと言ってましたよ」
彼の言いたいことが分かってしまった。出会った頃と比べて一枚上手になっている気がする。後輩とは可愛くも怖いものだ。



5.小堀
休憩時間は大抵自分の席でぼんやりと過ごしている。そんなとき同じクラスの彼が声を掛けてきた。
「苗字、誕生日おめでとう」
「ありがと! ……これ、貰っていいの? ありがと〜」
紙袋に入っているのは雑誌のようだ。普段通りの人の良い笑顔が頷くのを見て、テープのリボンが貼られた紙袋を開けていく。
「……料理本」
そういえば去年の調理実習で同じ班だった、そして手際の悪さを見せつけてしまったことを思い出す。『基礎からバッチリ!』と煽りのある本を手にして、これが別の人なら嫌味だと文句を言うことも出来たのだが、彼に限ってそれは有り得ない。
「有り難く使わせてもらうね……? うん、たしかに、あたし料理下手くそだし」
「いや、そういうつもりじゃないけど……でも、もしかしたら大学で一人暮らしするかもしれないし、慣れるまではあった方が便利じゃないか?」
「あぁ、そういえば……。こう君も東京の大学志望だっけ?」
「まぁ希望だけ。一人暮らしはしたいと思ってるけどなぁ」
高校三年生の冬となれば受験真っ只中。受験が終わればすぐに卒業を迎える。来年の春になって自分達は何処にいるのか、全く想像がつかない。ただ自分がこの学校の生徒ではなくなる、そのことだけは決まっている。
何度も飲み込んできた寂しさが襲ってくるのを押し留めて、思いついたことを口にする。
「じゃあこう君の家に行ってご馳走になろうかなぁ。あたしがするより絶対おいしいご飯がでてきそう」
「気が早いよ……でもいいな、それ。森山も笠松も誘って、二十歳になったら酒も飲んで」
「……っ、それ、すっごくいいね!」
なんて素敵なアイディアだろう。これがたとえ、何気ない――口約束ですらない――会話の一つだとしても、先のことを話すとワクワクする。自分達が何処にいても何をしていても実現できそうな気がしてしまう。
本の表紙を眺めながら、いつしか自分も手料理を彼らに振舞うことが出来るようになろう、と思った。



2.監督
放課後、部活に行く前に職員室に寄った。練習に遅れるという監督からプリントを預かるためだ。
冷え切った廊下とは違い、ストーブが常時稼働している職員室は暑いほどで、暖かいのは良いがこんなに空気が篭るものは如何なものかと思う。
「監督ーすみません、苗字です」
「おう、すまんな。これを先に配っといてくれ。……お前、ブレザーはどうした。寒くないのか」
プリントの束を渡され、眉を顰められた。
動きにくいという理由でカーディガンしか羽織っていないので、確かに寒いものは寒い。けれど我慢できないほどではないし、動きにくいよりはマシだ。
「教室はあったかいからこれなんですよねー。部活では結構着てます」
「風邪には気をつけろよ……。お前もベンチに入るんだから」
「! はいっ」
当然のことのように言われるが、これがどれだけ自分にとって幸せなことで誇らしいことか、目の前のこの人は分かっているのだろうか。たった一人のマネージャーが選手達と同じ場所で試合に挑むことができる喜びを。
ちょっと待ってろ、と言われて出てきたのはフルーツのど飴の袋だった。
「好きなのをとっていけ」
「いいんですか?! やったー」
「誕生日なんだろう。朝に三年が言ってたな」
「き……聞こえてたんですか……はずかしい」
「お前達の学年は特に仲がいいからな」
「ふふー」
にやり、と頬を緩めながら袋の中に手を突っ込む。適当に選んだら青りんご味が出てきたので、もう一度お礼を言って有り難く頂戴する。
「最後までよろしく頼む」
「もちろんです!」



