For you. 1

動いたのはちょっとした好奇心と仄かな希望からだった。彼が沢山の人達から慕われるところなんて想像出来ていた筈だったのに。
(女の子ってすごいなぁ……)
まるで他人事のように思うのは意識したくないからだ。まさか自分がショックを受けているなんて思いたくない。
武蔵森に来た目的の一つである少年の周りには女子が集まっている。全員が可愛らしいプレゼントを手に彼に夢中だった。
(そりゃ中学校は今年で最後なんだから仕方ないか)
武蔵森は女子棟と男子棟に別れているから尚更なのかもしれない。こんな風に男子棟の校門前に女子の群れが出来ることは。
校門から離れたところで私は鞄の中を覗いた。
自分も彼に渡したいのだからあの中に混ざるべきか。けれど、とプライドのようなものがそれを止めた。ああやって大人数と同じになるくらいならば、いっそ渡したくない。
藤代くんやタクちゃんもやはり女子に人気であるから、同じことになるとは分かっている。けれど、こんな風に思うのは渋沢くんに対してだけだ。
(先にタクちゃん達に渡してこよー)
きっとサッカー部の方も凄い人なんだろうなぁ、と思いながらその場を離れた。


思った通り、サッカー部専用グラウンドの周りも女子でいっぱいだった。ただ練習中なのでプレゼントを渡せない女の子達は応援に精を出している。
黄色い声。空気は桃色。語尾にハートマークは何個付いたのか。
その横でじっと練習している姿を見つめた。
渡す相手がいることにほっとして、同時に練習が終わった後の光景を想像してぞっとする。
(ここまでとは、なぁ……)
女子中学生を舐めていた。ついでに武蔵森サッカー部も。
今日の目的を全く達成出来なかったらどうしようと今更ながら不安になる。十分に有り得ることだ。
けれど後悔しても遅いので、そのときはそのときかと自分を諦めさせて練習を見ることを楽しんだ。
三年が抜けて新しいチームになった中でも、一際目立つのは今までレギュラーだった藤代くんやタクちゃんだ。
(藤代くんへのボールの渡り方が……司令塔は、中西くんかな……。間宮くんが下がって、根岸くんとタクちゃん)
見ているのは楽しい。サッカーのルールを知ったのもタクちゃんが武蔵森に入ってから、プレーなんてしたこともない、そんな素人だが素人なりに考察を楽しんでいる。
好意が溢れる女の子達の声をBGMにするのも此処では悪くないと思えた。サッカーをしている彼らは本当に格好良いと思うから。
タクちゃんもそうだが同室の根岸くんも、休日の彼を少しだけ知っているが今のようにキリッとした表情はしていない。
自分のものではないのに誇らしい気持ちになってしまう。そうでしょあの子ら格好良いでしょ、なんて。
ただ、渋沢くんに対してだけはそういう気持ちではいられなくなる。それが何故なのかは分かっているが、自分が抱いて良いものではないことも分かっている。嫉妬だなんて、普通恋人がするものだ。
「休憩ー!」
グラウンドにタクちゃんの声が響く。
先程まで緊張感を保っていた部員達が少し浮つくのが遠くからでも分かった。こんなにも女子が集まっていることだし、仕方ないことだ。
「笠井くーん!!」
女子の一人が声をあげたことでギャラリーは一気に盛り上がる。
休憩しようとボトルを手に取ったタクちゃんがこちらを振り向いた。
(あ、嫌そう)
何も思っていないような無表情に見えても実はそうではない。確かに彼はこういうイベント事が嫌いだった、と小学生時代を思い出した。
周りの部員達に囃し立てられながら呼ばれた人物がこちらに走ってくる。ギャラリーの騒めきが大きくなった。
「笠井くん、これ受け取ってくれないかな?」
差し出されたプレゼントは「まだ部活中だから」と断られた。けれど女の子は落ち込んだ様子もない。
周りが息を潜めて見守っていた彼らのやりとりはこちらにも聞こえてきた。
希望を持たせるような言い方だなぁ、と思う。そんな自覚はないのかもしれないけれど。
この様子だと二年メンバーに渡すのもだいぶ骨が折れそうだ。
今は何時だっけ、そう携帯を開いたところでメールが入っていたことに気付く。
(ん? なんで)
送信者は三上くんだった。そのメールの内容を見て驚く。
相変わらず気遣いが上手いな、と思いながらこっそりとギャラリーから抜け出した。


