最初の話

(灰羽リエーフ視点)

苗字さんはΩだ。そして俺はαだ。
けれど俺が彼女に惹かれたのは性別の所為なんかじゃない、と思う。
バレー部に入部して、俺がαと知られてからは苗字さんのことを皆に口を酸っぱくして言われてきた。
「苗字はΩだけどウチにとって大事なマネージャーだ。絶対に手ぇ出すんじゃねぇぞ」と言ったのは黒尾さんだ。あの人もαのくせに、二人の距離はそういうものを感じさせないほど近いし周りもそれが当然という雰囲気。
「私がマネージャーを出来るのは黒尾さんのおかげだよ。αのあの人が私をそういう目で見ないから、みんなが気にしないでいてくれる」
黒尾さんは怖くないんスか、と聞いたらあの人は少し笑いながら答えた。ちなみにそれを聞いたときも福永さんと研磨さんが隣にいた。俺は信用されていない。
どうしたら良いんだろう。


(木兎光太郎視点)

散々前置きされたからどうなるのかと思ったが、拍子抜けしてしまった。まず最初にマネージャーか選手か分からなかったし。いや、選手にしては頼りない躯だったけれど。
「だってさ、Ωっていったらなんかもっと……女の子、みたいな?」
「木兎さん、失礼すぎます」
赤葦はそう言うが、俺は正直なことをいうと、初めて見るΩを楽しみにしていた。別に番だとか自分がどうこうなりたい、というのではなく、単なる好奇心で。
「それ、絶対に黒尾さんの前とかで言わないで下さいよ。ブン殴られる……あ」
「あっ、黒尾のとこの」
渡り廊下にある自販機の前に、話に挙がっていた音駒のマネージャーが立っていた。
俺達の声に気付いた彼女は此方を向いて頭を下げた。その瞬間、俺を見て表情を無くしたように見えたが錯覚だろうか、頭をあげた彼女は笑っていた。
「おつかれさまです」
黒尾をはじめ音駒の連中が過保護になる割に、本人は人見知りという訳でもなさそうだ。そういえばうちのマネージャー二人も、漸く音駒にマネージャーが入ってきて、しかも可愛い後輩だと喜んでいた。
拍子抜けしたものの、良い子みたいで良かった。今まで通りやっていけるに越したことはない。
とりあえず性別関係なく仲良くしていければいいかな、と思う。


(黒尾鉄朗視点)

「大丈夫か?」
そう聞けば、言葉に悩んでから困ったように笑い「多分、大丈夫だと思います」と言う。これは「大丈夫じゃない」というサインだ。本当に大丈夫であれば悩むこともなく大丈夫だと返ってくる。
「悪かったな。木兎の相手は色んな意味で疲れただろ」
「いえ……えーっと、まぁ……私も良い勉強になりました」
木兎にブロックができることを知られたのが運の尽きだ。音駒でだってスパイク練習に付き合わせてはいるが、それは主にブロックを避けるための練習であって、バカフクロウのように目の前のブロックを叩き落とすものではない。
男の自分とは比べられないほど細い両腕が赤く腫れあがってしまっている。もしも明日に跡が残ってしまうと他のマネージャー達が怖い。
「風呂で腕温めんなよ」
「了解です」
愚問だと思いながら忠告すれば彼女は文句も言わず頷いた。研磨ならここで「分かってるし」と反抗的なことを言いそうだ。聞き分けが良く従順なのは好感がもてるが、無理をしないかだけが心配になる。
「お前のこと、みんな頼りにしてるからな、なにか困ったことがあったら言えよ」
「大丈夫ですよ、黒尾さん」
今度は迷いもなくそう言って笑うから、これ以上何も言うことは出来なかった。


(孤爪研磨視点)

俺が名前を意識したのは中学一年生のときだ。意識、といっても恋愛とかそんな色のあるモノでもない。単純に彼女の付けていたストラップが俺のしているゲームのキャラクターだったのを気に留めただけだ。
それからどうやって仲良くなったのかは覚えていないが、クラスでグループを作れと言われたときは大抵一緒にいたし、そういうことを繰り返していくうちに、三年生にあがったときには「お前ら付き合ってんの?」と聞かれたこともあった。
クロと名前は俺を通じて、友達のような仲の良い先輩後輩のような関係になった。クロが卒業してからも二人はメールでやりとりをしていたようで、俺はそのことが気に食わななくて拗ねたときもあった。今思えば、オメガバースに関することの相談相手だったのかもしれない。
名前は、俺の知る限りでは学校の誰にも自分の性を打ち明けることはなかった。俺は卒業のときに聞いた。
今まで言わなくてごめん、嫌われたくなかった、信じられなくてごめん。そう言って泣きそうだった彼女を見て、俺は今までより近くにいられるような気がした。
俺と同じ音駒高校に入学した名前は、今までしていた陸上を続けることはなかった。周りの人に誘われ続けながらも頑なに断る理由は俺とクロしか知らない。
俺達の秘密はまだある。
実は名前は一年のときからバレー部マネージャーをするつもりで、それを止めたのはクロだった。そのときクロは、名前に何かあったときに今のバレー部じゃ駄目だ、と言っていた。俺もなんとなくだが彼の言っていることが理解出来た。
だから新しいチーム体制になってから、山本に押し切られたという体で名前はマネージャーになる。俺とクロのシナリオ通りだった。
本当のことはこれからずっと先、誰にも言うつもりはない。


(赤葦京治視点)

「これ、どうぞ」
そう言って差し出したペットボトルを前に彼女は面白いくらい固まった。視線だけがキョロキョロと行ったり来たりしている。
「え、と、え、え……?」
「水だから好き嫌いはないと思ったんだけど、大丈夫?」
「そ、れは大丈夫です、けど。……えぇ、と」
困っている、のは当然か。というか少し困らせてみたいと思ったのだが。こんな説明もなしに物を差し出されて受け取れる人間ではないことは既に知っている。
「木兎さんに付き合ってくれてたから、そのお礼」
本来であれば自由時間となる午後練から夕飯までの間、この人はずっと自主錬に付き合わされていた。
第三体育館での自主錬が定着したメンバーに加え、今日は音駒の灰羽を入れて、ひたすらスパイクとブロックを繰り返す。俺はひたすらトスをあげて、彼女は休みながらブロックを跳ぶ役だった。
「いえ! ……そんな、お礼なんて」
「あの人、気遣いとかそういうのとか無縁だから。辛かったんじゃないかな」
あはは、と苦笑したのは肯定するのを避けたからだろう。次に何を言おうか迷っているみたいだった。
「私ももっと体力つけないといけないですね」
「いや……苗字さんは頑張ってると思うよ。だからあんまり無理しない方が良い」
これは本音だった。正直な話、この人は女子としてかなり動ける部類に入る。もともと運動部なのか、瞬発力や跳躍力も高いし観察力の面でも木兎さんのスパイクを手に当てられるほどの実力はある。
女子バレー部に入ってもやっていけるくらいだ……とそこまで考えてから、出会ってすぐに孤爪に言われたことを思い出す。
(もしかすると、Ωだからか)
少しだけ同情した。それは今の道を選んだことに対して失礼だというのも分かっているのに。
「ハイ」
「あっ……えっ、ありがとうございます」
ポカンとしてしまった彼女の手に少し無理やりだったけれどペットボトルを握らせる。
「他校だから、あんまり話すことないかもしれないけど。困ったことあったら……うちのマネージャーもいるし、……ほら、木兎さんのこととかも」
「…………」
彼女は困ったように笑っていた。
その笑顔はこちらを安心させるように無理しているような気がして、あまり気分は良くなかった。






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