3.黄瀬
部活の時間を終えてもバスケ部の使う体育館は片付きそうにない。監督の話を終えて解散したと思えば、多くの部員が各自にボールを持ってはこれをしようあれを確かめようと言い合っている。むしろ、練習メニューに縛られていない分みんなが活き活きしているようにもみえる。
その中でも目立つ金髪が一人でボール片手に歩いていくのを見つけて追いかけた。
「黄瀬、やってくの?」
「っス」
「ふぅん……でもその前にもっかいストレッチしなさい。それからじゃないとからだ壊すよ」
「りょーかいっス」
彼は入部当時と比べると驚くほど素直に言うことを聞くようになった。IH入るまでは互いに喧嘩腰だったし、ひどいときは他の部員や監督の仲裁が入ることもあったというのに。
床に座ってストレッチを始めた彼がこちらを見上げてセンパイ、と呼んだ。その表情は硬く、真面目な話なのかと自分も膝をついて視線を合わせる。
「センパイも残っていくんスか? 今日誕生日なんですよね?」
それなのにそんなことを言うものだから拍子抜けしてしまう。どれほど深刻な話でもあるかと思ったのに。
「あ、知ってたんだ。うん、そーだよ。家帰ったらケーキ食べるけど? 別に早く帰ってすることないし……」
「そう、スか。……俺、今日初めて知ったんスよ。だから何も用意出来てなくて……」
「へっ!? そんなの、気にしなくていいのに。最近仕事の方も忙しいんでしょ、ちゃんと休みな、ね」
うぅ、と唸ってしょんぼりしている姿はまるで犬のようだ。
12月に入ってからモデルの仕事が多くなり、学校でも彼を見ない日があった。今日だって朝からずっと仕事だったらしく、部活だけ、しかも途中からの参加だ。数日後に迫った三年生最後の大会に大事な後輩がラストスパートを掛けているというのに、他のことに気を取らせている場合ではない。
「そうっスけど……あ、じゃセンパイ。ちょっと、手を出して下さい」
「うん? ほい……へっ? ま、ちょっと!」
手を差し出せば手首を取られ相手の顔に近付けられた。反射的に手をひこうとしても遅い。混乱している間に、指先へ……恐らくだが彼の口元が触れた。キスというには色気のない、じゃれる程度の接触。
こんなことをする人が今時いるなんて、と呆気にとられる。それでも絵になるのは彼の整った容貌が味方をしているからに過ぎない。
「……いきなり、なに……ど、どしたの」
「いや、折角? だから……?」
「なにがなのばかー!!」



6.笠松
送るわ、と声を掛けられた。
自主練を終えれば外は真っ暗で更に今日は風が強く寒い。体育館を出れば白いものが舞っていて、そんなに気温も低かったのかと驚く。部活のときは周りの熱気で気にならなかった。
振り返ればそこにいたのは一人だけ。あれ、みんなは? と聞けば先に帰ったらしい。普段であれば自主練を終えたレギュラー全員が揃っている筈なのだが、今日は何があったのだろうか。
「ゆきくん」
「……何も用意できなかった、わるい」
いきなり謝られるとは思っていなかったので言葉に詰まってしまう。先程のエースと同じことを彼も気にしていたのか。
「い、いから……気にしないで!?」
上手な言葉が出てこない。彼が気にしないでいられるような言い方だっただろうか。他の人にはそんなことはないのに、彼にだけは臆病になってしまう。
「今日みんなが祝ってくれてすごく嬉しい。ゆきくんも、ありがとうね」
「…………」
「……あー……あのさ、ちょっと公園寄ってもいい?」
こんな寒い日に、大事な大会の前に何を考えているのかと自分でも思う。けれど、数日後のことを思うほど心のざわつきは治まらなかった。誕生日プレゼントとして我侭を言わせてもらいたい。ほんの少しの時間でいいから。
何も聞かず彼は頷いてくれたから、いつもの帰り道とは違う曲がり角を曲がる。一つの街灯だけがぽっかりと遊具を照らしている公園は、何度も足を運んだことがある思い出の場所だ。
ベンチに並んで腰掛けて夜空を見上げる。とても良い天気だったから星座が分かるほど星がはっきりと見えた。
「なんかあったのか?」
「ううん、なにもないけど、ただ、今日は星が綺麗だと思ったから……。寒いのにごめんね! えっと……なかなか忙しくてゆっくりすることもないし、こういう機会ってないからさ」
「そうだな」
はぁ、と吐いた息が白く溶けてゆく。
部活漬けの三年間だったことを後悔はしていないけれど、やりたいことは他にも沢山あったのだと思う。
「けど、引退したら時間もできるだろ」
「そしたら……また一緒にこうやって来てくれる?」
声が震えていたのは寒さのせいではなく緊張によるものだった。断られたら――それでなくても嫌な顔をされたら――と思うと、怖かった。
こちらをじっと見つめてくる目には街灯が映っていて綺麗だった。その表情からは何も読み取れないから、開いた口から出る言葉を待つだけ。
「当たり前じゃねぇか」
肯定の言葉を聞いて、長く詰めていた息を吐き出す。この日のことを忘れないようにしよう、と自分に言い聞かせた。
こんなに幸せなのは、もしかすると流れ星が落ちたのかもしれない。




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