遅刻常習犯とサボり常習犯


厳しい寒さも三月に入ると次第に和らいでくる。
空の青さがこの間より濃いなぁ、と吏熙が考えていると、体育館から聞こえてくる「ありがととうございました」という声に、今の時間が卒業式の練習であることを思い出した。
卒業生を見送るのは何度目だろうか。毎年繰り返される旅立ちのドラマに今や何の感動も感じなくなってしまった。
ガタン、と重い音がする。屋上の扉の開く音だ。ここまで走ってきたらしく肩で息をしている大男の姿に、吏熙は自らの作戦の成功を知った。
「またお前か……」
「やぁ士載。此処に来たってことはHRには間に合わなかったんだねぇ」
残念、と言う間延びした声に同情の色は見えない。原因がその彼女であるから仕方のないことなのだが。
「何回目の留年だっけ? 今年も途中までは問題なかったのにねぇー」
「またお前にしてやられた……」
「ふふ、ありがとぉ」
吏熙とて自分の持つ悪知恵を全て活用して彼を陥れているのだ。そう易々と看破されては堪らない。理事長に駆け引きを持ちかけ、周囲を思い通りに動かすだけの情報を手に入れ、その全てが彼をこの学園に留めておくための策なのだ。
「お前は……何が目的でこんなことを……」
「大丈夫だよ」
彼の言葉を遮って告げる。怪訝そうに眉を寄せる表情に苦笑して、もうこれが最後だからと答えた。
(待っていた 。きっと君は現れるんだって、信じてた)
フェンス越しに見るグラウンドに人影は見えない。生徒全員が体育館に集まっているならば当然か。
あと一ヶ月待てば校門の桜も綺麗な薄桃色を見せるだろう。そしてその下を歩く彼の姿を想像する。
(遅れてやってくるなんて、まるで主人公みたいじゃないかい?)
「士載も、来年こそ最後だと心して挑むと良いよ」
「元より、自分はいつだってそのつもりだ」
「あはぁ。……うん、知ってたけどね」
ずっと見てきたのだから知っている。吏熙が願う通りにその場で足踏みを繰り返し、理不尽な扱いも溜め息でやり過ごしてきたその忍耐強さは加害者である自分が誰よりも分かっているつもりだ。
「お前は……何故卒業しない」
「僕? 僕は……」
吏熙自身も、来年で長かった学生生活に終止符を打つことを視野に入れている。そして我が儘を言うのならば、これからもこの男の傍にいたい。
「見届けたいのさぁ。みんなが何処に行くのかを」
まだそれを決めることは出来ない。今自分が願うのは、繰り返しにならないことだ。
新学期に想いを馳せ、吏熙はフェンスに身体を預けて空を仰いだ。





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