「ありがとう、三上くん」
呼ばれたのは松葉寮だったので、部外者の私が入って行けるか不安だったが全く正攻法ではなかった。
此処から入れと言われたのはどう見ても窓で、入ってみたら浴場だった。三年生なら大抵知っている抜け道らしい。
「よく分かったね。私が武蔵森に来てるって」
笠井達に渡せなくて困っているなら来い、と言ってくれた。
向かっている先はきっと三上くんの部屋なんだろう。先程からすれ違う少年達の視線が少し気まずいからそうしてもらえると有り難い。
「去年もそうだって笠井が言ってたから、今年もかと思ってな」
「去年はもっと少なかったと思ったんだけどなー」
そうか、タクちゃんはそんなことも話しているのか。
去年は武蔵森で渡したのはタクちゃんにだけだった。あの頃は藤代くん達と面識がなかったので当然だが。
一つの部屋の前でノック。
札には『近藤・三上』の文字。
「忍、入るぞ」
扉を開けて先に私を入れてくれる。
「お邪魔します」
「亮ー……え? あれ?」
椅子に座っていた近藤くんが目を丸くさせる。とても驚いている様子。
こうやって顔を合わせるのは三回目くらいだが、覚えてもらってはいないだろう。
「あー……何処かで会ったような……亮の彼女だっけ?」
「違ぇよ。去年花火したときにいたろ」
「あっ、笠井の幼なじみ?」
「初めまして、かな? 近藤くん。こっちは近藤くんのことは試合見てるから知ってたけど、話したことってないと思うから」
「確かに。俺は近藤忍、亮とは同室だし、結構仲良いのかなー」
よろしくなー、と言われた後で三上くんが口を挟む。
「年上だからな」
「えっ!?」
素直な反応に苦笑して「高一だからね」と教える。見るからに戸惑っているのが分かった。
私としてはあまり気にしないで接してもらえるほうが嬉しい。タクちゃんもそうしてくれているから尚更だ。
そう話せば近藤くんは頷いてくれた。
「三上くん、これ」
バレンタインの贈り物は三上くんにも用意してあった。今の三年生では彼と渋沢くんしか話すことがないから二人分だけ。多いのは二年生の分だ。
「甘いもの嫌いっていうからコーヒーセットで」
なんて色気のないプレゼントだろうとは思ったが、お菓子よりかは喜ばれるだろうと思ってそれに決めた。インスタントコーヒーと角砂糖、スプーンのセット。
「あれ、亮ったら貰っちゃうんだ」
近藤くんが笑った。
「お前、今日は女子から逃げ回ってた癖に」
「うっせぇ。忍もだろーが」
「俺は彼女いるから」
そう返す近藤くんは格好良いし可愛い。誤解されたくないじゃん、と言うところが男前すぎる。
「名前さん、それより他の奴らのどうすんの?」
タクちゃん達や渋沢くんの分だ。本当にどうしようか。
「笠井ら、此処に帰ってくんの7時過ぎんぜ。どうせ捕まるだろうし」
あぁ、本当に若いって凄いなぁ……。友達からはよく年寄りくさいなんて言われてしまうけれど、こうやって思うことが原因なのかもしれない。
「……タクちゃん達の分も、あと渋沢くんのもお願いしていいかな?」
「は、渋沢も?」
確かに渋沢くんは部活ではないけれど、あの光景を思い出す。
「そういえば亮、今年の渋沢はどうなった?」
「校門前に長蛇の列だったよ」
代わりに答える。
近藤くんが言うには去年もそうだったらしい。手渡しされた分はちゃんと返すもんだからあっちが余計に調子のるんだよ、と三上くんが顔をしかめた。
渋沢くんらしいなぁ。微笑ましい気持ちともやもやした気持ち。不快感の方には蓋をして、持ってきた紙袋を開けた。
みんな一緒にするのはつまらなかったから少しずつ形を変えてみたりして、そこまで手間を掛けた訳ではないけれど気持ちは込めたつもり。
「一人ずつ名前書いてあるからお願いしていい? タクちゃんと藤代くんと根岸くんと中西くんと間宮くんと渋沢くん」
二年生ばっかじゃん!と突っ込まれたが仕方がない。タクちゃんを通じて彼らとは話す機会も遊ぶ機会も多いのだ。
「渋沢は直接渡した方がいいんじゃねーの」
どうしてそういうことを言うのか。ちゃんと話したことはないけれど、三上くんは私の気持ちに気付いている可能性が高い。その上で気遣ってくれているんだろうか。
「ううん、いいよ。いつになるか分かんない感じだったし」
その言葉は真実だった。ただ、たくさんのチョコレートを貰っている彼に渡したところで迷惑になるかもしれない、と思ったことも理由だ。困った顔なんて見てしまったらきっと凹んでしまう。
「だから、三上くん。お願いしていいかな?」
押し切る勢いで頼み込めば三上くんは渋々だが頷いてくれて、プレゼントの入った紙袋を受け取った。
私は訪問の目的が達成されたことにほっと肩の力を抜く。
そして、さっさと帰るのもつまらないということで二人にお茶とお菓子をご馳走になった。
学校の話や勉強、部活、中等部の新しいチームや高等部のサッカー部の話など、内部進学の武蔵森の話は知らないことばかりで面白かった。
そうやって30分ほど話をしてから私は松葉寮をあとにした。行きと同じように大浴場の窓を通って。




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